座天使作戦《オペレーション・ガルガリン》(4)
「彼女たち」の画像を見てまず思ったことは「これはCGじゃないのか?」だった。
顔がきちんと左右対称に整い過ぎている、肌にシミ一つなく均一に綺麗、表情が作り物めいて乏しい……普通の人間とは明らかに違う、何とも人工的な「匂い」がする。
そして画像がサムネイル風に、九人クローンたちの顔のアップが並んだ物に切り替わった。流石に全く同じだと識別が難しいからだと思うが、髪型や髪の色、長さが少しずつ変えてある。最期の一人だけ雰囲気が違うのに気付いたが、よくよく見ると男の子のようだ。
そういや「女性型八体、男性型一体」と言ってたな、お姉ちゃんたちと良く似た、可愛い顔の少年である。俺は断じてホモでもショタコンでも無いが、むしろお姉ちゃんたちより何か惹かれるものを感じる……繰り返すが断じてホモでもショタコンでも無い!よな、自身の記憶が無いから断定できないのが辛いけど。
しかしアニメなんかじゃよくある設定だが、はたして美少女・美少年型のクローン兵士なんぞ作る意味はあるのか?と俺は疑問に思うし、この場の誰もがそう思っているだろう。しかしその質問が出る前に、ウーさんの説明が始まった。
「我が社が入手した情報によると、『座天使』シリーズは、まず人工子宮で培養され、十二歳相当の肉体に急成長させられます」
説明に合わせてプロジェクターに映される画像が、その人工子宮のものに切り替えられた。なんだかいかにも、って感じのSFに良く出てくるタイプの、シリンダー型透明カプセルである。こんなシロモノの画像、一般公開などされていないだろうに、どこで入手したんだろうか?
「それまでのシリーズでの経験から、肉体の二次性徴がある程度進んでから人工子宮から出し、兵士教育を開始するのが最も効率が良いと判ったということです。ちなみに『座天使』シリーズは三年前に『誕生』、肉体年齢は十五歳相当ということになりますね」
実年齢は三歳かよ!人権とか明確な規定のない、というか存在すら公式に認められていなかったクローンとはいえ、それでは幼稚園児以下じゃないか。戦闘スキルはまだしも人生経験は間違いなく未熟なわけで、こいつらのメンタルはどうなっているんだろうか?
「殆どが小柄な女性型なのは、まず彼女たちが馬人機パイロット専用として特化したモデルだからです。背が低い方がGロックに強いわけですから」
なるほど、馬人機はかつてはSFメカでしか行い得なかった重力制御で飛行するとはいえ、Gを無効化する慣性制御までは実現できてないから、それは大いに意味がある。
ここで俺のポンコツ脳内記憶庫から「アニメ『超時空世紀オーガス』のチラムのイシュキックなど戦闘用デバイスに、エマーンの各種ドリファンドやオーガスのような慣性制御が無いのと同じ」というオタク知識がはき出された……相変わらずどうでもいい!
では何故Gに対し強いかと言えば、頭の血が足の方に下がっていき視界を失うブラックアウトには、心臓と脳の距離がより近い小柄な人間の方がなりにくいからだ。
それは昔の戦闘機パイロットでも同じで、背が低めでガッチリ体形の者がエースになることが比較的多いとも聞く。
そう考えると、隣にいるイタリア製安産体形さんが馬人機パイロットであることに納得がいった。こいつ宇宙酔いしない体質に加えGにも強いのだろうから、適性があるってことだな。
「次に少女型、しかも見た目に可愛くしてあるというのは、敵に攻撃を躊躇させることを目的としているとの話です」
なるほどそれも納得、仮に美少女に対し全く躊躇無く、むしろ積極的に銃を撃てる奴がいるとしたら、そいつは良く訓練された兵士ではなく、美少女を殺すのが快感というヤバいサイコ野郎に違いない。
もっとも今回の俺たちの仕事こそは、その美少女型クローンを殺すことなのだ。むしろ教えないでくれた方が気が楽だが、万が一現場で初めて知って動揺されては困るので、事前に教えてくれるのだろう。
「また彼女たちを母胎とした場合、その子供たちにどの程度能力が受け継がれるか、人工子宮無しでの『量産』が可能であるかを検証するためでもあるのです。」
なんか人権団体やフェミニスト団体が怒り狂いそうな話だな。実際チラリと横を見たら、アニキとオタちゃんが実に胸糞悪いといった表情をしている。
「男性型が一体だけ作られたのは、女性型との性能比較のためですね。『座天使』以前のシリーズでは、男性型の方がずっと多かったそうですし」
