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アサシン珈琲BREAK  作者: 七月大介
4/7

第3話

 私には大好きな人がいる。

 前の会社に勤めていたときの先輩で、名前を藤堂風真という。

 最初に父親に紹介されたときは、正直、変な人だと思った。自分の上司でもある上に、外見からして怖い父親に対して、まるで友人のように接していたりで、礼儀知らずの世間知らずだと思い込んでいた。

 だから、その変な人が世界中で有名なボディーガードだと知ったときは本当に驚いた。

 彼のことが気になり始めたのは、それからのことだ。

 私の性格的に、一度興味を持ったことに対しては突っ走ってしまい、ことあるごとに彼の後ろを追い掛け回すことになったのだが。

 知れば知るほどに、藤堂風真先輩は面白い人だった。

 なぜか、彼の周りには人が集まってくる。

 警備会社内には、ガードマンの他にも、オペレーター、技術班、医療班、広報部や経理課といったものが存在するのだが、どこの部署の人間とも彼は仲良くしていた。

 見た目が凄いカッコいいわけでもなければ、性格が真面目なわけでもない。はっきり言ってしまえば、「もっとちゃんとしてください」って言われる感じの人だ。それでも、彼は周りから好かれていた。

 後ろを追いかけるうちに、良いところも、悪いところも知っていき、いつしか、私は彼を好きになっていた。

 後に、先輩はボディーガードを引退をすることとなった。それを知った私も、すぐに決意した。父親に人生で最大のワガママを言った。

 先輩は私が本当に引退したと思っているみたいだけど。

 大好きな人のボディーガード。

 それが、今の私の仕事だ。



 時刻は十七時三〇分。喫茶店『ブレイク』の閉店時間が過ぎて、お店の片づけを始める。

 入り口の看板を『OPEN』から『CLOSED』に変えて、使うことのなかったドリンクサーバーなどの什器の電源を落とす。

 今日もお客様は〇人のままだった。

 先輩は、喫茶店を繁盛させたいと言っているけれど。私は正直、どちらでも良かった。

 先輩と毎日一緒に過ごすことができるのなら、これ以上の幸せはなかった。

「でも、さすがにスイーツの量は減らした方がいいかもなぁ」

 いつものように、売れ残りかつ食べ残りのケーキを処分する。最初は自分が作ったものを捨てることに抵抗はあったものの、今ではすっかり慣れてしまっていた。先輩は甘いものをあまり好んで食べないので、手作りのケーキを好きな人に食べてもらえるという喜びもない。

「何やってるんだろ、私」

 店内が寒い気がするのは、季節のせいだけじゃないだろう。

 少しの間だけと出て行った先輩は、今も戻ってくる様子はない。しかも女連れ。先輩の様子からして、実際に元カノというわけではなさそうだけど、それはそれで二人の関係が気になってしまうのは恋する乙女の微妙なところ。

 昨日の告白事件といい、今日といい、最近、自分への扱いが雑になっているような気がする。

 いいんですか~。他の人を好きになっちゃいますよ~。

 いつもより固めにゴミ袋の口を閉めて、外のゴミ捨て場へと向かおうとしたときだった。 

 音を立てず、入り口の扉が開く。

 通常なら扉の上に設置してあるベルが鳴るのだが、ベルが鳴らなかったことに関しては特に疑問をもたなかった。鳴らないように、ゆっくりと扉を開ければいいだけの話なのだから。

 問題は、そんな入り方をした人物の方だった。

 紺のブレザーにスカート。まるで学生のような恰好をしている女の子の顔は、また記憶に新しい。忘れたくても、忘れられない。

「……もうお店は閉店したんですけど」

 おそるおそる口にしてみるが、少女は構わずに店内を見回す。昨日、コーヒーショップで出会ったばかりの女の子。そして、先輩に告白されていた人でもある。確か、先輩はアイと呼んでいたはずだ。

