プロローグ
「貴方は私を愛さない」の連載版です。
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婚約者は私を愛さない。
それならば……
私がここを去ってもいいでしょう。
貴方と妹の幸せそうな姿を見せつけられて。
笑っていられるほど、私は強くはないの。
だから……
さようなら……婚約者……
だから……
さようなら……美しい妹
私から全てを取り上げた妹
要らないわ。
婚約者も護衛騎士もメイドもみんな妹が盗ると良い。
私を見ないお父様。
私を憎むお母様。
私を睨む弟。
妹しか見ない婚約者。
全て捨てていくわ。
家族だから……血が繋がっているから……
婚約者だから……
愛さないといけない。
そんな鎖から解き放たれて。
私は自由になる。
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「ねぇ見て‼ お兄ちゃん‼ 今花火が上がったよ‼」
「本当だ‼ あっちでお祭りでもあるのかな?」
夜の甲板で幼い兄妹が話している。
ざわざわとかなりの人が花火を見ている。
妹は花火に興奮して、手すりから身を乗り出した。
ずるり
女の子の手が滑り暗い海へと投げ出される。
「危ない‼」
通りかかった娘が女の子の体を掴み甲板に戻す。
「海に落ちてしまう所だったわ。ダメよ。そんなに身を乗り出しては」
娘は優しい声で女の子を諭す。
「えへへ。ごめんなさい」
女の子は娘に謝る。
「ありがとう。お姉ちゃん」
兄は妹の代わりに娘に感謝する。
娘はフードを被り巡礼者のマントを纏っていて。
顔がよく見えないが、茶色の三つ編みが覗いている。
声からまだ年若いと気が付く。
恐らく成人したばかりだろう。
まだ少女と言ってもいい。
「あっ‼ また花火が上がった‼」
「うわ~~‼ 綺麗だな~~」
「ここら辺の土地を治める四大貴族の一つ、パイソン侯爵家のご令嬢とバーグ侯爵家の御子息との婚約発表のパーティーがあるのよ」
女の子を助けた娘が答える。
「わ~~~。お姉ちゃん良く知っているのね。この町の人?」
「ええ。ここに住んでいたわ」
「ねえねえお姉ちゃん。領主様のお嬢様を見たことがある?」
「ええ。奥方様と同じストロベリィーブロンドで赤い瞳の美しい人よ。よくご家族で町に買い物に来られていたわ。弟君のデズモンド様も何時も一緒だった」
そう彼らは本当に仲のいい親子だった。
「じゃ~じゃ~。相手の人はどんな人か知っている?」
「ええ……」
どこか寂し気に娘は微笑んだ。
「銀髪で銀色の瞳のとてもハンサムな方よ」
「良く知っているんだね」
少年は首を傾げる。
平民は余り貴族の側に近寄れない。
高位貴族のお世話をするのだって、家督を継げない下位貴族の次男や次女だ。
せいぜい平民は下働きのメイドが良い所で、高位貴族にその姿を晒す事は許されない。
「ああ。町でね、よくお二人をお見掛けしたのよ」
慌てて娘が答える。
「わぁ~~~‼ 王子様とお姫様みたいね」
「そうね。四大貴族は王族のお姫様が降嫁しているから。王子様とお姫様と言ってもいいかもしれないわね」
「私も綺麗なドレスを着て、お貴族様のパーティーに出てみたい♡」
「俺は御馳走が食べたいな。きっと見たこともない食い物やお菓子が出るんだろうな~」
男の子の口から涎が垂れる。
幼い女の子は兄の手を取って出鱈目なダンスを踊る。
「いてて……足を踏むな~~」
「えへへ。ごめんなさ~~い」
「船が出るぞ~~~」
船員の声とともに鐘が鳴る。
ボオォォォォ
港に汽笛が木霊する。
海の神の名を取ったタイタニー号は港を離れ。
船は静かに夜の海に走り出す。
娘は寂し気に領主の館の方を見る。
「あんた達。ここに居たんだね」
二人の母親がやって来た。
「駄目じゃないか。子供はもう寝る時間だよ」
「ごめんなさ~い。あの船室は窓が無いからお外が見れないの。だから甲板に出ちゃった。でも、ほら見て花火だよ」
「ああ。本当にきれいだね」
二人の母親も夜空を見上げる。
次々と花火が打ち上げられ。
夜空に色とりどりの花が咲く。
「ここの領主様のお嬢様の婚約発表のパーティーがあるんだって。このお姉ちゃんが教えてくれたんだよ」
女の子は母親に抱きつき甘える。
母親は女の子を片手で抱き上げると、もう一方の手で男の子の頭を撫でた。
「ああ。ごめんなさいね。家の子供達五月蠅かっただろう」
「いえ……私もお喋り出来て楽しかったです」
「あんた巡礼者かい?」
娘は頷くとマントをはだけ首から下げた板を見せる。
巡礼者の通行手形だ。
巡礼者のマントを羽織っているだけの偽者がいるが、通行手形を持つ者は本物の巡礼者だ。
「はい。聖なるヘレナ島にあるセレナ神殿に巡礼するためにこの船に乗りました」
「そうかい。あたしらは次の港でおりるんだよ」
この船はヘレナ島に行く前に2・3ヶ所の港に寄る。
女の子があくびをした。
「さあ。部屋に帰って寝なさい」
「え~~~。まだ花火見ていたい」
男の子が口を尖らせる。
「だ~~め」
「いてて。かあちゃん分かったから、耳を引っ張んないでよ~~~」
船室に向かう母親の足がピタリと止まる。
そして振り返り。
「あんたも部屋に戻った方が良いよ。花火を見てる人が多くて人の目が在っても若い娘が一人でウロウロするもんじゃないよ。巡礼者に悪さする奴はいないと思うけど。うっかり海に落ちるかも知れないからね」
__ あなたのお子さんが海に落ちそうになって居たんですよ __
と娘は余計な事を言わなかった。
「はい。もう少しだけ花火を見たら船室に戻ります」
「そうかい。それじゃ【聖女様のご加護を】」
「【聖女様のご加護を】」
二人は巡礼者同士の挨拶を交わした。
「ねえ。かあちゃん、とうちゃんは?」
男の子は母親のスカートを引っ張り尋ねる。
そう言えば父親の姿が無い。
「船酔いで倒れてるよ」
「えぇ~情けないな~乗ったばかりなのに困った父ちゃんだね」
「昔嵐に遭ってね。それ以来水の上ではからっきし意気地が無いんだよ」
二人は笑い合い。
自分達の船室に帰って行った。
少女は暫く親子を見つめていたが。
再び花火が上がった館の方を見た。
「さようなら……エイデン様……」
娘は元婚約者の名を口にし。
別れを告げた。
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2020/2/22 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。短編だと書き残してしまった事や端折った所を書きたいと思います。仕事と自治会で書き上げるのが遅くなると思います。何時ものように不定期更新ですみません。