10 アリステア ➈
遅くなってすみません。
『アリステアは今10歳だったな』
「うん。そうよ」
アリステアはカチャカチャとグラスの中の薬草を攪拌する。
今作っているのは入浴剤だ。
『三年後には【精霊の祝福の儀】があるのか……』
「うん。精霊様にスキルを授けられるのよね。あれ? 私すでに一杯レエンに貰っているんだけど? あれ? 確かスキルを一つだけ授けられるはずじゃ?」
アリステアは指を折って数える。
【着火】【乾燥】【透視】【強化】【ライト】【浄化】【陽炎】【鑑定】【念話】【ボックス】かれこれ10個だろうか?
『ははははは‼ やっちまったぜ‼』
「えっ?」
『いや悪い悪い。うっかりしていた。一人一つだった。でも大丈夫だ。誤魔化すから。そう言えば聖女も【浄化】だけだったな』
そう、この世界の人々は平民でも【生活魔法】が使える。
そして13歳になると教会で【精霊の祝福の儀】を受けてスキルが一つ授けられる。
貴族は神官が屋敷に来て授けてくれるのだ。
アリステアは【ボックス】から下準備が出来ている、薬草を取り出した。
「【ボックス】も便利なスキルね。確か割と早めに授けてくれたわね」
そう【ボックス】は色々な物が収納出来る。
薬草を摘みに行った時、籠が直ぐに一杯になるから【ボックス】はとても便利なスキルだ。
『この道具を使ってくれ』
レエンに出会って3日ほど経った時だったろうか。
小屋に帰って来た時レエンは薬草を作る道具を貸してくれた。
永い間レエンの【ボックス】に仕舞いこまれたそれは使い込まれた道具たちだった。
薬草を煮込む鍋に乳鉢、擂粉木、さじ、秤、薬を入れる箱にその他もろもろ。
昔の友人から預かっていた道具で、再会した時に返すと約束したそうだ。
約束は果たされず。
友人は亡くなり、主を失った道具はレエンの【ボックス】に入ったまま、時だけが過ぎ去った。
『こいつらも使ってやらないと可哀想だからな』
愛おしむようにレエンは言う。
きっと持ち主の事を考えているのだろう。
『形見みたいになっちまったが……』
「そんな大切な物を私が使っていいの?」
『アリステアが使ってくれた方がアイツも喜ぶぜ』
「ありがとう。大切に使うね」
『そうだな……ついでに【ボックス】のスキルも与えよう。使い終わった道具は【ボックス】に収納すればいい。万がいち屋敷の使用人に見られるとうざいからな』
そう言って授けてくれた。
【影法師】もその時教えてもらった。
小屋を抜け出したとき、誰もいないと怪しまれるからと(最も私の様子を見に来るものなど誰もいないが)私が勉強をしたり部屋を掃除したり洗濯したり散歩をしたりした、過去の残像を見せるものだ。
私の残像はこの空間が記憶しているので過去の残像を見せる事が出来るらしい。
「そう言えば聖女様のスキルは【浄化】だったのよね」
『そうだ……【浄化】だけで元々聖女は平民で父親が薬師だった。旅の怪我は薬で治していた』
ポツリポツリとレエンは旅の話をしてくれる。
いろんな国の動物や植物や鳥や魚。
【陽炎】のスキルで実物大の姿を見せてくれた。
青い蝶が現れた。
「レエンこの蝶は凄く綺麗。なんて言う名前なの?」
『イスカ地方の蝶でモンスラハウと言う名前だぜ。綺麗だろう。この蝶の羽はアクセサリーに加工されるんだぜ。この蝶は越冬の為海を渡るんだぜ』
レエンが作り出した幻の蝶が羽ばたく。
南国の青い蝶はまるで本物の様だった。
部屋の中を舞う蝶の群れは息をのむほど美しく。
アリステアの唇から感嘆のため息が漏れる。
「凄い‼ 凄い‼ レエンは本当に凄い‼」
『ハハハハハハもっと褒めてくれてもいいんだぜ』
レエンは調子に乗りやすい奴だった。
その日はアリステアにとって大切な思い出となった。
~~~~*~~~~*~~~~*
「こんにちは」
何時ものようにアリステアはドアを開けた。
可愛らしい人形達がアリステアを出迎えてくれる。
またぬいぐるみが増えたようだ。
高価で割れやすいビスクドールより。
落としても割れない、肌触りの良いぬいぐるみに人気が集まっている。
「あら? いらっしいゃい」
「?」
アリステアはぎょっとした。
知らない人がいた。
その男は背が高く。
