23 旅立ち ②
うっうっ……別の短編ものを書いているんだけど。なかなか仕上がらない……
ヘレナ島に向けての準備は何とかできた。
人形の館のアルマナに聞いて旅の身支度を揃えた。
まず、巡礼者用のマント。
白地に聖女が作ったとされるエリクサーの象徴である金の縁飾りが縫われていて。
背中にはヘレナ島とセレナ神殿の地図が縫い付けられている。
それから杖。
杖の先には赤い布地が巻き付けられている。
赤は聖女達が旅の途中で流した血の象徴だ。
困難な旅だったと言われる。
魔獣を退治しながら魔王を倒したのだ。
勇者も聖女も多くの騎士も血を流したと言われる。
それと鞄。
白い鞄にはセレナ神殿の紋章が刺繡されている。
杖と鞄は町で買ったのだが。
マントはアルマナが昔巡礼の旅に出た時に身に着けていた物を譲ってくれた。
「10年前に私が身に着けていたお古で悪いのだけれど、これを使ってくれないかしら?」
二階のタンスの引き出しから引っ張り出されたマントは、とても10年前に着ていた物とは思えないほど綺麗だった。
「えっ? いいんですか? このマントまるで新品みたいなんですが……」
「ええ。この子もまた貴方に着てもらって、再び巡礼の旅に出られるなんて誇らしいと思っているわ」
アルマナは時々人形や服をまるで生きている人間みたいに扱う。
彼女にとって人形や服は、大切な子供であり友人なのだ。
「ありがとうございます」
アリステアは頭を下げた。
何から何まで助けてもらった。
閉ざされた世界で暮らすアリステアは、外の世界は知らないことだらけだ。
レエンに薬草やスキルを教えてもらったが、いかんせんレエンは精霊だ。
一般常識など『なにそれ? おいしいの?』だ。
「私一人暮らしで寂しいのよ。私の話し相手になって」
そう言って庶民の暮らしから、朝市のお得情報までありとあらゆる知識を授けてくれた。
本当に感謝しかない。
「それでもう船の客室は取れたの?」
「はい、タイタニ―号の個室が何とか取れました。それで今夜旅立つ事にしました。今まで本当にありがとうございました」
「帰ってきたら旅の話を聞かせて」
「……はい」
アリステアはためらいながら返事をした。
私はここに帰って来るのだろうか?
島に居るレエンを起こした後……
私はどうしたいんだろう?
この国に帰って地方の町で薬屋を開く?
それともレエンと一緒に旅に出る?
この国では手に入らない薬草を摘みに行くのも楽しそうだ。
……あの家にはもう帰らないだろう。
元々私の居場所はない。
アルマナに別れを告げて小屋に帰る。
その帰り道、薬問屋のヤエムグラには巡礼の旅に出ると挨拶を済ませた。
「そうか……巡礼の旅に出かけるのか……島には珍しい薬草があるらしい。勉強になるだろう」
聖女は薬師でもあった。
それをなぞって、聖女巡礼の旅に出かける薬師達も多い。
だからアリステアが巡礼の旅に出かけるのは決して不自然な事ではない。
エイデンと婚約していた時、納品が少なくなった時があった。
護衛騎士とメイドに見張られて中々外出できなかったのだ。
その時の言い訳は、祖父の具合が悪いと噓を吐いた。
そして……この間祖父が遠い所に逝ったと。
これまた噓を吐く。
祖父が行きたがっていた聖女巡礼の旅に祖父の代わりに出かけるのだと。
噓を吐く。
嘘ばかりで嫌になる。
アルマナやヤエムグラ、いい人達に嘘ばかり吐いている。
胸が痛むが、いつの日か手紙を出して謝ろうとアリステアは考えた。
何時になるか分からないが……
家を出る時、【陽炎】を使いその姿を隠して館の側を通ると。
侍従達やメイド達が忙しそうに働いている。
各部屋には見事な花が飾られて。
白いテーブルクロスの上には御馳走やお菓子にワインやシャンパンが並べられている。
「このテーブルに置く花はこの花じゃなく紫の花にして。それにここのテーブルにはフォークが足りないわよ‼」
メイド長が忙しそうに他のメイドに命令している。
侍従達も椅子やテーブルを並べたり、木に灯りを飾ったりしている。
みんな忙しそうだ。
珍しくお母様も庭に出て点検をしている。
ソフィアの婚約にはしゃいでいるのだろう。
「お母様‼ お母様‼ 見て‼ 見て‼ このドレス‼ エイデン様が贈ってくださったドレス‼ 似合う?」
