座天使作戦《オペレーション・ガルガリン》(3)
修理の終わった機体を操ってみて、負傷していた自分の体調や腕前も充分に回復していると実感できた。自分自身に関する記憶は無くなっても、操縦技術というものは体に染みついているものだからだろう。なので俺は、例のAAA+の仕事を受けることにした。
この租界に住む者たちの主な雇用主は、台湾財閥の一つに属する企業グループだ。その傘下である民間軍時会社「黒天馬」(俺たちの会話で『会社』と言えば基本これか、その親会社)で正規の社員とは別に、契約社員の形で登録されるのが俺たち「アルバイター」というわけだ。
この企業グループは大学の敷地と建物を接収して租界における拠点にしているため、その一帯はそのまんま「キャンパス」と呼ばれている。その一角に黒天馬の事務所もあり、俺は馬人機ガレージから直接そこに向かうことにした。
退院後、手続きのために既に何度か訪れているキャンパス。例によって自身に関する記憶は無くても、会社や仕事に関する知識はあるので、どこに行って何をすればいいかはわかるから、俺の足は自然に元・講堂へと向かった。アルバイターへの仕事の説明会は、そこで行われるのが常だからだ。
講堂の前には既に、何十台もの新しいスポーツ用自転車が駐めてあった。個人の交通手段として流行っているようで何より、ハーゲン氏も商売繁盛だな。それにしても数が多い。AAA+の仕事は少数精鋭が基本なのに、これだけ大勢に声をかけるとは珍しいことだ。
講堂入り口の左右には、門番であるアジア系の屈強そうな保安要員がサブマシンガンを手に立哨中。その腰にはくの字型に曲がった大型ナイフであるククリ、彼らがネパール出身の傭兵の精鋭・グルカ兵であることを主張している。
彼らは黒天馬の正社員として雇用されている。前世紀に退役したグルカを雇って派遣する民間軍時会社が作られ、このうち香港で警備業に就いていた者たちが内戦後に、好待遇に誘われ「会社」に移籍したものだと聞く。
黒天馬は社名が「天馬」というだけあって、基本的に馬人機乗りを中心にした編成なのだが、そっちの実働部隊は大半がアルバイターなのに対し、現場指揮と補給関係、保安要員は正社員によって占めてられている。
これは荒事が多く死傷率の高い仕事に給与の高い正社員を回すと、何かあった時の補償金額がバカにならないので、そっちは切り捨てが容易なアルバターに任せることにしているからだろう。とはいえこれでも他所に比べたら、社名ほど黒な企業でもないのだが。
IDカードを提示しながら進むと、それを見たグルカの門番の一人が驚いたような声をあげた。
「おいあんた遠城なのか?!なんだかずいぶん若返ったように見えるが」
この租界で特別に親しい者がいたという記憶も無いのだが、退院後は誰もが向こうから声をかけてくれることが多いような気がする。例の負傷した時の仕事で、俺が味方の撤退を支援するため犠牲的に戦ったというのが、仲間内の評判を高めたということらしいのだが、なにしろ記憶にないのでどうにもピンと来ない。
「それ以前に自分が何歳かもまだわからないんだがなあ、記憶喪失だから」
サングラスをかけた小柄なその中年下士官は、俺たちアルバイターの多くと違い本職中の本職だけあって、見た目ヤンキー青年みたいな今の俺なんかより遥かに強そうに見える。胸のネームプレートにダモダル・チャンダとある彼の顔には見覚えがあるのだが、どの程度親しい仲だったのかは記憶に無い。
「ああ、その声と目は確かに遠城だ。頭丸めてヒゲを剃ったら、一見誰だかわからんなあ、見違えたぞ」
その言い方からすると、会話がある程度には親しい人だったようだ。だとすれば記憶に無いといって知らんぷりするのも申し訳ないので、少し話に付き合うことにした。
「ビルマであんたらの先祖と戦った俺のひい爺さんも言ってたが、日本の兵隊はとんでもないな。自分の機体を盾にして、被弾でボロボロになりながら、仲間を逃したと聞いているぞ」