巡礼者のマントを羽織っている。
可愛らしい人形の中で異物の様だ。
「おや? 可愛いお嬢さんだね」
パサリとフードを下ろす。年老いた精悍な顔が現れる。
白い髪で左目は縦に傷がある。
額には金のサークルが嵌められていた。
男は神官だった。
しかし神官と言うよりは細マッチョの冒険者と言う風体だ。
「こ……こんにちは……」
もうかなりの年だろうがその背はしゃんと伸びていて、威厳があった。
『かなり高位の神官だ』
アリステアの頭の乗ったレエンが呟く。
高位の神官でもアリステアの頭の上に乗っている、レエンには気が付いていないようだ。
「ふふ……ごめんなさいね。兄さんたらアリスちゃんがビックリしているじゃないの」
アルマナはお茶が載ったお盆を持って現れた。
「すまんすまん。驚かせてしもうたか。ワシの名はロホ。お嬢ちゃんよろしくな」
「この厳つい顔の爺さんは私の兄さんなのよ。神殿の仕事で久しぶりに会いに来てくれたの。さあ裏庭でお茶をしましょう」
アルマナに促されて二人は裏庭に向かう。
秋の庭は春の庭と違って木々が赤や黄色に色づいてとても賑やかだ。
「私も手伝います」
アリステアもアルマナの手伝いをしてお菓子を運び。
コポコポと慣れた手つきでアリステアはお茶を淹れる。
神官はアリステアの手慣れた動作を初めは驚いていたようだが、すぐに暖かく見つめる。
「本当にアリスちゃんはお茶を淹れるのが上手ね。それに兄さん、このクッキーはアリスちゃんの手作りなのよ」
皿の上にはアリステアが前に焼いて持ってきたクッキーが並べられていた。
普通の丸いクッキーとチョコが混ぜられたチョコクッキーだ。
チョコは昔旅に出ていた時に南の島で手に入れたとレエンが【ボックス】から取り出したものだ。
本当に【ボックス】は長期保存に優れている。
「まるで孫の自慢をする婆さんのようだな」
呆れたように妹を見る。
「あの人との間に子供が生まれていたらきっと結婚してアリスちゃんぐらいの孫もいたでしょうね」
ちらりと兄の目に悲しい影が宿る。
彼らは子供が持てない体なのだ。
「神官のワシは神に仕える身ゆえ子供は持てぬが、この国の民が我が子だと思っている」
だからと彼は続ける。
「なにか困った事があれば頼ってくれると嬉しい」
ロホは優しくアリステアにそう言った。
「ありがとうございます。でも……初対面の私にどうして優しくしてくださるんですか?」
アリステアは首を傾げる。
家族に冷遇されているアリステアは親切にしてくれる人に不信感があった。
何か下心があるのではないか?
でなければ私なんかに優しくしてくれるはずは無いと……
アリステアの自己評価は低い。
アリステアが本当に信頼しているのはレエンとアルマナだけだった。
「ははは。今は信頼しなくていいよ。でもそうだな……君が亡くなった姉に似ているからと、そう言う理由ではだめかい?」
「アルマナさんもそう言っていました。私は亡くなったお姉さんに似ていると……」
「自己満足なエゴだと思う。姉を救えなかった罪悪感から君に優しくするなどと……」
ロホは俯いた。
「君にはとっても失礼な事だろう。君は君で姉ではない。まして亡くなった者と比べるなど。済まない、嫌な気持ちにさせてしまっただろう」
相手が子供でもロホは丁寧な対応をした。
「ううん。そんな事はありません」
アリステアは首を振る。
「下心なく接してくれるのは嬉しいです」
『この爺さんは悪い人じゃない』
レエンはアリステアに告げる。
精霊は嘘が嫌いなため人の善悪には敏感だ。
嘘をつく者の身はどす黒い闇を纏うようになる。
精霊は闇が嫌いだ。
闇の精霊でさえ心の美しい正直者と契約する。
噓はやがて瘴気となりその者を狂わせる。
かって落ち人がそうであったように。
その後三人は楽しい時間を過ごした。
その時の約束で後にロホが巡礼札を手配してくれることになる事を、この時のアリステアは知らない。
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2020/4/13 『小説家になろう』 どんC
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