第一話 思っていた教職と違う
プロローグ、序章。
どうぞよろしくお願いします。
「ちょっと青柳先生。いい加減にして下さらないかしら?」
「いやぁ、そう言われましても……」
夕暮れ時、具体的には17時半。
木造である学校の一室、その中央に俺はいた。対面にはとあるクラスの生徒と、その親御さんが並んで座っている。
カラスの鳴き声が響き、夕陽の光によって赤く染まる教室を見ると、どこかノスタルジックな気分になる。
校庭では生徒たちが部活動を行い、同じ階にある音楽室の方向からは、少し音程がズれている管楽器の音が聞こえてきた。
こんな日は仕事を早々に終えて、さっさと家に帰りたい。
俺こと青柳忠人は目の前の問題を前にして、場違いにもそんなことを考えていた。
まぁ、教職なんて仕事に就いているのだから、そんなこと早々に出来ないワケだが。
しかも今自分が請け負っている件は、ウルトラCでキツイ急案件。逃げようにも逃げられない仕事であった。
「何度も申し上げておりますが、今度の文化祭の出し物は公平にクジで決めておりまして……お子さんだけを特別視することは、出来ないワケなんですね……」
まぁ簡単に言えば、モンスターペアレントの対応。
モンスターペアレント、聞いたことくらいなら誰でもあるだろう。
自分の子供の担任にクレームという形で要求を押し付け、自分の意向を学校側に強要する親。それがモンスターペアレント、略してモンペアだ。
この手の親は、基本的には一切引かない。
もとより、自分の意思を通すためにクレームを採用するような奴は、我が強くて自分の意思を曲げない。こちらが妥協案を出しても、ほぼ却下される。
要求が100%、良くて90%ほどは通らないとテコでも動くとしない。本当に困った親御さんたちだと思う。
聞いた話だと、学校ではなくて教育委員会みたいな、強い権力を持った組織に訴え、間接的に要求してくる輩もいるらしい。
幸運にもそんなケースに直面したことはないが、私立である我が校ならいつか起こりうる話だから困る。お金持ちの親御さん、結構いるし。
教職になってから、もう10年ほど経つ。歳が35に差し掛かり精神もだいぶ落ち着いてきたと思っていたが、この手の話は未だに慣れない。
ていうか、俺は副担任の筈なんだが、なんでわざわざ三者面談なんてやらなくちゃならんのだ?
こういうのは基本的に、担任の仕事だと思うんだが……。
そもそもモンペアなんて、小学校とか中学校くらいにしかいないと思ってたんだけど。世の中そんなに甘くないらしい。
はぁ、今日はそこまで仕事残ってないし、適当に言い訳して帰るつもりだったんだがなぁ……。
目の前にいる親御さんと生徒には気取られないよう、俺は小さくため息をついた。
「ちょぉっと先生!?私がこんなに真剣に話をしてますのに、ため息なんて失礼じゃありませんことぉッ!!?」
うぉッ、怖いッスよお母さん!
ていうか今の溜息感づかれたのかよ、ちょっとだけ深く息を吐いただけだぞ!?
「い、いやぁそんな。ため息なんてしてませんよお母さん。呼吸のタイミングを少し見失っただけでして……」
とりあえず愛想笑いをして、なんとか誤魔化す。今にも刺し貫かれそうな視線に、思わず冷や汗が流れる。
親御さんの鋭い眼光がギラリと光り、今にも首元に喰らいつきそうな勢いだ。怖い。
最近白髪が目立ち始めてきたのに、ストレスでもっと増えちゃう。
「ふん、口だけなら何とも言えますわ!ほら、今も呼吸が乱れてる。動揺している証拠よ。ほら、飛鳥も何か言いなさいな」
親御さんに促され、隣にちょこんと座る女の子が俺を見た。
この子の名前は飛鳥・フィンドーラ、俺が副担任をしているクラスの一員だ。小柄で少し茶色がかった黒髪をしている彼女は、3年生の間では比較的大人しい印象だったのに。
まさか親を使って面談要求してくるとは思わなかったなぁ……。
「先生、私着物を着たいの。ダメ?」
「違うんだよフィンドーラ。文化祭の出し物に関しては、クジで公平に決めただろう。それに担任でもない僕が、あまり口出しはできないって」
「あんなの、そもそもが不公平だよ。朱里ちゃんなら、すぐに箱の中身が分かっちゃうもん。先生と朱里ちゃん、最近仲が良いなぁって思ってたけど……まさか先生?」
「違うんだよフィンドーラ。アレは授業で分からない所があるからって言うから、放課後に教えていただけなんだよ」
「でも朱里ちゃん、この前先生と放課後二人きりだったって皆に言い触らしてたよ。すっごく楽しかったって……」
あの子、やけにニヤニヤしてたと思ったらそんなこと言ってたのか……今度朝礼で誤解を解いとかないと。
俺は話に出てきた生徒の顔を思い出しながら、そんな計画を考えていた。
それにしても、雲行きが怪しい。なんとか方向転換しようとしても朱里ちゃんは一切ブれずに詰め寄ってくる。
親御さんも視線がドンドン厳しくなってきた。目が捕食者のようにギラリと光り、見ているだけで顔が青ざめてしまう。
「フーッ……先生。いくらなんでも一人の生徒に入れ込み過ぎじゃないかしら。これじゃウチの子が不憫じゃないのよ!」
「お母さん落ち着いて……どうか羽をワサワサしないでください。教室が大変なことに……」
あ、お母さんの風圧で机が飛んだ。床のタイル、新しいのにしないとなぁ。
そんな事を考えて現実逃避しながら、今一度俺は目の前の親子を見た。
お母さんは鷲のようなお顔をされていて、捕食者のような目というか、捕食者そのものの目をしていらっしゃる。四足歩行である彼女は、数個の椅子の上に「お座り」の状態で器用に座っている。その背中には巨大な羽が生えており、彼女が興奮するたびにバッサバッサと羽ばたいている。
はぁ、もういい加減、目の前の現実をしっかり見ないとな。
そう、目の前の母親は人間では無い。おっきな翼におっきなくちばし、要はグリフォンさんです。
何を言ってんだコイツ、とお思いだろう。しかし事実なんだわ。
俺は夕暮れの教室の中、グリフォンのお母さんとその娘さんの三人で、面談を行っていたというわけで。
ついでに言うと、娘であり生徒である飛鳥ちゃんも、見た目は普通の女の子だが、背中に立派な羽が生えている。飛ぶことももちろん可能である。
異様な光景だろう。しかし驚くべきことに、目の前の光景はごく当たり前の光景なのだ。
今俺が生活している、異世界と繋がってしまった1万年後の地球では……。
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