2 アリステア ②
誰もいない小屋。
乳母は帰って来なかった。
その日はリリーが荷物を取りに来ると思いずっと待っていたが。
乳母の荷物を取りに来たのはメイド長だった。
彼女は古びた鞄3個にリリーの荷物を詰め込むと。
「お嬢様。リリーは首になって、もうここには帰って来ません」
冷たくそう告げた。
「私……リリーにさよならが言いたい」
「旦那様はお嬢様がリリーに会うことを禁止されました。それにリリーはもう館の外に出されています。旦那様と奥様に使用人の分際で意見するなど。身の程知らずにもほどがございます」
リリーは門の所で荷物が来るのを待っているそうで。
紹介状も無しに追い出された。
使用人が紹介状も無しで追い出されたとなると、まともな仕事は得られない事になる。
使用人は生殺与奪の権利を貴族に握られているも同然で。
その為、主に口出しする者はいない。
ああ……
リリー。リリー。
どうして私なんかの為にお父様やお母様に意見したの?
私はあなたが側にいてくれるだけだ良かったのに。
私は部屋に閉じ込められ。
ただ泣くしかなかった。
リリーは私のせいで首になってしまった。
それ以来、メイドどころか下女さえ私に対してよそよそしく。
必要最低限の会話しかしなかった。
まるで不幸と言う病に取りつかれた、私の病が移るとでも言うように。
家庭教師が来る時だけ、私は館に行くことが許された。
それを伝えたのは執事長で、もう何年も両親と言葉を交わしたことが無かった。
それどころか両親は私が妹や弟に話しかける事さえ許さない。
家庭教師は館の勉強部屋に通され。
きっと先生達は私があの館に住んでいると、思っているのだろう。
私は小屋に住んでいることを先生達に言わなかった。
先生達もリリーのようにいなくなってしまうのが嫌だったから。
小屋に私を迎えに来るのは下女の仕事だった。
下女は30代の女でいつも不満そうな顔をしていた。
名前も知らない。
食事は下女が運んでくれた。
朝、小屋の台所に行くとトレイの上にスープとパンが乗っている。
冷えて硬くなったパン、冷たくなったスープ。
その日は霜が降りていて、寒かった。
私は震えて指に息を吹きかける。
毛布を体に巻きつける。
暖炉には火が付いていなくて、私は裏庭にある薪を運び火をつけた。
中々火が付かない。
乳母に火打石で火の付け方を教えてもらったのに。
いざ自分がやるとなると難しい。
『相変わらず不器用だな』
何処からか声がした。
私は周りを見渡して声の主を探す。
蛍のような光がふわふわと飛んでいる。
「今の声はあなたなの?」
『そうだよ』
蛍のような光は薪の上に止まる。
そこから小さな煙が上がり薪に火が付いた。
薪は部屋を温める。
「蛍さん凄い~」
パチパチと私は手をたたく。
『えへん。凄いだろう。もっと褒めてもいいんだぜ』
淡い光がチカチカ点滅する。得意げだ。
「蛍さんは何でも知っているの?」
『大概の事は知っているぜ』
「物知りなんだね。蛍さんは何時からここに居るの?」
『お前が産まれるずっと昔から存在するんだぜ。それに俺は蛍じゃない』
「蛍じゃないの?」
『精霊だ。どうだ凄いだろう』
「わ~~~‼ 初めて見た」
ぐう~
その時私のお腹が鳴った。
『ほら、スープを鍋に入れて温め直すんだ。パンもこの道具に挟んで火の側に寄せて』
台所の暖炉には鍋をかける鉄の棒が取り付けられていてアリステアは鍋を棒から吊り下げた。
そしてパンを鉄の網に挟み火の側に近づける。
蛍の様な精霊はアリステアが届かない高い棚からジャムの瓶を下した。
そして瓶をアリステアの元まで運ぶ。
『ほら、グリリスのジャムだ。これ付けて食べな』
何故か、蛍の様な精霊は何処に何があるのか知っていた。
『あ~~所であの乳母の事は残念だったな』
「リリーの事を知っているの?」
『ああ……お前が産まれた頃からここに居てお前達の事は見ていたからな』
「リリーは私のせいで追い出されたの……」
しょんぼりとアリステアは答える。
『そうか。死に別れた訳じゃない。気を落とすな。生きていればまた会えるさ』
「会えるかな……?」
『あの婆さんはしぶといからいつか会えると信じていたら会えるさ』
「精霊さんは優しいね。ありがとう。励ましてくれて」
