14 さよならレエン
アリステアの体を包んでいた光が徐々に消えていく。
バーグ侯爵が固唾をのんで神官を見つめた。
「アリステア・パイソンの【祝福】は【交換】である」
ロホ神官は厳かに言った。
息をつめてロホ神官を見つめていた神官見習い達はそっと息を吐く。
何時もの【祝福の儀】よりも光が強かった気がすると神官見習い達は思った。
もしかして【浄化】のスキルかと思ったからだ。
この国の民ならいやこの世界の民なら切望する聖女の力。
聖女が亡くなってからと言うもの【浄化】の力を持つ者は産まれてこなかった。
聖女が身罷られてから【聖女】も【浄化】の能力持ちも産まれてこない。
聖女が亡くなる前は割とその能力を持つ者は国に一人はいたのだ。
この世界に異世界からの【魔王】が現れるまで数百の国があった。
つまり数百人の聖女がいた訳だ。
【魔王】がもたらす瘴気を浄化する為に、聖女達はその力を使い倒れた。
それほどまでに【魔王】の瘴気と歪みは酷い物だった。
最後の聖女セレナは【魔王】を封印するが。
余りにも歪みが酷くその為【名も無き精霊王】が世界の中心であるヘレナ島に巨大な魔方陣を作り出してわが身を魔法陣に封印して歪みを正した。
今も【名も無き精霊王】は魔法陣の中で眠っている。
再び聖女に再会する事を夢見て……
「【交換】ですか? どう言ったスキルなんですか?」
エイデンがロホ神官に尋ねる。
「余り聞かないスキルだな」
横柄にアリステアの父はアリステアを睨みながらロホ神官に尋ねた。
「どうせ大したスキルでは無いのだろう」
バーグ侯爵がぼそりと呟く。
アリステアは悲しくなって俯いた。
父の自分に対する嫌悪が突き刺さる。
バーグ侯爵以外の者がドン引きする。
我が子を敵を見るような目で見ていたからだ。
神官見習い達は居心地悪そうに身じろぎをした。
確かに望んでいたスキルでは無かったのだろう。
四大貴族たちは密かに聖女と同じ【浄化】のスキルを持った者の誕生を切望していた。
バーグ侯爵の顔にもあからさまに失望の色が窺える。
聖女が身罷られてから誰も浄化のスキルを持つ者が居なかった。
彼女だけが責められるいわれはない。
ロホ神官は咳払いをして答える。
「【交換】とはとても珍しいスキルです。例えば……」
ロホ神官は祭壇から果物を二つ取りテーブルの上に置く。
「ここにバナナンの実とリリンゴの実があります。これを入れ替える」
ロホ神官は右に置いてあったリリンゴの実と左に置かれていたバナナンの実を入れ替えた。
「これが【交換】です。左にある物を右にある物と入れ替える事ができます。今は弱いスキルで、軽い物しか入れ替える事が出来ませんが、極めれば強力なスキルになります」
「フン。くだらない。確かに商人や平民なら使い勝手のいいスキルに成長するだろうが。貴族の娘では何の役に立たないスキルだ」
パイソン侯爵は完全に切り捨てる言い方をした。
アリステアは悲しくなって俯いた。
涙がこぼれそうになったが、必死で耐える。
バーグ侯爵もがっかりした顔をしたが直ぐに取り澄ました顔に戻る。
お父様やバーグ侯爵を失望させた。
「私は……いらない子……捨てられるの……」
かすれた声で呟いた。
もういらない子としてこの家から追い出されるかもしれない。
アリステアは震える。
確かにここを追い出されても暮らしていけるお金はある。
レエンもついて来てくれるだろう。
だからといって、親に切り捨てられる事が悲しくないはずはない。
今まで散々無視されてきたが、それでも希望はあった。
普通の親子の様に仲良くなれるのではないか?
