宿屋
「あー、ここ、ベッド固い」
リオンがベッドを押しながら、目を細めた。
「お前、野宿だと文句言わねぇのに、ベッドだと文句言うのな」
「いや、ベッドだけは別よ」
だってさ、野宿とかはベッドないし文句言えないけど、宿の場合は普通にお金払ってるからいう権利ぐらいはあると思うの。
マントを脱いで、腰に差した聖剣を置く。聖剣は自分が認めた人以外に抜けないし、触らせないから多分盗まれることはない。
荷物を置いてベッドに腰掛けると、扉がノックされた。
「はい、どうぞー」
「お客様、お風呂の準備が整いました」
そういうと、女性はすぐ引き返す。不愛想な人だが、手付きが手馴れてるから長年働いている人なのだろう。
「リオン、先お風呂入ってていいよ」
「はいよ」
洗面道具一式を持ってリオンは下につけられたお風呂場に向かう。先程見てきたが、個室が三つあり、その中に浴槽一つと洗い場一つの部屋だった。
大浴場ではなく庶民のお風呂場を三つ作った感じ。
この宿は先程の屋台のおじさんに聞いて、場所を教えてもらったところだ。どこか安くて良いところはないかと聞いたら地元の連中しか知らないここを教えてもらった。
暇なので、自分の聖剣を持ち上げる。
これは聖剣や魔剣、神剣の類は意思を持っており、自分たちが主だと思う人間以外には従わない。
更に、聖剣、神剣、魔剣の類は三つとも個々の能力は別だが、三種とも違う能力を持っている。
魔剣は威力が高い。聖剣は速度が速い。神剣は魔素吸収能力が秀でている。
私が持っているのは聖剣だから、能力的には速度。で、こいつ自身が持つ能力は雷を出すことが出来るそうだが。
ちょっとした火花程度なんじゃないかと思ってる。
「やっぱ、魔術と剣術を二つ合わせてやるのはムズイから、大きな攻撃をするときに魔術かな」
人相手だといいが、見たことがない魔物とかだと魔術の方が良かったりするかもしれない。
軽やかな金属音をたてて鞘から剣を抜く。
刀身は黄金色で、紅い樋が入っている。その先を辿っていくと剣の根元に当たり紅い装飾かと思ったが、宝石が埋まっている。
「んー、実戦で一旦試してみないとダメかな」
そういって私は剣をしまった。
***
「おい、リベリア。これから真面目に実践に行くつもりかよ」
「そりゃあ。翼竜みたいなのはそうそうでないでしょうから」
リベリアは、いつもの戦闘用のドレスに腰にズルフィカールを差す。
今回はフードを被らず、そのまま銀の髪とその素顔を曝け出す。
脛半ばまでの鉄靴に包まれた足を一歩前に出すと、さりっと地面が音を立てる。
二人が来ているのは、昨日加盟したばかりのギルドのクエストでは無く、本当に只の戦闘訓練だった。
まだ、陽が完全に登りきっておらず、朝霧が漂う大森林の近くに魔物の試し切りをしようと来たのだ。
「だってさ、私の持つこれの能力とか剣の把握とかしたいじゃん。普通に素振りとかしても分かるんだけど、それだったら普通に実践で積んだ方が良くない?」
と朝一番に叩き起こされ宣言されてしまったリオンはしぶしぶといった形でリベリアに付いてくることになった。
「ここらへんにいるぜ、魔物」
辺りを見回したリオンが、朝霧に包まれて見えにくい視界にも関わらず呟いた。
「ん? 私のセンサーには引っかからないよ?」
「お前の探知能力だと精々三十メートルが限界だろ」
余談だが。
一般的な探知能力は二メートルで、秀でた者は十メートルぐらいである。その三倍となると、並大抵のものではないのだが。
フロム先生の非人道的無自覚訓練で、高められたリベリアの探知能力はその三倍はあるということで、彼女なら強襲とかの心配は一切ないのだ。
「む。ならリオンはなんでわかったのさ」
