21 クラーケン⑤
今回の少し短いです。
ゴボゴボ ゴボゴボ
暗い暗い海の底に沈んでいく。
触手は絡みついて【強化】を使っても振りほどけない。
振りほどこうとすればするほど、締め付けられる。
【強化】をしていなければ、握り潰されていただろう。
(息が苦しい)
泡の中、何かが光った気がした。
ボッ‼
アリステアを捕えていた触手がはじけ飛んだ。
クラーケンは忌々しく振り返る。
ボッ‼
クラーケンの下半身の触手が半分ほどちぎれた。
〈〈 おのれ‼ おのれ‼ また邪魔をするのか‼ 〉〉
〈〈 許さない‼ 許さない‼ 許さない‼ 〉〉
クラーケンは残った触手でアリステアを掴もうとするが。
ざざざぁぁぁぁぁー
泡が渦巻きクラーケンを岩に叩きつける。
青い海竜はクラーケンからアリステアを掻っ攫う。
ギャアアアァァ‼
まるで我が子を攫われた母親のようにクラーケンは泣き叫ぶ。
〈〈 私の物よ‼ 私の物よ‼ 許さない‼ 〉〉
〈〈 絶対お前になど渡さない‼ 〉〉
再度クラーケンは残った触手を伸ばす。
ぐぼっ‼
クラーケンの体は海竜の攻撃によって暗い海に沈んでいく。
【重力操作】によるものだ。
〈〈 忌々しい‼ このガキめ‼ 絶対食らってやる‼ 〉〉
憎悪に目を赤く染め、クラーケンは海竜を睨み付けるが。
海竜は鼻で笑う。
物凄い勢いで逃げながら、海竜はアリステアの体の周りに空気を集める。
ゴホゴホとアリステアは海水を吐き出す。
体の周りに空気が集まり、息が出来る。
アリステアは海竜と目が合う。
優しい澄んだ瞳だった。
どこか懐かしい。
アリステアは魔力を使いすぎて、溺死の恐怖と緊張の為に気を失った。
~~~*~~~~*~~~~
「エイデン様これが我が家自慢の白の小道です」
ソフィアはエイデンを白い庭に案内する。
その庭は白い花だけが植えられている。
辺りは甘い花の匂いに包まれていた。
「この間お母様と一緒にボワレ伯爵夫人のお茶会に行ってきましたの。ボワレ伯爵家の水路には睡蓮が咲いていてそれはそれは見事でしたわ」
「今度我が家にも睡蓮の浮かぶ池を作ろうかとお母様とお話していますの」
他愛のないお喋りをするソフィア。
傍らにいて、優しく頷くエイデン様。
そんな2人を物陰から見つめるアリステア。
【陽炎】のスキルを使っているので誰もアリステアに気が付かない。
本当は【陽炎】を使うと自分が幽霊になった様な気がして、あまり使いたくは無いんだが。
本館に来るのは家庭教師が来るときか、エイデン様が来るとき以外は禁じられていた。
だが、エイデン様と婚約してからは昔使っていた部屋に戻された。
メイドも護衛騎士も付けられ。食事も自室で三度出るようになった。
この所エイデン様の訪問が無かった。
嫌な胸騒ぎがして本館にやって来れば、ソフィアとエイデン様が仲良くお茶をしていた。
アリステアの所にはメイドからの知らせは無かった。
2人がアリステアの住む部屋に向かう様子もない。
そっとアリステアはその場を離れた。
___ 何時からだろう ___
アリステアは思い出していく。
___ 最初の2・3ヶ月は私とエイデン様だけがお会いしていた ___
エイデン様は月に2回、私に会いに来てくださった。
長期の休みの時はもっと多く、会いに来てくださった。
手紙も1週間に1度は送ってくださった。
___ 何時からだろう? ___
そこにソフィアが現れるようになったのは……
エイデン様の視線が私に向けられるより、ソフィアに向けられる事が多くなったのは……
そして……
エイデン様の訪問が無くなり、手紙も来なくなったのは……
メイドと護衛騎士が居なくなり、またあの小屋に返されたのは……
【陽炎】を使い、夜中にこっそりお父様の書斎に忍び込みエイデン様のお手紙を探しても。
エイデン様からの手紙は無かった。
アリステアはたまらずその場を走り去った。
「ごめんなさいね。お姉様はご病気で床に伏しているの」
ソフィアは母親に言われた通りにエイデンにそう答えた。
「そうなのかい。それじゃ持って来た花束を彼女に渡してくれないか」
「ええ。メイドに後で持って行かせるわ」
エイデンが持ってきた花や贈り物がアリステアに届けられることは無かった。
それらは全てソフィアに届けられる。
いつの間にか入れ替わっていた。
私は何かしくじったの?
