何日か経過したある日
先生が魔術の特訓を初めて二週間たった。
今までの特訓でわかったことは、魔素を使うと体が怠くなる。そして、先生が使う魔術は効率と省エネを重視したもの。
ということだけ。
始めた一週間たった次の日からは持久力と筋力をつけるために筋トレを入れることになったのだが。
有り得ないことに筋力や体力は一切なかったはずだが、大の大人を打ち負かせる程備わっていた。多分、リオンが言っていた何らかの力が爆発的に高まるというのは私の場合『体力と筋力』に充てられたのだと思う。
それによって、剣の方も前倒しになった。
念のため、走り込みと他の筋力づくりの運動は、混ざっているが。
だが、先生の剣術の修行はとても厳しい。
ひゅんっ、と剣を振るう音が中庭に響いた。
「違う違う、なっとらん‼ 剣は両手でしっかり持つのじゃ‼
脇をしめて‼」
先生はそういいながら、剣を持つ私に向かって小指の爪位の雹を作り打ちだしてくる。
飛来してくるその雹は、小さいが速度もある為あたると痛い。雹だけでなく、時節火球も間に飛んでくる。
私は雹を切って火球をきらない、緩急を付ける為の戦いをしていた。
「足は半歩前じゃ‼」
じりっ、と言われた様に半歩前に進む。打ちだされた雹を切ろうと――
「あいたっ」
柄を握った手にあたった。すぐ赤くなり始めた手をさすると先生はやれやれと首を振った。
「まだまだじゃのう。これも素振りの延長線上なんじゃが」
「む、頑張ってるんですよ、これでも」
さっきから足にあたったり手にあたったり額にもぶつかり。先生はきまったところに放つことなく不規則にうつ。
「動体視力と脳からの動きの問題じゃな。となると……」
先生は考えた素振りを見せる。数秒経過すると、自分の腰に差した模造剣を引き抜いた。
「ふむ、ちょっくら模擬をするかの」
先生は息をするように軽やかに剣を振る。
昔は『魔術王』という唯一無二の称号を貰ってそこに剣も出来るから大したものだと思う。
細い枯れ枝のような体だが意外と筋肉はある。剣を振るうたびにあちこちの筋肉が盛り上がる。リオンと契約して力が上がっているから筋肉はそこまで付けなくても良いと思うが、先生曰く筋肉はあってなんぼ、という。それで筋トレも欠かさず行わせるから、あちこちが引き締まっている。
で、その先生の模擬。
結論から言わせて貰えば魔術よりも痛い。
そして、動きが恐ろしく早い。
「うっぐぅ」
受け止めた模造剣が万力のような力で押され、ぱききっ、と割れるような音は響く。
これはマズイ。
私は片足を引くと、剣から逃れるように回転して、先生の脇腹に剣を叩きこむ。それに先生手に持っていた剣を手首の動きだけで動かし、止めて見せる。
下手をすればねんざや骨折はいくだろうが、先生は動じない。
「甘いのぅ」
ごっっ、と腹に鈍い衝撃がはしり、視界が揺れて倒れた。自分のお腹に蹴りを喰らわされたと気付いたのは倒れた後だ。
咳き込むリベリアを見てフロムは溜息をついた。
「今日はここまでじゃな。明日はちゃんと動けるように体を休めよ」
先生が立ち去る中、私は疲れたように瞳を閉じていた。
***
「なんで勝てないかなぁ」
呟いた言葉は結構な大きさで反響した。じゃばじゃばとお湯が浴槽に注がれ続けている。石鹸を手で泡立てて自分の身体を洗ってゆく。
背中を覆う長い髪は座ってしまうと、地面につくのでまとめて前に流している。濡れたその髪は、浴槽の照明の光に照らされ、神秘的な色に輝いている。
「私が弱いのもあるんだろうなぁ」
体と髪を洗い終わり、タオルを巻いて大きな浴槽に身を沈める。寄りかかった壁はひんやりとしていて、気持ちよかった。ふぅ、と天井に息を吹いて———「髪の毛綺麗だな」、という声に目を見張った。
がばっ、と跳ね上がり横をみるとちゃっかり腰にタオルを巻いたリオンが。
「なっ、ななな、えっ、ええっ」
動転するあまり、思考が上手く働いていないリベリアはとにかく現状を把握しようとひとまず深呼吸をした。
お風呂に入って体を洗って浴槽に入って、リオンがいる。見つかったら一大事。
結論。見つかったら一大事。
「ちょ、なんでいんの!? なんでいるの‼」
「いや、久々にお風呂入りたくなったし。貸し切りの状態が出来ないから、リベリアの一人の時で良いかなっ、と」
リオンはそう言いながら、平気で風呂を楽しんでいる。
あと少し近づけば腕同士が触れ合うほどの距離に二人して並んでいる。
教育的にどうなのだろうか、と叫びたい。
「人間って弱ぇよなぁ」
リオンの瞳は天井に向かっている。それはなぜかとても哀愁を感じさせた。突然語りだしたリオンをリベリアは止めようとしない。
「悪魔は自然に発生するもんじゃねぇ。人間が悪いことして堕ちたやつが悪魔になる。人間だった頃の記憶を背負ってな」
そういうリオンは何かを思い出すように眉をしかめている。
「人間のころ、俺もお前と同じように剣を振るってたよ。家名に恥じぬ男となれ、って言われてた。お前と違って自分で望んで剣を取った訳じゃない。俺はどうして剣を振るのかってずっと考えてた。力をつけてやりたいことなんて無かった」
それは独り言よりも告白で、罪を語る犯罪者を連想させる。
「お前が剣を振ってると昔を思い出す。悪魔に殺される前の自分をな」
リオンはそう言って笑った。
「なんでそれを語ろうと思ったの?」
なんとなくいたたまれなくなって聞いてみようと思った。「あん?」っと考えたリオンは、溜息をつく。
「羨ましかったんだな。多分、人間で剣を振るってるお前が。
ちゃんと振る意味を考えてるお前が」
その後は妙な沈黙が続いた。居心地が悪くてどうしようか迷ったとき、リオンが立ち上がる。
「リオン」
声を掛けるとリオンは猛禽類のような瞳で私を見て、忘れろ、と一言吐いてリオンは浴場から出て行った。