『そうさ、分からないことがあれば何でも聞きな。これでも俺は物知りなんだぜ』
「ふふ。所で精霊さんの名前を教えて。私はアリステアよ」
『名前か~』
光はふよふよとアリステアの周りを飛んでいたが、アリステアの頭に止まる。
『そうだ。お前、俺に名前つけろよ』
「名前無いの?」
『あったが……昔友達から貰った。でもそいつ死んじまったからな~』
「その人亡くなったの……もう会えないんだね……」
アリステアはさっき蛍が言った言葉を思い出す。
___ 死に別れた訳じゃない ___
___ 生きていればまた会えるさ ___
そうだ。また会える。
いつの日か。きっと……
「再会って言うのはどうかな? 古代語で何故か頭に浮かんだの」
蛍は少しびっくりしたがすぐに。
『へ~~~』
チカチカと点滅する。
「どうかな? 別の名前が良い?」
『いや。それでいいよ。良い名だ。今日から俺の事はレエンと呼びな』
思い出した訳では無いんだなと言う蛍のつぶやきは、アリステアには聞こえなかった。
『ほら、スープが温まった。パンも焼けた。熱いから気を付けて食べな』
「うん。ありがとう」
ふふ美味しい。
ニコニコしながらアリステアはスープとパンを食べる。
お腹が空いていたから、アリステアは全部食べた。
『皆には俺の事は言うなよ』
アリステアが食事を終えるのを見てレエンは言う。
「どうして?」
『皆には精霊は見えないんだ。俺とお喋りしていると頭のおかしな子だと思われるぞ』
「どうして皆には見えないの?」
『魔力が無いからだ。昔は平民でも結構な魔力を持っていて、見えていたんだが。今は王族や貴族の半分ぐらいしか見えていない』
「そうなんだ……」
『だから【心の会話】スキルを与えるぞ。そうすれば声を出さなくても俺と会話できる』
「精霊さんはスキルを与えることが出来るの? 凄い‼ スキルは13歳になったら教会で女神様の祝福の儀で与えられるだけなのに‼」
『へへ凄いだろう。俺は大精霊だからな』
「まるで聖女様や勇者様と一緒に魔王を倒した精霊様の様だね」
信仰深い乳母は良く眠る前に聖女様のお話をしてくれた。
男の子は勇者様のお話を強請り。女の子は聖女様のお話を強請る。
レエンはチカチカと点滅を繰り返したが、何処かその光は寂しそうだった。
聖女も勇者ももうこの世にはいない。何百年も前の事だ。
『さあ。ご飯が済んだら食器を洗うぞ』
レエンはアリステアの周りをクルクル回った。
『うん』
レエンは食器を浮かせると流し台に運ぶ。
アリステアは小さな台を流し台の所に持ってきた。
よく乳母がこれに腰かけて豆を剥いていた。
乳母は豆スープが得意で、アリステアも豆スープが大好きだ。
『これがサボテンから取った液から出来た洗剤だ。婆さんは森の中の洞窟に生えているサボテンから作っていたな。おばあちゃんの知恵だな』
アリステアは教えられるままに藁で出来たたわしで皿を洗う。
『そうそう。洗った皿は籠に入れておくんだ』
洗った皿を乾かしてレエンは皿を籠に入れる。
「ほあぁ~‼ 凄いどうやったの? あっという間にお皿が乾いている‼」
アリステアは目をパチクリして乾いた皿を眺めた。
『【乾燥】を使ったんだよ。【熱】の応用だ』
「凄い~~‼ お洗濯もこれで乾かせるね」
『生活魔法だ。この分身体では生活魔法ぐらいしか使えない』
「分身体? 本当の体では無いの?」
『そうだよ。この体は本当の体じゃない』
「本当の体は何処にあるの?」
『島で眠っている。他の仲間も眠っている』
「どうして眠っているの?」
『魔王との戦いで大地は荒れ瘴気に塗れていたから浄化が必要だったのさ。だから世界の中心であるヘレナ島の地下ラインを使い浄化の魔法を世界にかけた。力を使い果たした精霊はセレナ神殿の地下で眠りについている』
「疲れて眠っているの?」
『まあそんな所だな』
「ありがとう」
『急にどうした?』
「世界を守ってくれてありがとう」
アリステアは微笑んだ。
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2020/2/26 『小説家になろう』 どんC
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