「あの男はどこにいるの?」

 まず間違いなく、先輩のことを意味しているのはすぐに理解できた。

「聞いてどうする気ですか?」

 私もプロの端くれだ。女の子がブレザーの中に拳銃を隠していることは明らかだった。

「さあ? どうすると思うの?」

「――!」

 いつの間にか、女の子の姿は私の目の前にあった。

 すっと流れるような動きで攻撃をしかけてくる。

 ただ拳を振るっただけのような仕草。

 私はそれに危険を感じ、身をよじることでかろうじて避ける。

 はらり、と。私の髪が舞った。

 見れば、女の子の手には隠しナイフが握られている。形は小さくとも、人の命を奪うには十分だろう。

 付近に住居はないとはいっても、喫茶店ブレイクは住宅街の一角にある。

 拳銃を使わないということは、騒ぎを起こすつもりはないんだと思うけど。油断はできない。

 消音機を使った発砲音くらいだったら、それなりの音がするけどさほど目立たないから。

 店で襲ってきた理由のひとつに、こちらの銃撃を封じるという意味合いもあるんだろう。自分が働く店でアクション映画のように銃を撃ちまくるのは、通常考えられない。

 私が左右の袖の下に一丁ずつ隠しているデリンジャーは、実質、役立たずというわけだ。

 とはいえ、だから私が不利だとは思わない。

 何故なら――

 ――私には、拳銃の腕よりも自信を持っていることがあった。

「――ちっ!」

 私が動いた途端、女の子は舌打ちをしてバックステップ。大袈裟に距離を取った。経験と勘が彼女をそうさせたに違いない。しかし、私はそのまま動きを止めず、それを引き抜いた。

 ブラックジャック。グリップが特徴的なデザインの、刀身がやや曲線を描いた軍用ナイフだ。

「……ナイフ使いだったってわけね」

「私がその気になれば、腕を切り落とすことくらいは容易い(たやすい)ですよ」 

 これでおそらくは、五分五分の戦いになる。

 唯一の不安事項といえば。所詮、ボディーガードでしかない私は人を殺めたことがないということ。

 その経験の違いは、もしかしたら大きいかもしれない。

 でも。それでも、好きな人を守るためだったら、敵を殺す覚悟を持っているつもりだ。

「…………」

「…………」

 どちらが先に、互いの間合いに入るか。

 緊張の中、沈黙が訪れる。

 入り口の扉が大きな音を立てて開かれたのは、その瞬間だった。

「お取込み中ごめんなさい。銃刀法違反は見逃してあげるから彼の部屋を教えて」

 ゾクリと、なんだかとても、嫌な予感がした。

 その人物は、先程、先輩を外に連れ出した人だった。慌てた様子で、ブレイクの店内へと駆け込んでくる。その人が肩に乗せて引きずっているのは、私のよく見知った姿だ。

「――せん、ぱい?」

 スーツを着た女の人は、待合席のソファーに先輩を寝かせるとそのまま床に座り込む。そう遠くから来たわけではないだろうが、自分より大きな体の人間を引きずるのはかなりの体力を要したはずだ。

 私はナイフを腰に装着しているケースにしまうと、先輩へと駆け寄る。

「急に苦しみだしたの。何か病気を持っているとか聞いたことある?」

「いえ、特には……」

 何も聞いたことがない。何も聞かされたことがない。

 見れば、先輩は右足を両手で抑えるようにしてもがき苦しんでいる。こんな姿を見せる先輩は、初めてだった。

「藤堂風真の右足は、義足? 足を失っているの?」

 いつの間にか、女の子も私たちの傍へとやって来ていた。

 少女の問いに、私は首だけでうなずく。

「もしかすると、幻肢痛なんじゃないの?」

 ぽつりと少女が聞き慣れない単語を口にした。ゲンシツウ?

