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12 婚約者 ②

 ガラガラと立派な馬車が走っていく。

 少し開いた窓から風が吹いて少年の髪を揺らす。


「でっどうだあの娘は?」


 バーグ侯爵は向かいに座っている息子に尋ねた。

 この親子の容姿はよく似ているが。

 バーグ侯爵は氷の像の様な冷たさを纏っているが、息子は春の木漏れ日の様な雰囲気がある。

 同じ色を纏っているのにまるで違う。

 不思議な親子だ。


「いい子ですよ。世間知らずの……容姿は父上もお気付きでしょう。亡くなった姉に似ていますね」


 エイデンの脳裏にアリステアとよく似た娘の顔が浮かぶ。

 姉も滑らかなブルネットに茶色の瞳の美しい人だった。


 覚えている


 姉と暮らしたのはほんの数日だったし、まだ幼かったが。

 忘れられるはずがない。

 初めて儀式に立ち会った年でもあったのだから。

 姉とエイデンは腹違いだった。

 母は娘を産まず、エイデンを産んだだけだった。

 姉を産んだのは男爵の三女で、父が借金のかたに産ませた娘だ。

 エイデンには他の妾に産ませた腹違いの兄弟もいるが。

 会った事は無い。

 姉とは違い生きているが、戒律の厳しい辺境の修道院にいる。

 これからも会う事は無いだろう。

 姉の母親は姉を産むと直ぐに亡くなり。

 姉は修道院で育てられた。

 エイデンの母はプライドが高く。

 妾の娘が気に入らなかった。

 父と母は度々口論している事があった。

 エイデンが5歳の時に、父は姉を教会から引き取り。

 数日間だけエイデンは腹違いの姉と暮らす事となった。

 姉はデビュタントの白いドレスを身に纏いバルコニーで踊っていた。

 嬉しそうにステップを踏んでいた姿を今でも覚えている。

 妖精のように舞っていたその姿を忘れられるはずがない。

 結局姉はデビュタントに出ることはなく。

 世間では病死と言われている。

 白いドレスは赤く染まり、そのまま死装束になった。

 彼の姉は16歳から年を取らない。

 彼女達には墓も無かった。

 彼女達に花を供える者もいない。


「あれはお前の姉ではない。単なる【贄】だ」


 貴方にとってはそうでしょうと言う言葉をエイデンは飲み込む。

 この男に言っても詮無い事だ。

 あの少女に似た姉は優しい人だった。

 言葉を交わしたのは僅かな時間だったが。

 その時エイデンは5歳だったが、【儀式】の事はよく覚えている。

 ぼうっと浮かび上がる魔方陣。

 滴る赤い血。

 嘲笑う母親。

 黒いマントを纏った人々。

 悪夢だ。

 時々夢に見てうなされた。

 ぶるりとエイデンは震える。


「どうした? 寒いのか? 窓を閉めなさい。風邪をひいてはつまらない」


 エイデンは父に言われるままに窓を閉める。

 森の木々に隠れすぐにあの少女が住んでいる館が見えなくなった。

 15歳の秋からエイデンはバイパー王立学園に通うことになっている。

 この国の貴族はよほどの理由が無い限り学園に通う。

 婚約者のアリステアとは中々会えないだろう。

 彼女は世間では病弱と言う触れ込みだから、学園に通う事は無いだろう。

 そのことにホッとする。

 手紙はマメに出すとしょう。

 彼女を気遣う婚約者のふりをする。

 ちくりと胸が痛む。

 彼は首を振り、胸の痛みなど無かったように振る舞う。


「ああ。そうそう彼女【祝福の儀】を受けていないようです」


 バーグ侯爵は鼻を鳴らす。


「あの愚かな男ならしそうなことだな。本当に我々貴族の義務を理解しているのか? 我等の血の中から聖女が生まれる可能性を考えない。聖女が産まれればこの忌まわしき楔から我らを解放してくださるかも知れぬ。あの男のリックを悪く言う者もいるが。私は彼が好きだったよ。少なくとも彼は我等の義務を果たそうとしたのだから」