きっと自分に悪い所があるんだ。
それを直せばきっと優しくしてもらえる。
受け入れてもらえる。
愛してもらえる。
アリステアは希望を捨てていなかった。
エイデンがそっとアリステアの肩に触れる。
アリステアの呟きが聞こえたのはエイデンとレエンだけだった。
「大丈夫だよ。大丈夫だよ。アリステアは捨てられたりしないよ」
エイデンはアリステアの背中を撫でる。
「大したスキルの無い私を、エイデン様は嫌いになったりしない?」
震える声でアリステアは尋ねた。
「嫌いになったりしないよ」
エイデンはアリステアに優しく微笑む。
「エイデン様……あ……ありがとうがざいます」
アリステアは泣き出しそうな瞳でエイデン右手をそっと両手で包み感謝する。
「ロホ様……」
堪えきれず神官見習いの最年長の少年がそっとロホの名を呼ぶ。
ロホは少年に黙っているように目で合図を送る。
神官見習いの少年はこの貴族達が理解できなかった。
確かに【交換】は派手なスキルでは無い。
だが……使い方によっては恐ろしいスキルだ。
そう例えば暗殺者が矢をアリステアに放ったとしよう。
そこで【交換】のスキルを使ったらどうなるか。
暗殺者とアリステアの場所は【交換】され、矢で貫かれるのは暗殺者になる。
例えば敵が迫って来たとする、アリステアは崖から身を投げ【交換】のスキルを使う。
敵は崖から落ちて死に。アリステアはのうのうと生き延びるだろう。
本当にこのスキルは凶悪だ。
他にも有意義な使い方はいっぱいある。
例えば船の積み荷と降ろす荷物を交換すれば短時間で船の積み込み作業は終わる。
【交換】のスキルは極めれば無限の可能性があるのに。
何故この大人達は【浄化】のスキルにこだわるあまり目の前の可能性に気付かない?
確かに【浄化】は大切だが……
この少女に責任を押し付けるのは間違っている。
ロホは神官見習いのホセに暇の合図を送る。
彼らの仕事は祝福を与える事だ。
そして彼らの仕事は終わった。
祭壇はそのままにして置かれる。
祭壇に飾られた果物は夜家族が神に感謝していただくのだが。
神官見習いはふと思った。
この家ではそんな行事はなされないだろうと。
パイソン侯爵は娘を敵視している。
何故だか分からないが、無能と貶める。
この少女を気の毒と思うが自分たちではどうする事も出来ない。
神殿に逃げてきたのなら救うこともできるが。
ただ……婚約者の少年が彼女を気にかけている事が救いだと思った。
ロホ神官達は気まずいままパイソン侯爵家から去った。
いつの間にかバーグ侯爵とエイデンも帰り。
気がつけば古い小屋にアリステアはポツンと佇んでいた。
「レエン……?」
アリステアはレエンの事を忘れていた。
レエンが余りにも大人しいので眠っているのかと、頭に手をやる。
そう言えば儀式の間中沈黙していた。
頭の上のレエンをそっと下す。
レエンは……消えかけていた。
「えっ? どうしてレエン……体が消えかけている‼」
『大丈夫だよ…… 少し力を使い過ぎただけだ……大騒ぎする事ではないぜ……』
レエンの体は蛍の様に点滅していたが徐々に光は弱くなる。
『ごめん……ごめん……俺また眠らなきゃいけないみたいだ……ずっと側にいてやりたいが……眠りの時間がやって来た……』
「眠るの? 眠るだけだよね。また朝になったらおはようを言ってくれるのよね」
手のひらでレエンの光が弱くなっていく。
『ごめん……アリステアが大きくなったらヘレナ島に来て俺を起こしてくれ……俺……待ってるから……』
「レエン‼ レエン‼ 嫌だよ‼ 私を一人にしないで‼」
手のひらの光は静かに消えていった。
「レエン‼ レエン‼ 嫌だ‼ 嫌だ‼」
その夜アリステアの悲鳴にも似た号泣が小屋の中に響き。
その夜からアリステアは一人ぼっちになってしまった。
***************************
2020/6/18 『小説家になろう』 どんC
***************************
感想・評価・ブックマーク・誤字報告ありがとうございます。




