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アサシン珈琲BREAK  作者: 七月大介
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プロローグ

「喫茶店に必要なものを、ここに書き出してみた」

 複数枚のA4用紙で作られた企画書レジュメを、年季の入った木製のテーブルにたたきつける。

『喫茶ブレイク改善案』。

 表題にマジックで大きく書いてあるそれは、俺の熱い思い、魂の叫びを具現化したものだ。

「逆に言えば、今のこの店に足りていないものでもある」

 プレゼンの対象は、俺の向かいのソファーに座っているショートボブの少女。

 空いた窓から流れこむ風にサラサラと揺らぐ髪。切れ長の眉。極上のスイーツのように艶やかな唇に、彫刻のように整った輪郭。

 街ですれ違った瞬間に、思わず振り向いてしまいそうな顔立ちは、夕日に照らされたせいでさらに魅力を増していた。

 相川亜衣あいかわあい。紺色のブレザーとスカート、純白のワイシャツにストライプのネクタイと女子高生らしい格好をしているが、その服装はあくまでも彼女の趣味によるものだ。

「……へぇ、本気でお店のこと考えてたのね」

 時刻は昼時だというのに、『喫茶ブレイク』の店内は閑散としていた。店内のホールにはお客様と呼べる存在はゼロ。こんな光景は、今や日常と化してしまっている。

 しかし、それも先日までの話。

 強力な助っ人が加わり、店は新たに生まれ変わろうとしていた。

「わかった。あなたの覚悟、見せてもらうわ」

 その強力な助っ人第一号――亜衣は、真剣な面持ちで表紙をめくる。


『その1・メイド服姿のウエイトレス ※露出度高め』


 ペシッ。

 瞬間。企画書が床に投げ捨てられた。

「ああっ、俺の熱い思いが!?」

「第一項目からしてふざけているでしょ」

「いや、大事だろ。ウエイトレス。ただでさえ普通の格好をしていてもかわいい亜衣たちが、メイド服で毎日俺の傍にいるんだ。そんなん最高だろ」

「か、かわ……じゃなくて! 私がそんなのやるわけないでしょっ!」

 亜衣は照れたように顔をボッと赤らめるが、すぐに冷静になって再びわめき散らす。

「喫茶店で一番大事なのは、コーヒーでしょ! そのために私を勧誘したんじゃないのっ!?」

 誇らしげに言い放つところは、さすがはうちの店におけるコーヒー担当。今後、うちの店で使うドリンクは全て亜衣がプロデュースすることになっている。

 でも、そういうこと大声で言うと、いちいち反応する奴がいるからやめてもらえませんか?

「それは違います!」

 ほら、反応した。

 厨房から出てきたのは、エプロンドレスを着た純日本人風の少女。調理中ということもあり、トレードマークの長い黒髪は後ろで縛られていた。右手にお皿を持って現れたということは、ちょうど新作のスイーツが完成したタイミングだったようだ。

「カタラーナです。イタリアのカタラーニャ地方のお菓子で、正式にはクレマカタラーナと呼ばれています。カスタードの上の焦がしたカラメルの風味が特徴なのですが、今回は、メインのブレンドに合わせて、少し甘味を濃くしてみました」

 説明しながら置かれたお皿の上には、四角い形状のクリーム色をした物体。焦がしたカラメルの香りが、食欲をそそる。横に添えられているのは、ミントとホイップクリームだろうか。かわいらしい盛り付けは、まるで熟練のプロのような業である。カタラーナの名前だけは聞いたことがあったが、実際に見るのはこれが初めてだった。 