しかし秘密裏に行われていた研究のはずなのに、随分と詳しい情報が入ってきたものだ。俺が思うにその研究施設内には内通者がいて、何らかの手段で外部に連絡をとり「会社」に情報を売っているのだろう。
「そしてこれは未確認情報ですが……それらは全て言い訳で、美少女型なのは単に研究主任の性癖ではないか?という説もあるとのことです」
それまで低いうめき声しか聞こえなかった講堂内に、思わずどっと笑い声があがった。理論武装が台無しだ!要するにロリコン野郎の好みでこうなったってか?いや同様に可愛い顔の男性型が一体混じってるから、ショタコンも入ってるぞ、そいつ。
「で、これがロシアから招聘されクローン研究を任されていた主任である、マラート・アレクセーエヴィチ・カリーニン博士」
画像はそのロリ&ショタコン野郎の顔に切り替わった。やや太った髪の薄いスラブ系、神経質そうで攻撃的な顔つきに、強いコンプレックスをバネに成り上がるタイプ臭さを感じる。たぶん実際会ったとしても、俺とは気の合わないイヤな奴だろう、と勝手に想像する。
「可能であればこの男の身柄を確保して欲しいのですが、護衛するクローン達の妨害によりそれが困難であると判断したら、直ちに暗殺してください。」
しかしここまでに、何故ロシアの手に渡る前にクローンたちを暗殺する必要があるのか?またそれを「会社」が行う理由は?それとも別に依頼主がいてそれを請け負ったのか?などの情報は、一切語られていない。
というかAAA+の仕事において、それは俺たちアルバイターが知るべきでは無いことだ。余計な事を知られてしまってはAAA+に分類する意味が無いし、俺たちの誰もがそれを理解しているから、ここでそれを聞いて馬鹿にされるようなマヌケもいないのだ。
「それはクローンたちも同じで、うちの上司は生かしたまま捕らえることができればボーナス支給、と言っていますが……個人的には正直、勧めるかねます」
ウーさんの声色が少し低く変わり、講堂内のアルバイターたちがざわめいた。ここからは会社の公式インフォメーションではなく、彼女の個人的なアドバイスなのだろう。
「確実に殺すつもりで戦わなければ、死ぬのはあなた方になるでしょう。本気で戦って撃墜して、不時着し負傷した彼女達を結果的に生け捕りに出来ればラッキー、と思ってください」
四倍以上の敵を相手にどんだけ強いんだそいつら?たしかランチェスターの第二法則、戦力の集中効果によると、戦闘集団が互いを視認できる場合、二倍の兵力を持つと実際には四倍の戦力差になり、三倍の兵力があると実際は九倍もの戦力差になってしまう、はずだ。
ウーさんの見解が本当ならば、一騎当千とまではいかないにせよ、奴らがとんでもない手練れであることは間違いない。これにガルガリンとかいう専用馬人機の性能が加わるのだから、油断は絶対できないということだ。
「作戦開始は明朝05:00。それまで皆さんには、この施設内に止まっていただきます」
*
朝焼けの光を浴びながら、海岸沿いに北東へと向かう低空飛行の馬人機の大編隊、その数四十五。これに加え、長距離飛行中の給油ならぬ充電のための発電機を載せた「会社」所有の超大型輸送ヘリコプター、ロシア製Mi-26が五機。
これらは巡行速度が同じくらいなので、機種が違っても編隊を組むのは容易いのだ。更には研究施設を急襲するための、グルカ保安要員によって編成された特殊部隊が一個小隊、別の中型ヘリMi-38と、その支援用である「会社」直属の馬人機四機が随伴している。
前日のインフォメーションでは知らされていなかったのだが、彼らは対空機関砲まで設置されている研究施設を地上から攻略、残された物を奪うための部隊だという。
施設の保安要員はたいして数がいないし、うちのグルカ兵に比べたら素人も同然と思われるので、最大の脅威となるクローンたちが研究員の亡命に付き添って出払ったところを急襲すれば確実に成功、という予想らしい。
それならいっそ戦車でも持ち込んで大部隊で攻略すればよさそうに思えるが、施設が交通に不便な山中にあるのと、協定により正規の軍人や武装した軍用機・軍用車輌の殆どが「死界」内に持ち込めないのだから仕方がない。
ちなみに地上攻撃機や攻撃ヘリもこの協定のため使えない(今近くを飛んでいる輸送ヘリも、固定武装を付けた途端にアウトだ)のだが、出現当初民間型しかなく、近年戦闘用になったばかりの馬人機はこの協定から漏れた存在で、裏技的に持ち込める唯一の「兵器」なのだ。