「私達はアリステア様に仕えるはずよね、何故こうなったの?」
エイデン様の手紙を探しに夜屋敷に忍び込んだ時、聞き覚えのある声がした。
アリステアに付けられた、メイドと護衛騎士が物陰で話している。
「お館様(バーグ侯爵)の命令だ。仕方ない」
「アリステア様のお父上はリチャード様の兄上(リック様)だったんでしょう」
「ああ。シェラ様と婚約していたのはリチャード様だったが。リック様がシェラ様を奪ってアリステア様がお生まれになった。リック様は愛人に刺されて亡くなられた。パイソン侯爵家をリチャード様が継ぎ、その後シェラ様とリチャード様は結婚して」
「まあ。そうなの。でもおかしいわね」
「何がだ」
「お兄様の子供達なのにアリステア様だけが邪険にされて、後のお二人は可愛がって……まさか……」
「嫌な噂はある。リック様のお子様はアリステア様だけで、ソフィア様とデズモンド様はリチャード様の不義の子供だと……口さが無い者達の噂だがな……」
「あ~~なるほど、だからリック様とアリステア様の肖像画が無いのね」
本館には代々侯爵家当主と家族の肖像画が飾られているが。
「後ろめたいのか、その存在を抹殺したいのか。どこの貴族の家にも闇はある物だよ」
「おお~怖い怖い」
メイドはお道化る様にそう言って笑う。
アリステアはその話を聞いてストンと納得した。
___ ああ。そうか ___
___ 私はリチャード様(お父様)の本当の子供では無かったのか ___
___ お母様は私など産みたくなかったのか ___
___ 嫌いな男の子供だから私は疎まれるのか ___
___ 婆やはそれを知っていたから追い出されたのか ___
___ ソフィアとデズモンドはお父様(叔父様)の子供だから愛されるのか ___
___ ハハハハハ。何だ。だから私は家族にも愛されないのか ___
___ エイデン様にも愛されないのか ___
ぽたりと涙が落ちた。
___ 愛されない子 愛されない子 愛されない子 ____
_____ 誰にも必要とされない子 ___
___ 私に優しかったのは婆やとレエンだけ ___
アリステアは【陽炎】を使い、こっそり屋根裏部屋に忍び込んだ。
埃に塗れたその肖像画を見つけたのは、夜も明けようとした時間だった。
親の仇のようにしっかり梱包されている。
キャンバスの裏に書かれた有名な作家名と日付。
アリステアの生まれた年だ。
茶色い髪に茶色い瞳の赤ん坊を抱いた男の肖像画の顔は……
刃物で切り刻まれていた。
その他の肖像画も黒く塗りつぶされるか、切り刻まれた物ばかりだ。
アリステアのすすり泣く声が漏れる。
その後。
屋根裏部屋から女のすすり泣く声が聞こえた。
屋根裏部屋から物音がするので覗いてみたが誰もいない。
包装されていた肖像画がいつの間にかイーゼルに飾られている。
屋敷の使用人が屋根裏に幽霊が居ると噂するようになったのはそれから暫くしてからだ。
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2020/9/30 『小説家になろう』 どんC
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