「じゃあ、さっそく試食するか」

 プレゼンはひとまず置いておくとして。

 オーナー権限で、真っ先に一口頂く事にする。

 俺がフォークを使ってカタラーナの一片を口に運ぶまでの間、作り手の少女は、じっと俺を視線で捉えて離さない。彼女にとっては緊張の一瞬なのだろう。

「……うん。いいよ、これ。絶対にコーヒーに合う」

 舌先に訪れたのは、しっかりとした甘味。そして、次第に口の中に広がるのは、カスタードとカラメルの香り。これはもう、美味しいと言わざるを得ない出来栄えだ。

 フルーツタルト。チーズケーキ。そしてカタラーナ。これが新作第三号となるが、いずれも改善点を挙げる隙のないクオリティの高さだった。文句なしの新メニュー採用である。

 俺に続いて亜衣も試食を始めるが、口元を綻ばせているところを見ると、どうやら意見は同じのようだ。

 わかるわかる。本当に美味しいものを食べたときは、無意識に笑っちゃうよな。

 各々(おのおの)の反応は上々。エプロンドレスの少女は安心した様子で、いつもの穏やかな表情を取り戻す。

 七坂悠里ななさかゆうり

 助っ人第二号でスイーツ担当の少女は、一安心したからか流れるような口調で語りだす。

「喫茶店といえば、スイーツです。コーヒーも確かに大事な要素なひとつではあるかもしれませんが、今の時代、お店の目玉となるスイーツが、お客様を呼び込むために必要なファクターではないでしょうか」

 語気は丁寧でやわらかだが、遠まわしに亜衣のことを時代遅れと言っているような気がしないでもない。

 挑戦状を叩きつけるような行いに、亜衣が黙っているはずもない。と、思いきや、亜衣は特に過剰な反応をすることもなく、カタラーナの試食を続けている。これには、悠里にとっても拍子抜けだったようだ。

 亜衣と悠里。お互いが知り合っておよそ一ヶ月。店の新規オープンを前にして、ようやく仲間意識が芽生えたということであれば、オーナーである立場としてはとても喜ばしい。

 だがしかし、

「……負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね」

 もちろんそんなことはありませんでした。

「それ、どういう意味ですか?」

 余裕に満ちた態度を見せる亜衣に対して、悠里はムッとした表情で詰め寄る。

「先に風真ふうまに本気で口説かれたのは、コーヒー担当の私だってこと。あんたはただくっついてきただけでしょ」

 え、なんか俺、巻き込まれてる?

「わ、私は、ずっと前から、『引退したら俺のためにケーキを作ってくれ』って誘われました! だから、私のほうが先です!」

 そこ、嘘をつくな。

「わ、私だって、初対面のときに『死ぬまで俺の傍にいてくれ』って言われたし!」

 それも嘘だからな。そんなこと一六年間生きてきて一度も口にしたことないからな。

「―――――!」

「~~~~!」

 そして始まってしまった嘘と嘘の応酬。

 こうなってしまうと、お互いが落ち着くまで放っておくしかない。

 いつも会議場所として使っている店内で一番大きいテーブル席から離れて、カウンター席に移る。

「コーヒーのお代わりいる?」

 そこには、会議場所から離れてのんびりしていた女性がひとり。

 服装は女性用のセットアップスーツにパンプスとOL風だが、顔立ちが若いせいで就活中の学生のようにも見える。

 朝倉氷魚あさくらひお。助っ人第三号。知り合ってからだいぶ経つけど、実際の年齢は今も不明な謎の女性。一応、普通車免許を持っているから、一八歳以上であることは確かである。

「さすがに亜衣ほど美味しくできないけど、腕は上達したのよ?」

 本来、彼女には経営面でのフォローをお願いしているが、ホール業務も手伝ってもらうことになっている。常に、亜衣自身がお客様にドリンクを提供するシステムにしてしまったら、さすがに負担が大きすぎる。ゆえに、俺たちもコーヒーの煎れ方は亜衣から一通りレクチャーを受けていた。