おかげでこれがこの地において、空中・地上用を問わずあらゆる戦闘兵器の代用品になってしまった。ロボットアニメで何で敵も味方も人型兵器ばかり?と疑問に思うことがあるが、この地ではそんな法的な縛りが原因となっている。
馬人機は基本、戦闘機と同じく攻撃役と援護役の二機一組でペアを組み、それが二つの四機で一個小隊を編成する。これが十個小隊で四十機、あと彼らを指揮管制するのと、地上から攻める特殊部隊を指揮管制する複座型(操縦士はアルバイターだが、同乗の指揮者は『会社』の正社員)が一機ずつ、これで合計四十二機。
三機が中途半端に余っているが、それが俺とアニキとオタちゃんの機である。キャンセル分込みでアルバイターを呼んでいたのだが、全員参加したので余ってしまったのだ。なので病み上がりの俺を含む三人は予備戦力として、現在指揮官機の側に付いて飛んでいる。
現在主流の戦闘型の馬人機のコクピットは、その民間型のような透明アクリルではなく装甲板に覆われており、直接外部を視認することができない。
しかし空を飛ぶ物にとって視界が重要であるのは言うまでもなく、代わりに攻撃ヘリの機首やローター上に付いているようなカメラやセンサーの類が、馬人の頭部にあたる箇所に付けられており、ここからの映像が操縦者の付けた、バーチャルゲーム用みたいなゴーグル状ディスプレイに投影されるのだ。
この密閉式コクピットは防御力が高いのは良いのだが、代わりに熱がこもって気温が外より高くなりがちという大きな欠点がある。飛行機であればもっと高空を飛ぶので気温も下がるのだが、馬人機の飛び回る低空域ではそうはいかない。
一応エアコンも付いているのだが、HEMの駆動にパワーの大半を奪われるのと、冷却は電子機器の方が優先されるので、実質送風機にしかなっていない。初期の馬人機乗りはヘリコプター乗りと同じ格好だったのだが、冬以外はすぐに汗だくになってしまい大変な不評だった。
そのため現在の馬人機乗りは、近年の陸上競技選手や自転車乗りのような、体にフィットした専用のタイツ状ウェアを着用している。これは汗をよく吸って素早く乾くため体感的に涼しく、また狭いコクピット内で体を動かしやすいという特徴がある。
ちなみにこの格好を流行らせたのはあのハーゲン氏で、アルバイター時代に自転車用ウェアをそのまんま着て乗っていたのだそうだ。それが凄腕として有名になっていき、やがてそのスタイルを真似する者が現れ、実際着てみると具合が良いと評判が広まって、いつの間にか主流になったものだ。
現在俺たちが着ているこれはスポーツ用そのまんまではなく、難燃製かつ何かにひっかけても裂けにくい新素材となり、高価にはなったがより戦闘に適した専用品として改良されたものだ。
俺の場合更にこの上に日本製の、背中側に空冷ファンが内蔵された空調服を羽織っている。これで常に微風を浴びている状態となり、汗がより素早く乾いて快適だ。そこまで凝った物ではないが、中に保冷剤や水を入れた冷感ベストなどを、各自工夫して着ている者も多い。
この格好、体の線がモロに出るので体形に自身のない者には大変不評、アメコミのスーパーヒーローみたいで恥ずかしいから絶対着ないという奴も未だにいる。馬人機乗りに多い女性の場合、絶対それを気にしそうなものだが、既に周りでみんな着ているわけだし何より快適なので、オッサンなどより抵抗はないようだ。
*
飛行開始から二時間後、編隊は進路上にある租界にある空港に着陸し、休憩とヘリへの給油、馬人機への充電作業を行った。
一応、空中給油ならぬ空中充電も可能なのだが、大編隊を組んだままだと接触事故の可能性が高まるので、降りている今の内にやっておくという話だ。
ここは台湾企業と日本から来た企業が共同で仕切っており、俺たちの居る租界とは友好関係にある。
この後は北朝鮮との国境に沿うように進み、亡命者たちが施設から出る前に彼らが目指すウラジオストクへの進路上に回り込んで待ち伏せ、奇襲をかける手はずになっている。
俺たち三機は、端の方にいた充電ヘリの一機を囲むように着陸した。
オタちゃんとアニキの乗機は、俺のヤブサメとは違って最初から軍用として設計された北欧製「インホーミング」。大出力で強火力、バリバリの戦闘メカで、ライセンス生産されNATO各国の攻撃ヘリの後継になりつつある機体だ。
純粋な軍用なので価格や法的な問題で個人所有は難しく、彼女達も会社がまとめて購入したレンタル用を有償で借りて使っている。なので俺のヤブサメのように自由にカスタマイズできないのだが、元から装甲は厚いし各種兵器を使える火器管制装置が搭載されているし、そのままで充分なのだ。