頬を赤らめ興奮してソフィアが母の元に駆けてくる。
「まあまあ。レディは走らないものよ」
母は優しく娘を窘める。
「うふふ。ごめんなさい。でもこのドレスにはこの首飾りとイヤリングが似合うでしょう」
ソフィアは知らなかったが、その首飾りもイヤリングもアリステアに贈られた物だった。
父親がアリステアに贈られた物をソフィアに渡したのだ。
ソフィアは知らなかったが母親は知っている。
「本当に良く似合っているわ」
シエラはうっとりと娘を見る。
可愛い私の娘、自慢の娘だわ。
「お母様、今日はお姉様の婚約発表のパーティーなの?」
弟のデズモンドも母と姉の元にやって来た。
しっかりと着飾って小さな紳士である。
「正確には結婚発表よ。1年後にソフィアはお嫁に行くのよ」
「そうなんだ。じゃあの小屋に住んでいる人は何時お嫁に行くの?」
「あの子は体が弱いからお嫁に行けないのよ」
「ふーん。ずっとあそこにいて。僕が面倒見ないといけないの?」
シエラは顔を歪める。
子供達には病気だから側に寄るなと言ってあった。
だから二人共アリステアの顔を知らない。
二人共両親の言いつけを守るいい子だ。
「あなたが心配する必要は無いわ」
二人の母親は優しく微笑む。
だってあの子はもうじき居なくなるんだから。
「奥様、バーグ侯爵様とエイデン様がいらっしゃいました」
「エイデン様がいらっしゃったの」
ソフィアは家令に溢れるような笑顔を向ける。
「はい。今書斎に居る旦那様と打ち合わせをしています」
「お母様‼ お母様‼ 私おかしくない?」
「今日のあなたは最高よ」
シエラは娘のドレスを整える。
「姉上はまるで子供のようにはしゃいでいるね。騒がしい女はエイデンお兄ちゃんに嫌われるよ」
「デズモンドは相変わらず憎まれ口ばかりを叩くのね」
ソフィアは弟を睨み付ける。
「わあ♡ お姉様怖い~~」
デズモンドはふざけて母親のスカートの陰に隠れる。
40代の家令はがっしりとしていて元軍人だ。
騒がしい子供達に優しく微笑む。
足を怪我して軍を退役した所をリチャードがスカウトしたのだ。
ゆっくり歩くと分からないが、家令は少しびっこを引いている。
もう早く走る事が出来ない。
家令はリチャードに感謝している。
リチャードの家族を温かく見守って来た。
彼はよく気が付くし、仕事も丁寧だ。
きめ細かくこの家族に接してきた。
たった一人を除いて……
それがこの後の悲劇を生むとも知らずに。
「二人共部屋に戻りなさい。私は旦那様とパーティーの細かい所の打ち合わせをしてくるわ」
母親に言われて渋々二人は部屋に帰る。
シエラは夫の書斎に向かった。
ソフィアの結婚が決まったらいよいよだ。
これでようやく目の上のたん瘤が取れる。
シエラの足取りは軽かった。
幸せを絵に描いた様な親子の光景を見ていたアリステアはポツリとこぼす。
「さようならソフィア」
「さようならデズモンド」
誰にもその言葉は届かない。
最後にエイデン様の顔を見たいと、書斎の窓を覗く。
エイデン様と彼の父親が茶色い落ち着いた椅子に腰掛けて何かを話している。
父親(叔父)は上機嫌だ。
隣の母親も幸せそうに微笑んでいる。
血の繋がっている母だが。
一番心が離れている。
「さようならお父様(叔父様)」
「さようならお母様」
「さようならバーグ侯爵」
「さようならエイデン様」
アリステアは開かれた門から出ていく。
最後に門から出て行こうと、決めていた。
招かれた客の馬車がガラガラと入ってくる。
今夜は楽しいパーティーだ。
色とりどりに着飾った人々が館に入っていく。
館から優雅に音楽が流れる。
有名な楽団を招いているのだ。
アリステアとエイデンの時は書類にサインするだけだった。
いくら仮婚約と言えど親族を招いて身内だけのパーティーをするものだと。
知ったのは婚約を解消された後だった。
アリステアは二度と、館を振り返らなかった。
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2020/11/7 『小説家になろう』 どんC
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