「それじゃあ、お願いしようかな」

 そういえば、氷魚が煎れたコーヒーを飲んだことはなかったことに気が付いた。これもいい機会だろう。

 八名分の椅子があるカウンターの上には、亜衣が厳選したコーヒー豆が入ったビンがいくつも並び、その隣には手挽きのコーヒーミルがある。

 俺は『ブレンド』と手書きのラベルが貼られてあるビンを手に取ると、コーヒーミルの準備をしていた氷魚に手渡す。

「それにしても、見ていて飽きないわね」

「亜衣と悠里のことか?」

「あなたも含めて、ね」

 ブレンドの豆を入れたコーヒーミルのハンドルを回しながら、くすりと笑われる。

「あなたたち三人は普通とはかけ離れている人生を送ってきたのに、ここで会話している姿は普通の高校生みたい」

 ぐりぐり。ぐりぐり。氷魚は、会話の最中もハンドルを回す。

 普通の高校生、か。

 普通に学校に通って、勉学に励み、友人と友情を育み(はぐくみ)、自らの将来に向けて切磋琢磨する。

 そんな日常を、俺たちができるはずがない。いや、していいはずがない。

 俺は……俺たちには……そんな資格なんてないんだから。

「そんなことないと思うわよ」

 気が付けば、氷魚が俺の顔を覗きこんでいた。

 何か香水でもつけているのだろうか。女性の匂いに、思わずドキっとしてしまう。

「……何のことだ?」

「遠い目をしてたから、何かつまらないことでも考えてたんじゃないかなーって。違っていたならごめんなさい。邪推じゃすいしたわ」

「いや、当たらずとも遠からずって感じかな」

 それなりに長い付き合い。強がったところで見透かされてしまうだけだ。朝倉氷魚もまた、俺たちと同じように普通じゃない人生を歩んできているのだから。

「――――いいわ! そこまで言うなら、ここで決着をつけましょう!」

 突然、静かな店内に亜衣の声が強く響いた。

「望むところです!」

 それに応じるは、悠里。なんだかとても、嫌な予感がした。

 亜衣と悠里。

 お互いが睨み合ったと思ったのも束の間。

「――――っ!」

 少女たちは同時に動きを見せた。

 亜衣は、ブレザーの懐からベレッタM92を取り出して、悠里の額に向けて突きつける。

 悠里は、腰のベルトからブラックジャックナイフを引き抜くと、亜衣の首元に突きつける。

 常人では目に捕らえられないほどに熟練している、体に染みついた動きだった。

「接近戦では、ナイフの方が有利という話はもちろん知っていますよね?」

 口を開いたのは、悠里。

 現代において、接近戦で最強と謳われているCQCの訓練はどちらも受けているはずだ。しかし、亜衣はそれでも退こうとはしなかった。

「潜った修羅場の数は、私の方が上だし。そのくらいハンデでちょうどいいわ。度々、議論で挙げられる内容を、今、ここで証明しようじゃない。拳銃とナイフ。接近戦でどちらが速いかを!」

 いや、証明するなよ。

 殺気の具合からいって、両者共に本気で殺すつもりがないことくらいはわかる。本気だったら、会話するまでもなく撃ち合い斬り合いがとっくに始まっている。

「…………」

 氷魚から、視線だけで何とかしろとメッセージが来る。もちろん言われるまでもなくそのつもりだ。ヘタしたらどちらか、あるいは両方が大怪我をしてもおかしくない状況である。

「まあまあ、ケンカするほど仲が良いのはわかるけど、そこらへんにしとこうぜ」

 俺が仲裁しようと、前に出た瞬間だった。

 右足の義足が床につまづいてしまい、体勢が崩れる。

「のわっ!」

 我ながら間抜けな声をあげながら、俺は身体ごと二人の少女に突撃する。

 ドスンとぶつかり、かろうじて三人まとめて転ぶことは免れたものの、それは果たして運が良かったのか悪かったのか。

「~~~っ!」

「――――っ!」

 気が付けば、俺の右手は亜衣の胸を。左手は悠里の胸を鷲づかみにしていた。

 ここで、あることに気が付く。

 それを言ったら自分がどうなるか、十分に予測できる。

 だが、俺も男である。言わなければならないときは、きちんと言葉にしなければいけないと思う。

「あのさ、補正下着はやめようぜ」

 刹那、襲いかかる銃撃と剣撃。

 だってさ悔しいじゃん。こんなラッキーハプニングがあったのに、硬かったんだもん。おっぱいの感触がほとんどなかったんだもん。

 

 ――――さて、今はこうして和気藹々(わきあいあい)としているものの、ここに至るまでには色々あったわけで。

 すべての始まりは、一か月前に遡る。


 あ。ちなみに、拳銃の速さとナイフの速さは体感的に同じでした。


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