「延々真っ直ぐ移動するだけって退屈よね、居眠り飛行になりかけたわ」機体から降りて柔軟体操しながらオタちゃんが言った。
「それに地味に疲れる、肩がこってしょうがない」俺も首をゴキゴキいわせながら答えた。
なにしろ色々詰め込んだ軍用型のコクピットは狭すぎで、体をあまり動かせないためエコノミー症候群になりそうだ。
しかしいつもの腐女子な貧乏女子大生みたいな格好に比べ、体にピッタリしたウェアを着た今のオタちゃんの見た目はなかなか良いじゃないか、というか正直エロい。
背が低めなのに出るところは出て引っ込むところはきちんと引っ込んでる、大昔の流行語でいう「トランジスターグラマー」というやつだな。いつもはダボッとした服に隠されて小太りにしか見えないのと比べ、えらい違いだ。
「お前さんけっこうイケるよ!」冴えない友達のちょっと良いとこみつけた、と妙に嬉しく感じて彼女の肩やら背中やらをポンポン叩く俺、なおこれは断じてセクハラ行為では無いと主張するものである。
「な、何の話?」急に嬉しそうかつ愛想が良くなった俺を無気味に思ったのか、焦った様子のオタちゃん。
「貴様から今、明らかにエロ思考の匂いがする」不意に背後から耳元に、アニキもといアンニッキさんの声、そしてクンクン嗅ぐ音。
「誤解です、実際愚息はションボリです」
と答えたら、無言でグィッっと後ろから首に腕を回された。ヤバい、このままでは絞め落とされる。
しかしそんなアニキの方はモデルみたいに頭身が高く、しかし体操選手めいて肩幅があり良い感じに筋肉が付いているので、この格好だとアメコミに出てくる女性スーパーヒーローそのものに見える。今度XーMEN映画の製作が発表されたら、オーディションに応募してみるべきだな、いやマジで。
「あんたもけっこうイケるよ!」俺が首を締められかけながらも(なにげに背中に彼女の胸があたってる感触もあって)さっき同様に嬉しそうに言うと、
「な、何の話だ?」やはり無気味に感じたのか、飛び退くように離れるアニキ。褒めてやってるというのに、全く失礼な奴らであるなあ。
その後しばらくして、俺たちの編隊は再び北東に向けて飛び立った。
俺が真正面に向けていた顔を下に向けると、ゴーグルに映った映像が機体前下方(馬人でいうと胸、攻撃ヘリで言えば機首の下部)のカメラからの物へとなめらかに切り替わり、見える物が高速で流れる地上の風景と、多数の馬人機の影になった。
この後しばらく眼下に広がるのは内陸の無人の地「死界」、即ち住民が死ぬか逃げるかした、放棄されたインフラだけが残った完全な無人地帯。ここにあった大国が三つに分かれての泥沼の内戦時、後に「新三国時代」と呼ばれるようになった僅か数年間に生まれた、絶望の地。
かつて大きな問題となっていた大気汚染などの環境問題は、原因である工場や火力発電所の全てが停止したため、この数年で急速に改善しつつある。その反面、住む人を失った建物は次第に寂れ崩れつつある。
俺たちの編隊が都市の一つの上空を通り過ぎる時、その道路上に放置された自動車や略奪のため持ち出されたらしき家具などの他に、色あせつつある布が所々に見える……その多くは服だ。
路上に倒れ、屍となり、白骨化した犠牲者を包む衣類なのだ。それらは遺体の回収も進まぬまま、風雨に晒され朽ちつつある。
何せ犠牲者の数は十億を越すのだ、あまりに多すぎる。そしてその遺体の回収を願うはずの家族もまた、殆どが同じように白骨となって転がっているのだから、そりゃ回収が進まないわけである。
ウィルスの危険が無くなった地域に進出してそこを占拠した外国企業が(そこらに転がる遺体が目障りなので)回収し集団埋葬してくれた街などは、まだ良い方なのだ。
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国民ほぼ全滅という大惨事の原因となった生物兵器、即ち人工的に手を加えられた殺人ウィルスは、人間の体温より高すぎたり低すぎたりする環境では短時間しか生きられない。
なのでウィルスは感染者の死亡後、死体から体温が失われることで急速に死滅しそれ以上は拡散せず、攻撃側は無人化した土地に安心して進出できる、というのがこの生物兵器の特徴であった……はずだ。