「……感覚かな」
それを馬鹿にしようとしたリベリアだが、彼女の探知の領域にぎりぎりですれ合いながらも、動くモノを発見したので口を噤んだ。
「ねぇ、リオンってさ。昔何してたの?」
「ちょっとした王子」
ちょっとした王子が、三十メートルを超える探査能力を持つことだろうか。
だが、リベリアはどんな訓練を受けていたのかなどを聞くこと無く、剣の柄に手を置いた。
そのまま、モノが動いた方角――自分の正面に向かって歩みを進める。
その足取りには一切の淀みが無く、そのまま無表情に歩みを進める。その歩く音に気付いたのか、そのまま居座っていたモノがリベリアを見た。
ほんの僅か刺さった視線に敵意が混ざったのを感じ取り、リベリアは剣の柄を持つ手に力を込める。
柄に当てた反対の手で声を立てること無く風の魔術を行使。目の前の霧が晴れた中に見えたのは、狼の姿をした魔物『ブラックウルフ』だ。
黒い毛皮に、刃の用意鋭いかき爪。
魔物特有の紅い瞳が、リベリアに向き直る。
「無茶するなよ―」
「うーい」
気の抜けた返事をするリベリアは目の前にいる敵に集中している。
りぃぃん、と滑らかで鋭い金属音を鳴らしつつ抜いた刀身は、陽の当たりにくい中でも美しく輝いた。
軽く呼吸を整えて、静止。彼女が最も得意とする体勢を取る。剣をお腹の前――中段に構え、足は一歩緩く開いた形で、剣先はブラックウルフに向けられている。
唸り声をあげた一頭のブラックウルフは、走り出しリベリアに突進する。
それを正眼の構えのまま、正面を見据えたまま引くことは無い。
そして、徐々に近づく距離。数メートルにまで距離が縮まった時に、リベリアが一歩前進した。
ひゅかんっっ、という風を切る音。ブラックウルフは足を地に付け、リベリアは高速で数メートル移動し剣を振り下ろしたまま固まる。
そして、リベリアの剣からぱちんっと謎の音が響くと、ブラックウルフの体が傾き地に伏せた。一瞬の交錯で、その勝敗は決まったのだ。
そのまま、ざらざらと灰になってゆく。これが魔物の死だ。
残ったのは、小さな灰色の球。これは魔物の心臓だった核。
それをリオンに向かって投げると、受け取ったリオンはそれをポケットに入れた。
「これぐらいだと上段斬りでもいけるんだな」
「んー、意外と歯ごたえあったかな?」
籠手に包まれた手を開いたり閉じたりする。
そして、謎の音を発した自分の聖剣をみる。
「こいつ、ちょっとわかんないかも」
ぱっと手を離すと、それは地面に一切の抵抗も無く突き刺さる。そして、刺したまま剣の柄を握って、切り上げのような事を行った。
すると生み出されたのは、黄金の剣閃。それは、切っ先に力が集中し地面が切れた時に抵抗が消えた為、斬撃が生まれたのだ。
要約すると、力を溜める為に地面に刺して切り上げを行ったら、黄金色の斬撃が生まれたということだ。
「さて、帰るか」
リオンがそういって踵を返した時に、何者かが此方に走って来た。その影は二つ。だが、先程感じた魔物とは違う。これはどちらかというと、人間に近い。そして、リベリア達が居る横の林から、飛び出してきた。
その速さは、常人としては早い。感知した五秒後には飛び出していたのだから、大したものと言えることだろう。
現れた二人組は、私たちより大きい青年と、私より僅かに小さい少女だ。
二人とも、頬はこけ、ひょろひょろとしている。あちこち泥で汚れ、苦労した事は窺えた。
私たちをみて、ぼろぼろの彼らは、口をそろえて。
「お腹すきました」
あと、数話ぐらいで一旦完結させていただきます。
一応ちょこちょことは、話を続けていくつもりですが、こちらの勝手で申し訳ないです。




