授業 ―魔術—
「さて、そろそろ本気で戦い方に身を付けるぞ」
「体術、魔術、どっちからですか?」
リベリアの問いにフロム先生はきょとんとした顔をした。
「リベリア嬢。何を言うておる。二つ同時じゃ」
「はい?」
これはもしかして、まずいやつかも・・・・・・。
結論から言わせて貰えば。
まずいやつだった。
「まず一つ。魔法と魔術がどう違うか。それはわかっとるか?」
ふるふる、と首を横に振るう。涼やかな風がリベリアの一纏めにした髪を撫でた。
私たちは今、中庭に来ていた。だが、その中庭は稽古場のようなもので、よくお兄様たちが練習していた。だが、彼らが宮廷勤めになってから、ここはただの庭になってしまった。庭師さんが下草を時々刈っているのを見たことがある。
「魔法と言うのは、自分の中にある魔素を使って起こすものじゃ」
フロムはそういうと、自分の手をリベリアに見せるようにして突き出した。
すると、魔法が発動し橙色の炎を作った。赤々と燃えるそれは、続けて発動した手の平サイズの水球が掻き消した。
「むっ、それぐらいなら出来ますわよ!」
ぼんっ、という音を立ててリベリアの白い手の平に、一抱えぐらいの火球が出来た。
それをリベリアはどやっ、とした顔で見せつける。
「リベリア嬢、それぐらいは誰でも出来て当然ですぞ・・・・・・」
控えめに言われたフロムの一言はリベリアの胸にぐさっ、と刺さる。
「い、いいいい良いじゃないですか! 少しぐらい得意げになったって‼」
「まぁ、のちのち鍛えていくのじゃ。
魔術の場合、ちと違うのじゃ」
どう違うのだろうか。魔法と違って魔術は少し危険というのは聞いたことがあった。
「魔術の場合は、大気中の魔素を使うんじゃよ」
魔素というのは、自分たちの体の中でも造りだせるが、空気中にも漂っている。それを言葉や意志で使う形を連想させ、自分なりの形に変える。これはイメージが強いほど形も定まり、使う量が多いほど難しくはなるが比例して威力もあがる。だが、空気中の魔素が枯渇してしまえば、魔術は使えない。そしたら、内蔵した魔素の方を使う魔術の方に変えなければいけない。
「だが、この大規模な魔術を、少量の魔素で使うこともできるのじゃ」
それを、可能にするのが魔法陣の作成。これは自分の内蔵した魔力も使うが、少量しか使わないため連発する事が出来る。これによって、空気中の魔素を取りこみ、指示性を与えることが出来る。
「まぁ、そんな大技は連発せず、小さな魔法で敵を惑わし本命は剣技じゃな」
というのが、一番良い方法なのだと先生は語った。
「先生、杖とかの魔道具は使わないんですか?」
魔道具。それは魔法や魔術の補佐をしてくれる道具の事だ。
指輪や杖を代表して、時計や衣服などのさまざまな形がある。
「そんなもん使ったら、精度が落ちるし、壊れた時にどうするつもりじゃ?」
と真顔で言われてしまった。
納得する半面、「じゃあ、魔道具を壊したら大半の人は魔法の制度が落ちるの?」と質問してみると。
「それ以外にもわざと実力を落とすために使っている人もいる」
と言っていたから、多分実力者ほど持っているものなのだろうか。
「リベリア嬢、始めるにあたってなのじゃが。
体に内蔵されている魔素の量を確認したいのじゃ」
この魔素の量が多いほど、空気中の魔素の扱い方や、得意分野の魔法を見つけることが可能だという。魔術の場合は属性などが無い為、オールラウンダーになる。
フロムはリベリアの手を取ると、一瞬だけ体の中がざわついた。何かが入ってきて、私の中の何かを手にとった。腹を何かがぐるぐると探る不快感にリベリアは顔を顰めた。
「ふむ、魔素は一般人より多い」
手を離したフロムは僅かに考えると、顔を上げた。リベリアは体の僅かな違和感に首をひねっている。