しかしそれが暴走したのは、これを作り出した奴らの想定より、遥かに感染速度が早かったせいだ。このウィルス、咳による空気感染またはキャリアとの接触感染後、しばらくの潜伏期間がある。
そして感染が確認された者が隔離される前に、周りの人間に次々に感染、それが全員死亡するまで途切れることなく続いてしまったのだ。
更に発症から死亡に到るまでの期間が非常に短く、また効果的な治療法もなく、あらかじめ予防注射をしていた者以外、死は免れなかったと聞く。実際、宿主となる人間がこの地から完全に死滅して、ようやく全てのウィルスが消え去ったのだから。
ところがそのためのワクチンのストックが研究所員の分しかない段階で、負けそうになっていた軍隊がウィルスを持ち出し実戦で使ってしまったというのだから、全く愚かにも程がある。
そもそも化学兵器と異なり即効性に劣る生物兵器は、戦場で兵士に対し使う武器には向いてない。民間人に対するテロにこそ適した、非人道兵器であるのに。
なのに追い詰められた側の勢力はよほどヤケになっていたのだろう。しかし今や、この馬鹿どもを罰することも処刑することも今は適わない。当然ながら全員が自分たちの放ったウィルスにやられて死んでいるからだ。
この国を滅ぼした世界最大のバイオハザード被害は、周辺国にも拡大した。海外に逃れた民間人に混ざっていたキャリアから感染が拡大、行った先の国民にまで万単位の犠牲者が発生。これまたとんでもない大惨事となった。
人道的に難民を受け入れた国ほどそれに比例して被害が大きく、入国を強行しようとした難民や難民船に銃を向け追い返すか、容赦なく射殺したり船ごと沈めたりした国ほど、感染被害が少なかった。全く皮肉な話である。
彼らがウィルスのキャリアでさえなければ問題はなかった。しかし発症者やキャリアの疑いのある家族を見捨てられず連れてきてしまったため、途中で次々に感染が広がり、結果として難民全員がキャリアになってしまったのである。
現実として感染前の予防注射以外に助かる道は無かったのだから、非情と言われた国の処置の方が遥かに現実的だったのだ。実際それにより犠牲者の数を最小限に抑えることができたわけで、それは正しかったのだ。
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中継地点を飛び立ってから更に二時間後、俺たちの編隊はいよいよ目標である研究施設のある山に達しつつあった。ここで主力である対クローン部隊は先行して、亡命者たちの予想進路上に展開するのだ。
ヘリコプターと特殊部隊の指揮管制機は、着陸可能なポイントを見つけて降下していく。予備戦力である俺たち三機は、とりあえずこっちを支援するよう命じられたので、やはり同じように降下する。
研究施設は上空から見ると山の岩壁を背にしており、その前方は迷彩塗装が施された高い壁に守られていて、ご大層にも五基の30ミリガトリング砲塔が設置されている。確かロシア艦船に良く搭載されていてる、ここにあった国でも国産化されていたAK-630というやつだ。
射撃装置と連動して遠隔操作できるもので、元が対艦ミサイル迎撃用であり、口径が大きく発射速度も高いので、ヘリや(内戦当時は軍用に使われていなかった)馬人機にとっても相当な脅威となる。
ただしその形状のため俯角がとれないのに、上空に向けて射界の広い、岩山上や壁の上に置かれた銃塔上に設置したのは完全な設計ミスだ。これでは地表に沿って超低空で接近できる馬人機や、地上から迫る兵士を射撃できず、宝の持ち腐れというものだ。
では他に防衛設備が無いかと言えばそうではなく、出入り口を守る銃眼付きのトーチカがあるという。実際現場を見てみると、山の下から施設への道はトラック一台が通れる程度の狭いものであり、正面からトーチカを破壊できる火力を持った戦車や装甲車を持ち込むのは難しく、充分な守りと言えるだろう。
しかし俺たちの軍用馬人機、これらの設備が作られた頃に存在していなかった兵器は、低空から地表ギリギリを安全かつ高速で移動できる。山道を無視して森の上ギリギリを飛行し、対空砲塔の死角になる低いコースで正門に接近できるというものだ。
そして約一時間後、付近の森の中に潜んでいた俺たちの指揮官機に、徒歩で先行し施設を見張っていた偵察分隊からの一報が入った。
「標的馬人九、回転翼機一、施設ヨリ離陸ヲ認ム」同時に山の上の方から、ヘリコプタの爆音が耳に届く。
作戦名は「ガルガリン」。
奴らの使う機体名から取った仮称、結局変更されずそのまんま。いよいよ開始されるのだ。