「我等四大貴族に課せられた義務ですか?」


「そうだ。ここ数世代王族には姫が生まれていない。数代前に女児の生贄が姫しか居なかった。姫は生贄になり。それ以後、王族に姫は産まれなくなった」


 バーグ侯爵は首を振り息子を見る。


「それ以降【贄】は四大貴族に課せられた義務となった。しかも年々女児が産まれる数が減っている」


 エイデンは自分に課せられた義務を思う。

 父親のように愛人を何人も持ち女の子を産ませる。

 母や愛人が子を産むたびにがっかりする父親の顔を忘れられない。

 父親の言う通り、年々女児の数が減ってきている。

 バーグ侯爵家も聖女の血を引くのは10年前に【贄】となった姉だけだ。

【贄】は不思議な存在で、四大貴族の直系の当主の血筋にしか生まれず、昔は王族にも生まれていたが。

 昔は女児が多く産まれていたから、儀式から逃れた娘達がいたが、不思議なことに彼女達は子を産む事は無かった。

 故に妾から産まれた息子や娘からは【聖女の血筋】の聖印は現れない。


【聖女の聖印】


 それは【祝福の儀】でスキルを授けられる時に現れる。

【贄の刻印】とも言われる。

 このまま娘が産まれなくなると封印は解かれ魔王が復活する。

 最初に滅ぼされるのはこのバイパーだろう。

 数百年前に聖女は魔王を封じた。

 しかし……10年後。

 魔王は魔方陣の封印を解きかけて、聖女はその身を呈して魔王を再び封じた。

 その身の全ての血を使って。

 聖女は亡くなり。

 世間には病死と伝えられた。

 それ以降10年周期で封印は解かれそうになる。

 その間王家や四大貴族が何もしなかった訳ではない。

 魔導師の血筋を引くブエナス家が中心となり様々な試みが繰り広げられていた。

 例えば王には愛人がいた。

 その愛人の子供を使い王の血筋で封印をしようとした。

 が……それは無駄に終わった。

 王の血筋でも魔力の高い貴族の娘(愛人)でも魔王を封印することが出来なかった。

 聖女の血を引く者。

 しかも男では駄目だった。

【聖女の聖印】を持つ娘だけが魔王を封印できたのだ。


 再び10年の月日が流れ。


【贄】になったのは聖女が産んだ長女で彼女はパイソン家に嫁いでいて三人の子供を産んでいた。

 聖女は1男4女を産んでいて彼女は一番最初の娘だ。

 王子が王家を継ぎ四人の姫は四大貴族の元に嫁いでいた。

 それから10年ごとに繰り返される悪夢と恐怖。

 魔王を封印している魔方陣はこの国の隅々まで魔王の魔力を運ぶ。

 そのおかげで砂漠だったこの国は緑豊かな国となり。

 災害も無く気候も穏やかなものとなった。

 まさに聖女に愛された国。

 聖女の祝福を受けた国となった。

 その陰に聖女の血を引く者たちの犠牲があった。

 魔王を封印する為、国を繁栄させる為。

 その為にこの国は歪となった。

 誰もその歪みを正せるものはいない。

 それこそ聖女の生まれ変わりでもなければ……



「あの娘の【祝福の儀】は我が家が行おう。そうだな……メイドと護衛騎士も付けるとしょう。丁度お前が学園に行くからお前のメイドと護衛騎士があくから、彼女に付けるとする。勿論異存はないな」


「ええ。それでいいですよ。学園には侍従を一人しか付けられませんからね。彼らも他に回されて給金が減る事になるのは嫌でしょう」


 エイデンは微笑む。

 彼らは優秀な人材だ。

 自分が学園に行っている間、遊ばせておくのも勿体無いだろう。


 馬車はガラガラと侯爵とエイデンを乗せて帰路についた。





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  2020/5/2 『小説家になろう』 どんC

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お待ちしてました。 お話し面白いです!(*´∀`) 続き楽しみにしてます。
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