28 メイドのスキルと護衛騎士のスキル②
私の名はエラ・ミエド。
メイドをしている。
始めはアリステア様のメイドだったけど、今はソフィア様に仕えている。
ソフィア様の婚約パーティーがあった次の日、何故か私は朝早くに目覚めた。
パイソン家の方々は疲れていて、昼までゆっくりお休みになられるそうだ。
家令もメイド達も今日はのんびりしている。
護衛の騎士達も何処か気が緩んでいた。
猫背で底意地の悪そうな顔をした下女が裏のドアから出てきた。
私はふと下女がアリステア様に朝食を運んでいるのだと気が付いた。
この下女にもアリステア様の事を尋ねた事があるが、底意地の悪い顔で「お嬢様は好き嫌いは、無いです。何でも食べるよ」と笑っていた事が、引っかかっていた。
「あなたその盆は、アリステア様に持っていくのでしょう」
盆には布がかけられている。
「はい。そうです」
またあの人を小馬鹿にした笑みだ。
私は少しイラッとする。
「私が持って行ってあげる」
何気なくそんな言葉がこぼれた。
下女はビックリしていたが、私も内心ビックリだわ。
「えっ? でも……」
下女はオドオドしている。
わたしは下女から盆を奪い取るとサッサと小道を歩く。
今日は朝から天気がいい。
散歩をするには丁度いい暖かさだ。
私は鼻歌を歌いながらあの小屋に行く。
【僕の愛しいエラ】あの歌が自然と零れる。
子供の頃は、この歌は好きでは無かった。
だって、エラなんて名前は平凡でどこにでもある名前だから。
窓からアリステア様が見えた。
刺繡を刺していらっしゃる。
私はノックした。
返事がない?
再びノックする。
やはり返事がない。
私は扉を開けて中に入った。
普通ならおしかりを受けるだろう。
でも……
嫌な胸騒ぎがした。
ぎぃ……
扉は嫌な音を立てた。
小屋の中は外観と同じ古ぼけた物で、とても侯爵令嬢が住んでいるべきものではない。
アリステア様は私に気付かないのか、窓から見えた姿のまま刺繡を刺していらっしゃる。
ドクン‼
心臓が嫌な音を立てた。
私はお盆をテーブルの上に置くとアリステア様にもう一度声をかける。
お返事はない。
「アリステア様?」
私はアリステア様の肩を掴もうとして、気が付いた。
私は慌てて犬笛を吹いた。
人間の耳には聞こえない。
しかし私達バーグ侯爵家に仕える【犬】には聞こえる音。
次々と犬笛は緊急事態をバーグ侯爵家まで伝える。
「どうしたんだ‼」
犬笛を聞きつけてアデソンが駆けつける。
そして椅子に座っているアリステア様を見て悟る。
2時間もしない内にバーグ侯爵とエイデン様が来られた。
バーグ侯爵が来られる前に、私達はパイソン侯爵と奥様を起こした。
「いったい何の騒ぎだ‼」
パイソン侯爵と夫人が着替えてこちらに来られる前に、私達はバーグ侯爵とエイデン様を小屋に案内していた。
私に起こされパイソン侯爵夫婦は不機嫌だ。
だが小屋の中に居るバーグ侯爵とエイデン様と護衛達を見て困惑した。
何故この二人と護衛がこんな粗末な小屋にいるのだと?
そして粗末な小屋で椅子に腰掛けて刺繡を刺している娘を見て眉をひそめる。
娘はまるでこの小屋にいるのは自分だけの様な顔をして刺繡の手を止めない。
布地には見事な刺繡が刺されている。
「宜しいでしょうか?」
私はバーグ侯爵に尋ねた。
バーグ侯爵は頷く。
パイソン侯爵夫婦はキョトンとしている。
「【看破】」
私はスキルを使う。
椅子の上に腰掛けて刺繡を刺していたアリステア様のお姿がぐにゃりと歪み消えた。
「こ……これは‼」
パイソン侯爵ご夫妻にバーグ侯爵とエイデン様と護衛達が息を吞む。
私は罠や幻影を消すスキルを持っている。
「恐らく【陽炎】か【幻影】のスキルでしょう」
「あ……あり得ないわ‼ あの子のスキルは【交換】よ‼ こんなスキルは持っていない」
「本当は二つスキルを持っていたのか。或いは……誰か他に協力者がいたのか」
「協力者‼ あり得ないわ‼ あの子はこの館から出た事は無いのよ‼」
「いいえ‼ いいえ‼ 奥様残念ながらアリステア様の匂いを【猟犬】に追わせました」
アデソンが膝を突きパイソン侯爵夫婦とバーグ侯爵に報告する。
「【猟犬】に匂いを追わせたら、港で匂いは途切れておりました。恐らく船に乗って国外に出たものと思われます」
「何てこと……」
パイソン侯爵夫人はくらりと眩暈を覚えた。
慌ててパイソン侯爵が妻を支える。
「それで何処に向かったのか分かったのか?」
