新たな出会いと誰も知らない旧知の出会い
「いやぁ、助かりました」
えへへ、と頭をかいた青年は名をフィラギスというそうだ。髪はリオンと似たような白髪だが、その髪は僅かに青色が混ざっている。
フィラギスの妹、ミーレは綺麗な碧玉色の瞳を持っていて、髪はキャラメル色のようなストレート。
お腹がすきました、といった彼らはその後倒れてしまい、二人で苦労して宿まで運んだ。そのあと、自分たちの朝食の臭いを嗅がせていたら、跳ねあがって復活。あまりにも汚かったので、開いていた浴槽にぶち込んで綺麗にしてもらった。
「なら、よかった。なんであんなところに?」
「あの先に魔物がいっぱいいるダンジョンがありまして。そこで、強くなろうと特訓しに行ったら、あやうく死にかけて……」
えへへ、と二人して頭をかくという同じ動きをした。顔とかにてないけど、確かに兄弟かもしれないと思わせる。
「じゃあ、二人は冒険者?」
「ええ、そうですね。僕が前衛担当で、ミーレには後方の援護を頼んでいます」
彼らはダンジョンでつよくなりたいらしい。
私は、自分の腕がどれほどなものか、しらべたい。
ギルドのクエストでも受注しにいこうかと思ったが、ダンジョンとはダンジョンコアを破壊しなければ消えない魔窟である。普通なら、ダンジョンとはそこら辺に出来るものではない。かつ、ダンジョンが正常に機能としているということは、まだクリアされておらず、沢山の魔物がいるということである。
「ねぇ、そこに私たちと一緒にリベンジしません?」
だから、私がこういう結論に至ったのも、致し方ないといえよう。
私も腕試しをしたいし、彼らも強くなりたい。相互関係はぴったりしていると思ったのだ。
「リベンジですか……?」
「ええ、私も自分の腕がどれほどまで通用するかわからないのですよ。なので、私も一緒に行きたいなと。よくないですか?」
「わかりました‼ 行きましょう‼」
一瞬で乗る気になったフィラギスに、ミーレは戸惑ったようだがこくりと頷いた。
「ねぇ、良いでしょ? り、オン……?」
後ろの壁に寄りかかっていたリオンを振りかえる。だが、その声は、リオンの顔を見るとしぼんでいった。
いつになく、リオンが不機嫌なのだ。眉を寄せ、紅い瞳はイライラと細められている。
何事かと目を瞬かせたリベリアを一目見て、舌打ち。
「勝手にしろ」
そう吐き捨てると、不機嫌そうに部屋から出て行く。
茫然と見送ったリベリア達は扉のしまった音で、我に返る。
一番立ち直りが早かったフィラギスが慌てて立ち上がる。
「ぼ、僕が追いかけてきます‼」
そういうとフィラギスが後を追いかけるようにして部屋を出ていく。
私たちは何もできずそのまま走っていくフィラギスを見送った。
***
「リオンさん‼」
フィラギスが追いかける。だが、彼の姿は、見当たらない。どこにいるのかと、宿から出た。
宿から出ても、皆が置き始めたこの時間帯は人が居ない。だから、すぐ見つかるかと思ったのだが、全然それらしき人影はいない。
短時間でそんな早くにいなくなられる訳が無いのだ。
溜息をついて空を仰いだフィラギスは「あっ」と声をあげた。自分が今出てきたばかりの宿の屋根の上に、リオンが服をはためかせながら、座っていたのだ。
上に登る梯子を見つけ、そのままリオンと同じ屋根に上がった彼にリオンの口からはいつもとは違う冷淡な声が響いた。
「何しに来た、フィラギス」
当たり前のことをいうリオンにフィラギスは肩をすくめる。
「リベリアさんたちの所に戻そうと思ってね」
「そんなことは聞いてない。オレは、何をしに来た、と聞いたんだ。白々しい」
猛禽類のような瞳を、フィラギスに向ける。空気がびりっ、と震えるような印象を抱く。その瞳は次が無い事をいとも容易く察することができた。
「……お変わりが無いようで。陛下」
先程までのフィラギスとはうって変わり、リオンこそがそのあるじだとでも言うように膝まずいた。
「まぁ、良い。座れ。話は聞いてやる。ただ―――」
一瞬だけ帯びる殺意。物理的な圧力が、フィラギスの身にかかる。
「オレの前に無断で姿を見せた事。そして、ホムンクルスを連れ回っている事は、許すことは出来ないがな」
「申し訳ありません。陛下。ですが、ご容赦を」
どうでも良さそうな瞳をフィラギスに向ける。だが、忠臣としての彼は、リオンが話せと促してる事をわかっている。
「まず、陛下が魔王としての座を引いた事が発端でございます」
ここで【偉大なる王】ならいつもなら「貴様、この余に非があるとでも?」とキレるのだが、リオンはそんなことを言わないので、魔界では良い王と言われている。
「そのあと、世継ぎが見当たらず政権を【王たる王】に返上いたしました」
「ああ、そこまでは返上の儀でやっているからな」
リオンは胡乱気な瞳で、フィラギスをみた。
そこから先の要点をさっさと話せ、ということだろう。
フィラギスは申し訳なさそうに、しょぼしょぼと顔をしかめてリオンにとっては爆弾宣言を落とした。
「その返上した後に統治者は【王たる王】なのですが、何故か【王たる王】が私たちの仇敵【茨姫】に統治を預けまして……」
「はぁ?」
びきっっ、と空間が凍えたような気がする。朝方とは言え、そこまで冷え込むような温度では無く、温室に近い気温だったはずなのだ。何故か、一瞬で鳥肌が立つというこの急激な温度変化。
リオンは、座り込んでいたがゆっくりと覇気を揺らめかせ立ち上がる。