「聞いたことがあるわ。手や足を事故などで失った人が、突然苦しみだすという原因不明の病のことね」

「説明はあとでいい。今は藤堂風真を休ませることが先決よ!」



 先輩とスーツの人が店に飛び込んできてから一時間。

 ほんの少し前までここで戦っていたとは思えないほどに、店の中は落ち着きを取り戻していた。

「とりあえず、彼の部屋にあった眠剤を飲ませたら落ち着いたわ。今はぐっすりと寝てる」

 スーツの女性は、居住スペースのある二階から降りてくるとため息一つ。

「薬があったのはベッドの枕元。きっと、今日が初めてじゃないのね」

「……先輩、今までそんなこと言ったことなかったのに」

「風真君の性格からして、あなたに心配をかけさせないようにしたのね」

 私もきっとそう思う。

 いつもふざけてばかりいるのも、周りに気を遣わせたくないからだということを知っている。だからといって、そんな大事なことを一人で抱え込んでいたなんて。

 今、私は悔しいと思っている。先輩が私に隠しごとをしていたことにではない、毎日一緒にいて気づけなかった自分の無力さが心の底から悔しかった。

 本当に、ばかなんだから。

「さて、そろそろ自己紹介といきましょうか」

 店内には、三人の姿。

 一階に降りてきたばかりのスーツの女性。

 遠くのカウンター席に座る女の子。

 そして、テーブル席に座る私。

 座る場所が、それぞれの距離感を感じさせていた。

「じゃあ。まずは私からね。朝倉氷魚。詳しくは言えないけど、警察の人間よ。風真君がボディーガードを引退する前から、ときどき捜査に協力してもらっているの」

 スーツの女性が名乗る。

 警察の人と聞いて、彼女がまとう特殊な空気に合点がいった。夕方、先輩を連れ出したのも捜査の協力のためだったんだろうか。

 そうなると、先輩は私に内緒で危ないことをしていることになる。それもまた、ショックの上塗りだった。

「安心して。風真君とは話をしただけだから」

 すると、ひとりショックを受けていた私に、朝倉さんは私にくすりと微笑んだ。どうやら不安が顔に出てしまっていたようだ。少し恥ずかしい。

「私は七坂悠里です。ボディーガード時代の藤堂先輩の後輩で――――今は引退して、先輩と一緒にこの喫茶店で働いています」

 少し考えて、私は引退していることにした。先輩のボディーガードをしているなんて言ってしまえば、どこから先輩の耳に入るかわからない。

「次はあなたの順番だけどどうする?」

 朝倉さんが、カウンターの女の子の方を向いた。しかし、女の子は見るからに馴れ合いを望んでいる様子はない。

 わずかな沈黙の後、ついに女の子はこちらを向いた。

「……いいわ。乗っかってあげる。どうせ、私のことを知っている人もいるみたいだし」

 どこか諦めたような口調で、女の子は言った。私たちに対して言い放った。

「相川亜衣。ひょっとしたら、AIエーアイって名乗った方がわかりやすいんじゃない?」

「……え?」

 私は、自身の耳を疑う。

 AI。

 それはつまり、先輩が引退するきっかけを作ったAIということでいいんだろうか。

 先輩が足を失った原因のひとつを作った殺し屋ということでいいんだろうか。

「――やめなさい」

「……え?」

 不意に声をかけられて気が付く。私の目の前には、いつの間にか朝倉さんが立っていた。

 朝倉さんが近づいてきていたことに気が付いていなかった上に、自分がデリンジャーを握っていたことさえ気が付いていなかった。

「やっぱりそうなんだ」

 そんな私と朝倉さんのやり取りをみて、AI――相川亜衣は、何かを理解したようだった。

「あのとき、囮になったせいで藤堂風真は足を失ったってわけね。薄々感づいてはいたけど、本物のバカだわ」

「その言い方は、許せません」

「あなたが! あなたのせいで、先輩は――!」

 もう我慢はとうに限界を越していた。

 ついに立ち上がった私を、やはり浅川さんは引き留める。

「やめておきなさい。彼女を傷つけたところで、何かが解決するわけじゃない」

「――でも!」

「そんなことをして風真君は喜ばない。それを一番よくわかっているのは、あなたなんじゃないの?」

「…………う」

 その言い方は、卑怯すぎる。

「……私を殴って気が済むのなら、いくらでも殴っていいわよ。なんだったら、一発や二発、鉛玉をぶちこんでくれたっていい」

 押し黙っていた相川亜衣が、口を開く。

 その予想外の態度に、私は思わず呆然としてしまう。朝倉さんも、怪訝な表情を浮かべて相川亜衣に視線を向けていた。

「その代わり教えてちょうだい。藤堂風真は、どういう人か。どうして、自分の命を犠牲にしてまでも見ず知らずの他人を助けようとするのか。どうして、自分の足を失ってまでも私を助けようとしたのか――!」

 AIのコードネームは、機械のように人を殺すことから名付けられたと聞いたことがある。だから、私は機械のような冷たい人間を想像していた。

 だけど、私たちの目の前にいる女の子は違う。

 今にも泣きそうな顔で、私たちに懇願している。本当に感情の無い機械だったなら、そんな顔をするはずがない。

 もしかして、AIという女の子は、敵ではないんじゃないか。

 そんな疑問が、脳裏をよぎった。

「今日ここに来た理由って、それが聞きたかったんですか?」

「何よ。悪いわけ?」

 ぷい、とAIはそっぽをむいて答える。まるで幼い子供のようだ。

「……あの、朝倉さん?」

「…………」

 私が訊ねると、朝倉さんは無言で頷いた。

 わかりました。そういうことでいいんですね。

 私は、一歩ずつAIへと歩み寄る。歩み寄り、正面で立ち止まる。

「申し訳ありませんが、絶対に教えません。教えたくありません」

「悪いけど、私も同意見ね」

「……そうよね。殺し屋である私には、教えられないわよね」

 残念そうに肩を落とすAIを見て、朝倉さんは口元だけで微笑んだ。私もつられて、笑いをこぼしてしまう。

「違うわね」

「はい。違います」 

「……どういうことよ?」

 私たちが言いたいのは、そういうことではない。

「藤堂風真という人のことを知ってしまったら、きっとあなたも好きになってしまいます。だから、教えられないんです。これ以上、ライバルを増やすわけにはいきませんから」

 ――それでももし、本当に知りたいというのなら。

 誰かから教えてもらうのではなく。

 自分の目と耳と心で、知ってください。


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