11 婚約者 ①
遅くなってごめんなさい。
アリステアは13歳になった。
「旦那様がお呼びです」
珍しくメイド長がやって来た。
その時アリステアはレエンに『メイド長が来る』と告げられていたので、慌てて台所のテーブルに出していた薬を【ボックス】に仕舞う。
今日は街に薬を売りに行けないようだ。
メイド長に連れられて館に行く。
今日は家庭教師の先生が来る日では無かった。
ああ。そうか……
【祝福の儀】で神官様を館に呼んだんだ。
貴族は神殿や教会に行かず、自分の屋敷に神官様を招く。
何時もアリステアが着替えに使う部屋に数人のメイドが控えていた。
アリステアは服を脱がされ、体を洗われ綺麗なオレンジ色のドレスを着せられ化粧までさせられた。
サラサラの髪をハーフアップに結われ、すずらんの髪飾りを付ける。
鏡の中の少女はまるでお姫様の様だった。
『おっ‼ 馬子にも衣裳って言うけど。そのオレンジ色のドレス似合っているぜ』
レエンが褒めてくれたので少し顔が赤くなる。
そして何の説明もないまま応接室に案内された。
苦虫を嚙み潰したような父親がそこにいた。
冷たい瞳でアリステアを見る。
いつものように母はいない。
そして豪華な応接室には神官も居なかった。
その代わりお父様より年上の男性とアリステアより年上の少年がいた。
アリステアは首を傾げる。
この二人は誰だろう?
「アリステアこの方たちはジェフリー・バーグ侯爵とご子息のエイデン殿だ」
銀髪銀目のその親子はよく似ていた。
親子揃って美形だ。
アリステアは慌てて挨拶をする。
「はじめまして。アリステア・パイソンと申します。以後お見知りおきを」
スカートを摘まみカーテーシーをする。
「利発そうな可愛らしいお嬢さんだな」
バーグ侯爵は目を細めてアリステアを見つめた。
アリステアは何故かゾッとした。
まるで賭殺場に引き出された子羊の気分だ。
父親とは対照的に、アリステアより年上の少年は柔らかく微笑む。
「こんにちは。僕の名前はエイデン。君の婚約者だよ」
「 ‼ 」
アリステアはびっくりして少年の顔をまじまじと見つめた。
「あ……あの……」
おどおどと父親の顔を見る。
父親はこの婚約は王命なのだ。
とアリステアに素っ気なく告げた。
高位の貴族のほとんどは政略結婚で、結婚の許可を出すのは王だった。
『えっ? このガキがアリスの婚約者か? 気に食わねえな。好きな者と結婚できないなんて。本当に貴族はめんどくせえな』
レエンは毒づく。
尤も平民でも好きな者と結婚できるとは限らないのだが。
「アリステア。エイデン殿を庭に案内してあげなさい」
父親にそう言われてアリステアは焦った。
ここの庭など歩いたことが無いのだから。
何処から出ていいのかもわからない。
どうしょうかと思っていると。
「お嬢様こちらでございます。お庭の東屋にお茶とお菓子をご用意しております」
若いメイドが二人を案内する。
ああ。そうだった。
普通貴族の娘には侍女が付けられ、子供と言えど異性と二人っきりになる事は無い。
エイデンにも護衛の騎士が付けられていて、ゆっくりとエイデンの後をついていく。
案内された東屋は小川のほとりにあり。
テーブルにはお茶とお菓子が用意されていて。
「今咲いている薔薇は奥様が好きな白薔薇でございます」
確かに東屋の周りには白いバラが咲き誇っている。
穢れを知らぬ白い色。
奥様は白い色がとても好きで薔薇以外にも白い花をたくさん庭に植えているのだと、侍女はお喋りをする。頭の上でレエンが欠伸をする。
コポコポと侍女はお茶を淹れ。
侍女はお茶を二人の前に置くとスッとアリステアの後ろに控えた。
エイデンの騎士も彼の後ろに控えている。
お母様は白い色が好きだったのかと、アリステアは初めて知る。
母親と会話をしたのはいつだったろうか?
