26 聖女と海竜とクラーケン②
「ねえねえエラ。またあの歌を歌って」
「いいですよ」
アリステア(エラ)とウサギのぬいぐるみを持ったクリスティーナとブチ犬のブウは海岸を歩いていた。
アリステアが失くした鞄を探しているのだが、鞄は見つからない。
どうやら海の底に沈んでしまって、海岸には流れ着いていないようだ。
少し風が強いが、空は晴れ渡っている。
ハンナが貸してくれたショールが風にはためく。
アリステアはまたクリスティーナに強請られて歌を歌う。
エラ エラ エラ 愛しい僕のエラ~~♪
今日君にプロポーズするよ~~♪
君のために指輪を買った~~♪
公園で君を待つ~~♪
あんまりエラが遅いから~小石を一つ蹴った~~♪
小石は本屋のエラに当たった~~♪
本屋のエラは泣き出した~~♪
本屋のエラに僕は謝る~~♪
本屋のエラに謝っていたら~~♪
僕のエラがやって来た~~♪
でもエラはいきなり現れた男にプロポーズされて~~♪
僕の前で承諾した~~♪
ああ~僕は失恋した~~♪
花屋のエラが僕を慰める~~♪
パン屋のエラがハンカチを差し出す~~♪
酒場のエラが歌を歌う~~♪
半年後~~♪
僕はエラと結婚した~~♪
女の子が生まれたら~エラと名付けよう~~♪
エラ エラ エラ~~♪
僕の愛しい人~~♪
エラとエラに囲まれて僕は幸せだ~~♪
クリスティーナはクスクス笑う。
「この男の人が結婚したのはパン屋のエラ? 花屋のエラ? 本屋のエラ? 酒屋のエラ? それとも違うエラ? それに彼がプロポーズしょうとしたエラは幸せになったのかしら?」
「本当にどのエラと結婚したんでしょうね。この歌はエラという名の娘がいかに多いかというのを歌った歌だから。でもこの男の人とエラはとても幸せそう。別の人のプロポーズを受けたエラの事は分かりませんが。多分幸せに暮らしているんのでしょう」
「物語の終わりはハッピーエンドでなくっちゃ」
クリスティーナはしたり顔で答える。
「そうですね」
とアリステアは答えた。
クリスティーナは楽しそうに笑う。
アリステアは昨日の会話を思い出していた。
~~~*~~~~*~~~~
「えっ? もう巡礼船は出ないのですか?」
サミュエルの書斎でアリステアは聖地に向かう船が無いことを告げられた。
サミュエルの書斎は少し散らかっているが、落ち着いた良い部屋だ。
「ああ。クラーケンが出たからね。本来なら後三隻ほど聖地に向かう船の便はあったんだが……」
「そんな……」
「クラーケンが退治されるか。何処か他所の海域に向かったと報告が無い限り。船便が出るのは難しい。今、帆船ギルドが冒険者に打診しているがS級冒険者のパーティや海軍でなければ退治は難しいだろう」
「そうですよね……クラーケンが船を襲ったんだから海上は封鎖されますよね」
アリステアはがっくりと俯く。
仕方のない事なのだ。
クラーケンが出たのだから。
航海の安全を守る為の措置だ。
だが……。
次の船が出るのは半年後になる。
それまでにクラーケンが退治されたか、違う海域に移動したと報告がされればの話だが。
「そこで君にお願いがあるんだが」
項垂れているアリステアにサミュエルは声を掛けた。
「何でしょうか? 私に出来る事でしょうか?」
アリステアは顔を上げる。
「実はクリスティーナの子守を辞めさせたんだ」
「どうして首になさったんですか?」
アリステアは首を傾げる。
「子守は若い娘でクリスティーナを度々放っておいては僕に付き纏って来るんだ。この間も夜遅く執務室に来て誘惑するし。美人と言うことを鼻にかけて、同僚に対する態度も悪いからね」
「職務放棄ですか?」
「ああ、それで次の子守が見つかるまでクリスティーナの事を頼めないだろうか」
「私でよろしければ喜んで」
どっちにしろ船は出ないのだし、次の巡礼船が出るのは半年後になるだろう。
そうなれば、ここを出て町の方に住む場所を探さねばならないし、薬を買い取ってくれる問屋を探すか、冒険者ギルドに薬を下ろすか。
パイソン家の人間がアリステアを探しに来ることは無いだろうが、余り人との接触は避けたかった。
エイデン様との婚約が破棄されたのなら、新たな婚約者は祖父程に年の離れた男か、性格に問題のある金持ちの男だろう。
アリステアはもう婚約は嫌だと思った。
どんなに努力しても嫌われる。
何故かエイデンとの婚約の時そう思った。
私は人に好かれない。家族からさえ毛嫌いされる。
そして……エイデン様は私を愛してはくれない。
表面上は優しい笑顔だったが、彼は私の顔をまともに見ようとしなかった。
それにパイソン家の事業は余り上手く行ってないと言う噂を小耳にはさんだ事がある。
ソフィアとエイデン様との婚約が上手く行くなら援助をしてもらえるだろう。
陰気な私よりも、明るく美しい妹は誰からも愛された。
~~~*~~~~*~~~~
次の船が出るまでここに厄介になろうとアリステアは思った。
サミュエルの提案はアリステアにとっても渡りに船だった。
首になった子守には悪いのだが、背に腹は代えられない。
アリステアとクリスティーナは一緒に手を繋ぎ『愛しき僕のエラ』の歌を歌う。
「ねえ。エラあなたの国では今どんなダンスが流行っているの?」
ふとクリスティーナが尋ねた。
「流行りのダンスは知りませんが。デビュタントのダンスなら知っています」
「わあぁぁ~~♥ デビュタント? 私も白いドレスを着てお城で踊れるかしら?」
このウドス国のデビュタントは皆白いドレスだそうだ。
