24 エラとクリスティーナとサミュエル
遅くなってすみません。
「パパ‼ パパ‼ 人魚姫が倒れているわ‼」
海岸を犬を連れた少女が騒ぐ。
ワンワンと犬が吠え、少女は犬と共に駆け出した。
少女の腕にウサギのぬいぐるみが揺れている。
昨日寝る前に読んだ『王子と人魚姫』のせいか。
娘はおかしなことを言い出した。
流木を人魚姫に例えているのか?
あの年頃の子供は想像力が逞しいな。
父親は苦笑する。
‼
少女と犬がそれに駆け寄った。
いや違う‼
よく見たら本当に人が倒れている。
「君‼ しっかりするんだ‼」
慌てて抱き起こす。
若い娘だ。
16歳ぐらいだろうか?
巡礼者のマントを羽織っている。
巡礼者か?
長いブルネットの髪は白い顔に纏わりついて。
水滴が日の光に輝き、真珠の様に長い髪を飾る。
本当に人魚姫のようだ。
思わず見とれてしまったが、彼女の服の冷たさに我に返る。
彼は若い娘を抱きかかえ、館に向かう。
「大丈夫? パパ‼ 人魚姫は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。気を失っているだけだ。だが早く館に連れて帰らなければ風邪をひいてしまう」
「ああ~~良かった。ブウ、人魚姫は大丈夫よ」
ワンワンと白地にブチのある犬は三人の周りを吠えながら付いてくる。
「旦那様? そちらのお方は?」
執事が走って来た。
父の代から仕えている執事は50代で、髪の半分は白くなってきたが、まだまだ顔は若々しい。
犬が騒がしいので気になって館から出てきたのだろう。
この海岸は、ここの領主様のプライベートビーチだが。
不埒者が入って来たのかも知れないと、慌てて駆け付けた。
「すぐに医者を呼んでくれ」
「畏まりました」
若い主の腕に抱かれた娘を見ると直ぐ行動に移す。
執事は直ぐに他の使用人に医者を呼んでくるように指示を飛ばす。
そしてメイドに部屋を準備させ。メイド長を呼ぶ。
彼の妻であるメイド長は娘を見ると頷き、すぐさま行動に出る。
メイド長は若い三人のメイド達に指示を出して、彼女の濡れた服を脱がせ風呂に入れる。
冷たくなった体を温めると体を拭き、清潔な寝間着に着替えさせて客室のベッドに寝かしつけた。
「パパ……人魚姫は大丈夫?」
ベッドで眠る娘を心配して再び子供は父親に尋ねた。
「ああ、大丈夫だよ。先生がもう直ぐ来てくれるから」
「ベリー先生は名医だから大丈夫よね」
両親との死別で娘はナーバスになっている。
父親は女の子の頭を撫でながら、優しく微笑む。
大丈夫だよ。人魚姫は助かるよ。
だってこんな素敵な子供が助けたのだから。
~~~*~~~~*~~~~
「ここは……?」
アリステアは知らない部屋で目覚める。
波の音が聞こえる。
海の近くなのだろうか?
微かに潮の香もする。
上半身をベッドから起こし、辺りを見渡す。
こげ茶色を基調にした落ち着いた客室だ。
天蓋ベッドとタンスに暖炉。落ち着いた家具。
白い絨毯は砂漠の国のゴブラン織りで高級品だ。
貴族の別荘か金持ちの館なんだろうか?
パタパタと足音が聞こえて、ぱたんとドアが開く。
幼い少女がドアから顔を覗かせる。
「パパ‼ パパ‼ 人魚姫が目を覚ましたよ‼」
少女は勢い良く部屋から駆け出すと、父親を呼びに再び走っていく。
「? 人魚姫?」
アリステアはポカンと少女が出て行ったドア見つめた。
暫くすると少女は若い男を連れて来た。
少女の父親なのだろうか?