母親の事も父親の事も何も知らない。
___ 私お母様の事を何も知らないのね _____
====== 仕方が無いよ。あの女は母親らしいことを何もしないのだから =====
念話でアリステアはレエンと喋る。
「君の母上は白い薔薇が好きなんだね。アリステアはどの花が好きなんだい?」
「えっ? あ……あの……菫の花が好きです」
いきなり聞かれてアリステアは焦ってしまう。
菫は可愛いばかりではなく、熱がある時はすり潰してシャーベットにすると解熱にいいのだ。
風邪を引いた時レエンが作ってくれた。
「婚約者なのでアリステアと呼ばせてほしい。僕の事もエイデンと呼んでくれ」
エイデンはアリステアの目を見て答える。
冷たい瞳の色だが彼の父親と比べると暖かく感じる。
エイデンの父親は何処狂気を感じてすくみ上ってしまう。
「はっはい。エイデン様」
「様はいらないよ」
エイデンは柔らかく笑う。
人心掌握術。
レエンはすぐに気が付いた。
魅了の術を持たなくても人心掌握を学んだものは人の心を掌握できる。
___ 僕は君を見ている ___
___ 君は価値のある人間だ ___
___ 僕達一族は君を歓迎している ___
エイデンの会話の随所にそんな言葉が盛り込まれる。
人は他人に認められることを渇望している。
アリステアの様に家族から否定されている人間は特にそうだ。
アリステアは自己評価が異常に低い。
このガキ気に食わねえ。
さり気なく人を操ろうとする。
まるであの王の様だ。
レエンの脳裏にある王の顔が浮かぶ。
ハンサムで人当たりの良いくそったれ。
世間知らずのあの娘をいいようにこき使い。
美味しい所だけ自分の手柄にした。
妻が死んだとたん愛人を正妃に迎えた愚か者。
尤もあの女(愛人)の血は直ぐに絶えたが。
「アリステアは今年で13歳になるんだろう。【祝福の儀】はもう受けたんだよね。スキルは何を授かったんだい? 因みに僕は2年前に【祝福の儀】を受けたんだ。スキルは【剣】だった」
「あの……私はまだ【祝福の儀】を授かってなくて。今日お父様に呼ばれたのも【祝福の儀】を受けるためだとばかり」
「ああ。まだだったんだね。家によっては占いで良き日を選ぶ。パイソン侯爵家も良き日を選んでいるんだろう」
エイデンは柔らかく微笑む。
リチャード・パイソンは良き日処か、国民の義務でもある【祝福の儀】を受けさせる事を忘れていた。
どうせアリステアは長く生きられないから無駄金を使いたく無いのだ。アリステアの家庭教師にしたって兄が前金を払い。
幼馴染みを雇っていたから仕方なく通わせていた。
「急に婚約者が現れたからビックリしたよね。僕も3日前に知らされて驚いたよ。貴族ではよくある事らしいけど。貴族の間では15歳までを【仮婚約】16歳からを【本婚約】と言うんだよ。僕たちはまだ【仮婚約】だね」
「【仮婚約】【本婚約】……」
『うは~~~~貴族って本当にめんどくせえ~~~‼』
アリステアの頭の上でレエンが毒づく。
「尤も僕たちの婚約は王がお決めになられた事だから、どちらかが死なない限り、婚約解消にはならないよ」
「そ……そうなんですね」
「でも政略結婚でもお互い信頼して共に歩んでいくこともできる」
そう言うとエイデンはアリステアの手を握る。
アリステアはびくりと震える。
年の近いしかも異性に触れられたのは初めてだ。
アリステアが信頼している大人は年寄りが多い。
薬問屋のヤエムグラにしろアルマナやアルマナの兄のロホにしろ50代を超えている。
アリステアは赤くなる。
「あ……あの……手を放してください」
アリステアは手を引くが、がっしりと手は彼に掴まれたままだ。
握られた手が少し痛い。
「ごめん……嫌だった? でも君となら仲良くなれると思うんだ」
赤くなったアリステアはコクコクと頷く。
もうどうしていいのかアリステアには判らない。
家庭教師の先生にはこんな時の対処法を聞いていなかった。
「良かった~僕達これからも一緒だよ」
そんな二人をメイドと護衛騎士が微笑んで見ている。
二人をちらりと見てますますアリステアの頬は赤くなる。
エイデンはお菓子をつまむ。
マカロンに似ているお菓子だ。
「このお菓子は美味しいね。パイソン家のコックは腕がいいんだね」
「ありがとうございます。エイデン様が褒めていたとコック長に伝えておきますね」
年の近い子との会話が楽しいとアリステアは初めて思った。
エイデンは父親のように頭ごなしに怒鳴りつけたりしない。
エイデンは母親のように無視したりしない。
「ほら。様は要らないって」
優しい笑顔だとアリステアは思う。
本当にこの方が私の婚約者で良いのだろうか?
自分の頬っぺたを思いっきりつねってみたいアリステアだった。
アリステアは自分の頭の上にいるレエンが不機嫌なことに気が付いていない。
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2020/4/25 『小説家になろう』 どんC
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あ~~~まじ人がいなくて仕事が増えた~~~‼
書くのが遅くなってしまった。決して無人島で借金地獄に陥っていたせいではありません。
感想・評価・ブックマーク・誤字報告本当にありがとうございます。
不定期更新ですが見捨てないで下さ~~~い‼