花冠は白い薔薇で決まっているらしい。
無論、男性も白いタキシードで、胸に白いバラを挿して踊る。
「もちろんだよ。僕のお姫様」
「あっ!! パパお仕事終わったの?」
クリスティーナはサミュエルに飛びついた。
サミュエルは笑いながらクリスティーナを抱きかかえる。
絵になる親子だ。
「ああ。やっとね。ウドス国のデビュタントは白いドレスに白い花冠だが。君の国では少し色があるんだね」
「はい。私の国では婚約者に自分の纏う色を贈ります。アクセサリーは婚約者が纏う色か、好きな色を贈ります。婚約者がいない者は白いドレスです。国によってデビュタントも少し変わるんですね」
「君は平民なんだろう。それにしては貴族の事に詳しいね」
「はい。私に勉強を教えてくださった方は元男爵夫人でした」
「男爵夫人?」
「はい。旦那様を病気で亡くされて。男爵家は弟君が継がれることになって。子供はいなかったので、男爵家を出されたんです」
実父は幼馴染で遠い親戚でもあった彼女を気の毒に思い援助してアリステアが6歳になった時に家庭教師になれるように手配していた。母と叔父は彼女の事を愛人と勘ぐって嫌っていたが。二人の関係は清い関係であったと、あの手帳には書かれていた。
「それで、金持ちの商人の娘さんや貴族令嬢の家庭教師になったりしていました。とても教えるのが上手な先生です」
「君はいい家庭教師に巡り合えたんだね」
「はい。とても尊敬しています。自立した女性は私の憧れです」
昨日ハンナにこの二人(親子)の事を聞いた時は驚いた。
サミュエルはクリスティーナの叔父だと言う。
道理で若いと思った。
クリスティーナの父はエルセード・T・ベリーと言い。
サミュエルの兄だ。
クリスティーナの母は絵本作家で伯爵家の三女だった。
二人は幼馴染で、学園を卒業とともに結婚して、クリスティーナが産まれた。
オシドリ夫婦と評判だったが。
去年二人は馬車の事故で亡くなってしまい。
ベリー侯爵家はサミュエルが継ぎ、クリスティーナを養女にした。
この国の貴族法によるとクリスティーナを養女にしないと彼女は平民になり、孤児院か修道院に入れられる事になる。
元々軍に入っていたサミュエルは侯爵家を継ぐ気は無かったが。
従兄弟のギニーが継いだら確実にクリスティーナは修道院に入れられてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。
クリスティーナの父エルセードはのんびりした性格で、強欲なギニーは彼を妬んで嫌っていたと言う。
屈託なく笑うクリスティーナを見て、アリステアは幸せな気分になりいつの間にか笑っていた。
去年両親を亡くしたばかりだというのに、クリスティーナの笑顔には陰りが無い。
サミュエル様が優しいからだろう。
アリステアはこんなに笑ったのは、何年ぶりだろうと思った。
家族の前では声を出して笑ったことが無い。
貴族の娘は人前で大声で笑うものでは無いとされていたが。
母親はアリステアが幸せになる事を許しはしない。
母が口に出してそう言った事は無いが、その敵を見る様な目付きと態度が語っていた。
――― お前は幸せになってはならない ―――
エイデン様と会っている時、いつもその眼が纏わりついていた。
そのせいか、エイデン様の前では上手く微笑むことが出来なかった。
エイデン様との婚約が解消されたのはそんな私のぎこちない態度のせいかもしれないと、アリステアは思った。
何時も婚約者(エイデン様)は妹を見ていた。
彼は人混みの中で美しい妹を見つける事が出来ても、平凡な容姿の私を見つけることは、できないだろう。
「エラ!! 私にダンスを教えて!!」
「クリスティーナにはまだ早いよ」
サミュエルはクリスティーナの頬をつつく。
「あら? お父様とお母様は子供の頃からダンスの練習をしていたと。ハンナが言っていたわ」
「二人共産まれる前からの政略結婚だったけど、とても仲が良かったよ」
「政略結婚でも幸せな結婚もあるんですね」
「極まれにね」
サミュエルは寂し気に笑う。
「パパもお母様と踊ったの?」
「エリーナはダンスが得意だったからね。私も兄もくたくたになるまで踊らされたよ」
クスクス笑うクリスティーナ。
亡くなった両親の話をパパ(叔父)に聞くのが楽しくてしょうがないんだろう。
私は……実の父の名前さえ聞くのは禁忌だったと、アリステアは思った。
「お手をどうぞお嬢さん」
お道化てサミュエルはアリステアに手を出した。
「私ダンスは得意じゃないんです。足を踏んだらごめんなさい」
「小鳥のように軽い君に踏まれても大したことじゃないよ」
サミュエルは笑ってアリステアの手を取る。
二人は浜辺でクルクル踊る。
クリスティーナも見よう見まねでウサギのぬいぐるみと踊る。
ブチ犬のブウも楽しそうにクリスティーナの周りをぐるぐると回る。
アリステアは幸せな時間を過ごした。
あの館に居た時とは比べ物にならないくらい、穏やかな時間だ。
自分の所にこんな穏やかな時間は来ないと思っていた。
今なら元婚約者と妹に感謝出来る。
そんな三人を崖の上から見つめる人影があった。
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2021/1/19 『小説家になろう』 どんC
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