「はい。薬問屋に匂いが残っていたので、店の主に尋ねた所。アリステア様はアリスと名乗り薬師として薬を卸していたとのことです。何でもそのアリスと名乗った娘は友人を訪ねて【聖女巡礼の旅】に出たとのこと。恐らくエイデン様とソフィア様の婚約パーティーの時に家を出たのでしょう。昨夜【タイタニー号】が夜に出港したとの事。申し訳ございません。我々の失態です」
「いや。お前たちをソフィア殿の護衛任務に就かせたのはエイデンの判断だ。お前達に咎はない」
エイデン様は何か言いかけたが、直ぐに唇を嚙みしめた。
父君には絶対服従なのだろう。
「いかがいたしますか? 恐らくヘレナ島に向かったのでしょう」
「ヘレナ島か……急いで高速船を差し向ければ……ギリギリで連れて帰れるかもしれない……エイデン」
「はい。父上」
「お前はソフィア殿を連れて、予定通り王都に向かい王にお目通りするのだ」
4大貴族は婚約をすると王に目通り願うのだ。
「はい。父上はどうされるのですか?」
「高速船の手配をすませた後、私も王都に向かう。アデソン、お前とエラは追跡隊に入って指揮を取れ」
「賜りました」
アデソンとエラは頭を下げた。
「さあ、パイソン侯爵達も、予定通りお嬢さんを連れて王都に向かってください」
「ああ……バーグ侯爵‼ どうか……どうか……あの子を連れ戻してください」
パイソン侯爵は頷く。
「最善を尽くします。でも……彼女が戻らなかったら。覚悟はしておいてください」
「大丈夫だよ。バーグ侯爵の部下は精鋭ぞろいだ。必ずあの子を連れ戻してくれるよ」
パイソン侯爵は妻を優しく抱きしめた。
バーグ侯爵家は別名【王の番犬】と呼ばれている。
【索敵】や【追跡】に優れている者が多い。
シェラ様の顔色は悪い。
娘が家出したのだ、しょうがないんだろう。
よろよろと夫に支えてもらっていたが、バランスが崩れて片手をテーブルについた。
がしゃん‼
奥様の手がお盆に当たり、盆は床に落ちた。
床にパンとスープが零れる。
「私が片付けておきます」
メイドのエラは割れた皿に手を伸ばし、それを見て固まった。
カビの生えたパンにどろりと腐ったスープ。
それは今日、下女から奪って持って来たものだ。
「それは何だ? まさかアリステアの食事なのか?」
エイデンは眉をしかめる。
「兎に角、今は皆様王都に向かわれるよう。お急ぎください」
私は慌ててそれらを拾うと流しに置いた。
エイデン様は何か言おうと口を開けたが直ぐに噤む。
三人は無言で出て行かれた。
バーグ侯爵家の護衛が3人エイデン様に従う。
「こんな扱いをされていたのなら、家出もしたくなるな」
溜息と共にバーグ侯爵様はそう零された。
メイドも護衛騎士も激しく同意した。
「アデソン‼ エラ‼」
「はっ‼」
「どう思う。アリステア殿のスキルは一つか? それとも二つか?」
「【猟犬】を使った時アリステア様の追跡が出来なくなる時がありました。恐らく【陽炎】を使われたものと思われます。アリステア様の匂いが色濃く残っていたのは薬問屋と人形店です。この者たちは匂いで【陽炎使い】では無いことが分かりました。それにこの小屋にはアリステア様の匂いと下女の匂いしかしません。【陽炎】のスキルを使っていたのは間違いなくアリステア様です」
「協力者はいないのか?」
「はい。アリステア様は二つのスキルをお持ちなのでしょう。それに裏庭で薬草を育てておられたみたいです」
「アリステア殿が薬草の知識を習得していると聞いた事が無い」
「家庭教師にもこの館にもその様な知識を持つ者はおりません。一体何処でその様な知識を身につけたのか? 薬問屋の主が言うにはアリステア様は腕のいい薬師であったと」
「うむ。とにかく今は急いでアリステア殿を追う」
三人が館に戻った時パイソン侯爵とエイデンとソフィアは王都に向けて出発した後だった。
元々婚約パーティーが終われば王都に向かうので準備は整っていた。
門の所でバーグ侯爵家の馬車と護衛が、合流する手立てになっていた。
バーグ侯爵は高速船の準備をするとアデソンとエラと6人の部下にアリステアを無傷で連れ戻すように命じた。
アデソン達を乗せた高速船【コタール号】は直線距離で【タイタニー号】を先回りしてヘレナ島に着いた。
しかし……
彼らを待っていたのは、薬師の娘がクラーケンに攫われたと言う事実だった。
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2021/2/2 『小説家になろう』 どんC
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