「なるほど。オレは自らの領地を王に預けた筈なのだが、何処ぞの野良猫に奪われていたと。ほぉ、舐め腐った真似をしてくれる」
ごうっっ、とリオンの影が彼の怒りを象徴するように持ちあがった。それは、何かの顎のようにも思える。それを前に、フィラギスは焦る。
「へ、陛下‼ ここでお力を振るっては……」
「やかましい。喚くな。で、貴様らがオレに会いにきたのはどういう用件だ? 領地を取り戻せか? 玉座に戻れか?」
「いえ、何故か、【茨姫】がここに進軍してくるということでして……」
リオンの顔から表情が抜け落ちた。先程まで不機嫌だった筈なのに、それすらも無く本のひと時の『無』。
「で、進軍してくる……と。俺の兵を使ってか?」
「いえ、進軍に使うのは自軍の兵だそうで。流石に止められたという事で」
ふつふつと湧き上がって来るこの感情は久々に味わう憤怒の物。自分の顔が徐々に険しいものになってゆく。
「で、軍をこちらに送ってなんのつもりなんだ?」
「ここからが重要なのですが、【報告会】で現世への進軍が決定したそうで。そこで、自分たちの契約者を作って干渉できるようにして、此方の世界を魔界の方へ引っ張るらしいですよ」
リオンは更に自分の顔が曇っていくのが分かる。
【報告会】は、七つの大罪を持っている悪魔が【王たる王】の号令によって行われる。そして、これからの魔界の決定を決めるのだ。
現世に来ているリオンが参加できないのは仕方が無いといえようが、魔界がまさか現世を自分たちの世界にしようと企んでいる事にリオンは驚く。
そんなことをしてしまえば、世界の調停者と自分たちの事を信じて止めない天使どもが歯止めをかけるために、それこそ降りてくるだろう。
ならば、戦場になるのは必然的に現世であり、そんなことが起きてしまえばこちらが相互不干渉を守っていた人類史にひびが入るのは当たり前と言える。
「ば、馬鹿か!? 何故だ、報告会は満場一致で方針が決まる筈……‼ 何故、人類史を壊すことになって、自分たちの存在も崩れることを進んで行う!?」
「多分、『鍵』の存在かと……」
鍵。それは、その存在を持つことによって、世界を救う事が出来るというあるモノだ。それが、人であるか物であるかはわかっていない。
だが、そんなものは伝承で語られるものであって、信じる方がおかしいのだ。
「まさか……天界の方も、か……そうなれば進軍してくることは間違いないのだ。ここまで広がったと思えばあちらもなんらかの策を出してくる筈」
「はい。それに対応して天界、魔界の両方が大量の契約者を発掘しております。それによって、魔界の方が数は多いので、契約者の恩恵によって戦う事になるかと……」
こんなことはあってはいけないのだ。
悪魔と天使は人間があってこそ成り立つものだ。人類の世界を壊してしまったら、自分たちの存在のも影響を与えることになる。
ある意味の自滅行為である。
「で、このオレに何を求める……満場一致を覆すことは出来んぞ」
「私たちが望むのは、この世界の救済でございます。満場一致ですが、なんというか望んでいない者もおります。ですから……」
「オレに止めさせろと?」
「……はい」
リオン・マーキス。
元人間の王子にして、悪魔に殺され悪魔になったもの。
だが、それにはまだ続きが合った。
リオンは自分を殺した悪魔を【暴食】の悪魔によって食わされ、人間と悪魔の半純潔だということ。
それによって、彼は契約者が居ない間でも現世にいることが出来る。
「無茶言うなよ、いくらオレでも何万と来るだろう進軍を止めることは出来ん」
その言葉に、フィラギスは肩を落とす。
「だが、俺の契約者ならあるいは」
えっ、とフィラギスは顔をあげた。
***
「ご報告申し上げます。北東の領ミラーヌが壊滅。約一万の数を保ってこちらに進軍してきます‼」
有能な宰相の言葉だ。事実なのだろう。
エントブルクの王ファロンは自分の執務室でその報告を聞き頭を抱えた。
「ふむ……どうしたものか……」
ファロンは、国同士の戦さえも経験することなく大人になった王族だ。だから、戦い方をしらないし、どうやってここで対応すべきなのかも、どうやって国を守るべきなのかもしらない。
「これは貴公ならどうする」
そんな彼に手助けしている人が居るのは当たり前だろう。何もすることが出来ない王など、飾り物と同じようなものなのだ。
それは異質な男だった。平均的な肉体に、王の前であるにもかかわらず顔は鼻から上を隠す舞踏会に使うようなマスクを付けている。かれは、にこやかに笑うと、王に提案する。
「迎撃したらどうかと。民草に知られるのは致し方が無い。それよりも多大な料金を払って、ギルドにクエストを。強制クエストを実行すればよろしいかと」
強制クエストは、ギルドに向けて一回だけ行えるこの街にいる冒険者を収集し、クエストに参加させることが出来る、というクエストだ。
確かにそのクエストに掛けるお金の方が、兵を徴収するより安いし、魔物を消すことしかできない冒険者など、死んだら自分の国力を削いでしまう兵よりは全然ましだ。
「流石だ‼」
そういって、ファロンは宰相に伝達し、迎撃場所などは他の人に任せたまま安心したように、机に置かれた紅茶をたしなむ。
「それでは」
そう一礼して、マスクの男は去る。部屋から出た男は「扱いやすい」と、呟いてどこかに歩いて行った。
このリベリア達の話をベースにした物語を次作で描くつもりでいます。
呼んでくれると嬉しいです。