男は目が覚めるような美青年で。
少女の父親にしては若すぎるような気がするが。
エイデン様は気だるげな美形だったが、この青年はお日様の様に温かい美形だった。
二人共整った顔なのに受ける印象は雲泥の差がある。
彼も少女と同じ銀髪碧眼だ。
日に焼けた逞しい体付きで24・5歳ぐらいに見える。
先ほどの少女を抱っこしていた。
少女は興奮気味でウサギのぬいぐるみを、ギュッと抱きしめて、アリステアを見つめている。
チョッキを着て小さいシルクハットを被ったウサギは、紳士のように礼儀正しく少女の腕に抱かれていた。
「良かった。気が付いたんだね」
青年はアリステアに優しく微笑む。
「は……はい。助けて頂いて……ありがとうございます」
アリステアは慌てて頭を下げた。
アリステアはベッドから起き上がろうとして眩暈を覚える。
彼らの後からやって来た、中年のメイドがアリステアを支えて座らせてくれた。
「あの……ここは……何処ですか?」
アリステアは青年に尋ねる。
「無理をせずまだ横になって居なさい。私の名はサミュエル・T・ベリーと言う。この地を治める領主をしている」
「まあ、領主様でしたか。このような格好で申し訳ございません。名前も名乗っておりませんでしたね。私の名はエラ・ミエドと申します」
若い男は領主だった。
クラウドは確か、海を隔てたウドス国の領地だ。
アリステアは巡礼札に書かれたその名を告げた。
エラという名はアリステアの国ではよくある名前だった。
アリステアの国では石を投げたらエラに当たる、と言う歌があるぐらいありふれた名前で。
ミエドという名も騎士家の半分がその姓だ。
茶色の髪で茶色の瞳の娘が、ありふれた名前と姓を名乗っても誰の記憶にも残らないだろうと。
アリステアは考えていた。
アリステアは自分が真珠の様に美しい事を知らない。
「巡礼のマントを身に着けていたが、君は巡礼者か?」
「はい。ヘレナ島のセレス神殿に巡礼の途中で乗船していたタイタニー号がクラーケンに襲われて海に投げ出されてしまって……」
「なんだって‼ クラーケンだって‼」
ちょうど数名のメイドがアリステアの服を乾かして持って来てくれた所だった。
部屋の中に居た人達がざわつく。
当たり前だ。クラーケンに襲われた上に青い海竜に助けられただと。
普通なら噓吐きと呼ばれる話だ。
だが、彼女は噓を吐いていないとサミュエルはスキル【直感】で分かった。
後で船舶ギルドに確認の手紙を送らねばならない。
ちなみに緊急の手紙には鳩便と軽い手紙だけを送れる魔道具がある。
「良く助かったね」
感心した様にサミュエルは声に出す。
「はい。青い海竜が助けてくれたので。本当に運が良かったです。多分タイタニー号は大した被害を出していないから、無事ヘレナ島に行けたと思います」
「本当に青い海竜が助けてくれたんだね」
若い領主はアリステアに念を押す。
「は……はいそうです。青いとても綺麗な海竜でした」
「凄い!! 凄い!! 凄い!! 人魚姫は海竜に助けられたの!! きっと人魚姫は聖女様に似ているから助けたんだわ!!」
「?? 聖女様???」
「ああ。君の国では伝わって無いかも知れないが。聖女様が勇者と旅をしていた時、海竜の子供を助けたと言う伝説があるんだよ。海竜は聖女様に感謝して。それ以降、海でおぼれた者を助けて。陸まで運ぶようになったと言う伝説があるんだ」
「そんな伝説があるんですか。私の国ではそう言う伝説は伝わっていません。魔王を倒して、その地に王都を築き。勇者と結婚して、幸せに暮らしたと言う話しか伝わっていませんね。尤も私は伝説に詳しくないので。詳しい話は王族に伝わる古文書に書かれているのかも知れません」
「人魚姫は聖女様に似ているから海竜が助けてくれたのよ」
少女は笑いながらそう言った。
「私が聖女様に似ているんですか?」
困惑気味にアリステアは少女の顔を見る。
「そうよ。これは私の大切な絵本だけど人魚姫に見せてあげる」
少女はポケットから小さな絵本を取り出した。
「【王子と人魚姫】?」
アリステアは困惑した。
「はは……いきなり絵本を見せられても訳が分からないだろう。その絵本の王子と人魚姫は勇者と聖女様がモデルなんですよ。だから人魚姫は聖女様と同じ茶色い髪にアンバーの瞳なんだ。因みに王子は黒髪に黒い瞳だそうです。貴方の国の王族に多い色ですね」
「お詳しいんですね」
「何を隠そう、その絵本は義姉が書いたもので、現存するありとあらゆる資料を漁って、聖女様に似せて描き上げたんですよ」
「義姉様(お姉様)は絵本作家だったのですか?」
「そうよ。お母様は絵を描くのも、お話を作るのも上手だったの」
少女は少ししんみりして答えた。
「素敵なお母様ね」
「うん。お父様もお母様も大好きよ」
キラキラとした瞳で少女は笑う。
ああ……この子は両親に愛されて育ったんだなと、アリステアは思った。
「それでね。それでね。このウサギのぬいぐるみもお母様が作ってくださったの」
若い領主は苦笑しながら少女の頭を撫でた。
優しい手つきだ。
そして、アリステアの方を見ると。
「騒がしくしてすまないね。もう少し横になって居ると良い。食事を持ってこさせるよ」
「いえ。私は大丈夫です」
ベッドから起き上がろうとしてまた眩暈がする。
サミュエルが抱き留めてくれる。
彼が触った腕が熱い。
体が冷えすぎて、彼の体温を熱く感じるのだろうか?
思っている以上に体力が落ちているようだ。
「すみません」
赤くなって謝罪する。
本当に無様だ。
この有様をマナーの先生に見られたら怒られるだろう。
「クリスティーナ。彼女はまだ疲れているから、お話はまたにしょうね」
「は~い。パパ、人魚姫また後でお話ししようね」
少女と青年は部屋から出て行った。
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2020/12/14 『小説家になろう』 どんC
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