――――この子は逸材かもしれん。儂が魔素を確認している事を気付きおった。
「ここで少し『爆発』の魔術を使ってみる。リベリア嬢にも打ってもらうから、よく覚えてくことじゃ」
くるっ、とフロムはリベリアに背を向けた。
「大いなる焔よ」
マグナ・エクスハティオ。フロムがそう唱えた瞬間、眼前の地面が爆発を起こした。空気が膨張し、鼓膜を叩く。髪が浮き上がり、動きやすいように改造したドレスも爆風に押された。土煙を巻き起こし、一分立ってようやく開いた視界には、丸く大きな焦げ跡が付き、見事に抉れた地面があった。
「これがお譲さまが習得する魔法じゃ」
「いや、これさ、人体に向けちゃいけないよね・・・・・・」
ばりばり吹っ飛ぶよ。だって、地面に丸い穴開いてんのに、土すら飛んでこないってどういうことよ。まるまる燃えてんじゃん。
「『雷』の方も見せた方が宜しいかな?」
「いや、何というか。魔法と魔術ってそう変わらないの?」
「幾分かは変わりますが、魔法が出来ればそう苦労はしないと思うのじゃ。
それに、雷の魔法は人に向けるよりも、刀身に巻き付けて使う方が圧倒的に多いからの」
そういうと、先生は手刀をつくる。すると、それに渦を巻くように青白い雷電が発生する。
「これは一瞬魔素マナを通すだけで三秒ぐらい持続するのじゃ。効率もよく、威力も高いのじゃよ」
雷の魔術の使い方は結構簡単だ。
まず大気中の魔素マナを一瞬で吸収する。それで、刀身に僅かに手を当てて魔素マナを流す。すると、一瞬で雷が構築される。それには、イメージをつけると更にいい。そのイメージ力を補うために呪文があるのだが、先生は無詠唱でやってのける。
それに、雷を刀身ではなく空間に発生させたいのであれば、発生させる場所を計算して発生させる。大抵それが出来ないので、その出したい場所を指なので指すのだが、先生は何もしないで更に無詠唱でやってのける。しかも、複数同時。
この無詠唱というのは凄い。
例えば氷の塊をつくる魔法があったとする。氷の塊といっても、親指大の氷かもしれないし氷山ぐらいの氷かもしれない。
一瞬でイメージを構築できるのなら簡単かもしれないが、魔素マナを集めているときは別だ。内部に蓄積されている魔素マナで魔法を使う人は無詠唱は多い。
しかし、外部から魔素マナを集めるには多大な集中能力を必須とする。先生は吸収している間にも、先生はイメージしているのだ。
これは、問題集の一ページ分の問題を一度に全部見て、同時に計算しているのと等しい。
「先生、どうして先生はそんなに強いんですか?」
「うん? 突然じゃな」
フロム先生は考えた素振りをみせる。そして、数秒経過すると、ぽんっ、と納得したように手を叩いた。
「強いて言うならばじゃ。実践を沢山積んだから、じゃな。
別に儂は強いんじゃない。これぐらいの実力がなきゃ生きていけなかったから、じゃな」
先生位の実力がなきゃ、生きていけないようなところって何処だろう・・・・・・結構厳しい競争社会の中を生き延びてきたらしい。
『この爺さん、多分昔はヤバいぞ。俺の経験上こういうことをいうやつは、軽く二桁はいってるな。いや、三桁かな』
(リオン・・・・・・?)
今まで先生の授業中は一言も話してこなかったリオンが突然話しかけた。脳内に響くその声は久しぶりに聞いた気がする。
(三桁とか二桁とか何の話をしてるの?)
『ああ? 爺さんが殺した人数だよ。多分歴戦の方だぜ?』
(人を・・・・・・殺した?)
この温厚なフロム先生からは、そんな感じはしないけど・・・・・・
「ほほ、リベリア嬢。集中力が途切れてますぞ」
「あっ、ごめんなさい。先生」
「それでは始めますかな。魔術の特訓を」
先生はキラキラとした瞳を私に向けた。




