朝霧
「ねぇ、リベリアはさ、何がしたいの?」
顔の見えない私と似た少女は、白いワンピースと裸足で霧に包まれた私の家の庭を駆け回っていた。
なのに、突然ふとしたタイミングで私に質問を投げかけた。
その質問の意味を分かりかねて首を傾げる私に、彼女は笑う。
「そっかー、まだ、わかんなくていいや」
***
鳥の鳴く甲高い声で目が覚めた。
ぼぅ、とした頭で天井を見上げる。淡い色彩の天井はよく見た私の部屋の天井だ。
何らかの夢を見ていた気がするけど、内容は忘れてしまった。重たい体を起こすと、どっと疲れが溢れ出る。昨日の疲れが寝ても取れなかったのだろうか。
「よう、起きたか」
昨日対面していた椅子の上に座り、悠々と紅茶を嗜んでいるお方が。
しかも、花柄にティーポット私のだし。
いつから座っていたかわからないが、悪魔リオンがそこにいた。
「何してんの? しかも、それ、私の紅茶」
「いや、あったから。つーか、さっきのメイドさん、美人だな」
「メリアは良い子よ。私に長年付き添ってくれるし」
ティーカップを置いたリオンは立ち上がると、大きく伸びをした。
「捻くれ者の私に、ってつけると百点満点だがな」
「うるさいわね。黙って」
自覚は、ある。でも、自分の両親と話したくなんかなかった。自分と血が繋がった肉親でも、話したくないときなんていくらでもある。
ただ、それが人よりもちょっと長いだけ。ただ、それだけ。
「なんだろ、お前さ、結構不自然じゃね?」
「不自然?」
「人間として構ってほしいのか、そうじゃないのかが判断がつかねぇんだわ」
構ってほしい・・・・・・そう思ったことはないけど、多分私は昔の平凡な生活に憧れを抱いている。家族皆で屋敷の人全員で笑ってたあの時に。でも、知ってしまったものは取り消せない。
「そう、ね。でも、良いわ」
自棄になったように立ち上がって、私は笑う。多分、その笑みは疲れたかのような笑みだったけど、リオンは何も言わないでいた。
***
全員が揃った食卓は音もなく、無音の空間だった。
アルトリシアはまだ療養中なのだろう。家族三人で向かい合って食べるのは、滅多にない。
全員がそろそろ食べ終わってきたとき、父が口を開いた。
「リベリア、何故私たちを嫌う」
・・・・・・直球ね。
でも、母親が止めないのを見ると元々知っていたか、『未来視』で視たか。
公爵家の当主さんがこんなに空気を読まずして良いのか、と言いたいところだけど。多分、私のペースを崩し聞きたいんだろうな。
「嫌ってはおりません。ただ、純粋に私は・・・・・・私は両親を両親と思っていないだけですから」
その言葉は嫌っているというよりも尚辛い言葉だろう。苦しいだろう。
ただ、こんな博打に出た父に少しぐらいは敬意を見せて、対抗してやろうではないか。
「両親と思われていない、か」
その言葉を噛みしめた父親の顔には、何も浮かんでいない。
私の言葉が届いているかはわからない。
私が突然両親と喋らなくなった転機を二人は知らない。ただ、薄々は感づいている。
「二年前、よ。貴方が喋ってくれなくなったのは。その時何があったというの?」
「お得意の『未来視』は使っていないのですか? お母さま」
「リベリア・・・・・・実の母親に向かってそのような口を」
その言葉には明らかに嫌悪が混じっていた。そんな風に教育した覚えはない、と。
多分、母親は、アンネ・クラウソリスは『未来視』を使っていない。
ここから先は本当に後には引けなくなるだろう。
私は、軽く息を吸うと、両親と視線を合わせた。
「お気づきだとは思いますが。
私はお父様とお母様の本来の役職を知っています」
お母さまは変わりなく笑みを絶やさずにいるが、目は一切笑っていない。
お父さまは太い眉をぴくりと上げ、僅かに感心を示した。
その歳でよく気付いた、と。
ここからが踏ん張りどころだ。私は決意を固め、膝の上で拳を握った。