『ここは俺に任せて先に行け』ってか?俺そんなカッコイイことやったのか?確かに修理に出したヤブサメの増加装甲パネルは全部新品に換えてあったが、メインフレームや内部まではダメージがいってなかったし、大口径の弾は喰らわなかったようだが。
もう少し話を聞こうかとも思ったのだが他のアルバイターたちがやって来たし、彼の出入管理の仕事を邪魔してはいけないと思い、それじゃあと声をかけてその場を去ることにした。
館内に設置されたゲートでボディチェックとIDカードの再確認を受け、俺は持っていたAフォンをそこに預けた。AAA+仕事の場合機密保持のため、ここから先はスマートフォンに限らず、ネットに接続できる機器や、電子的な記録媒体の持ち込みは禁止されているのだ。
更に顔写真を撮られたり入館記録表に署名したりして、全ての手続きが終わった俺はようやく講堂へ入ることができた。そこは演台が一番低い位置にあり、階段状に聴講生の席がせり上がっていく、典型的な作りだ。既に三十人ほどのアルバイターたちが席に着いており、講堂内は彼らの低い雑談の声で満たされていた。
「大葉-!こっちこっちー!」
男達の低い雑談の声をいきなり切り裂くように響きわたる、甲高い日本語での叫び。聴講席の中程に陣取った、馬鹿イタリアンことオタちゃんである。隣にアニキもといアンニッキの顔も見える。あいつら結局、この仕事を受けることにしたようだな。
「席とっておいたわよー!ヘーイ!早く早くー!」
丸顔の馬鹿イタリアンが自分の隣の席をバンバンはたきながら俺を呼んでいる。かんべんして欲しい、他のアルバイターたちがみんな見てる、悪目立ちすぎる。正直お近づきになりたくないと思ったのだが、奴を黙らせるにはさっさと隣に座ってやるしかないようだ。
「ちょっと静かにしようね~馬鹿リアン、他の人たちの迷惑だから」
「イタリア人に対する新たな蔑称がっ!」
俺はキイキイ言い出したオタを無視して、その隣のアンニッキに話しかけた。
「で、結局あんたらも受けることにしたわけか?AAA+は絶対危険度高いぞ」
「今回、会社は平均以上の腕前の任務達成率の高い精鋭だけ、他所の租界からも大勢募集をかけたとわかったからね。有象無象と組む小仕事より、腕利きたちと組むヤバめの大仕事の方が、よほど安心できる」
実際過去に護衛任務中に敵馬人機の襲撃を受けた際、パニックに陥って勝手に護衛対象から離れたあげく、味方の方を誤射するようなとんでもない初心者も存在したからな。アンニッキの言うこともわからなくはない。
その場をざっと見渡してみると、なるほど業界でも名の知れたアルバイターの顔が散見できる。今ここにいる者の半分程は、軍隊経験の無い日本人や会社の本拠地である台湾出身者なのだが、欧米の元軍人や傭兵で、あえて正社員ではなくアルバイターであることを選び、わざわざ極東までやって来た者もかなりいるのだ。
「迫力ある顔ぶれよね~、これがジャンプのバトル漫画だったら、背景に『ゴゴゴゴゴ…』って書き文字が入りそうよね」
などとぬかしているオタちゃん、アルバイターってのは新手のスタンド使いか何かなのか?そしてかく言うお前は何でここにいるのだ?アンニッキの方は実際軍隊経験者だそうだからまだわかるが、イタリアのオタク女が「平均以上の腕前の任務達成率の高い精鋭」扱いされてるのがよくわからん。
いやそれを言ったら、他でもないこの俺も(たぶん)元自衛官とかではなかろうに、何でここに呼ばれているんだろうか?午前中に飛んでみてそれなりの操縦技術は確認できたし、前回の仕事でも奮戦していたようだが。この病み上がりにわざわざ声をかけてくるくらいだから、それなりに評価されているのだろうか?
などと考えているうちに、講堂内のアルバイターの数は四、五十人に増えていた。俺たちのように何人かで固まって会話している者、離れた席で独り、何かメモ書きしている者、周囲の音も気にせず居眠りしている者……
そこで講堂内のスピーカーからチャイム音が聞こえ、説明会の開始時間が来たことを俺たちに知らせた。室内に何人かいたの黒天馬の保安要員が移動して入り口の外側に立ち、代わりに今回の依頼主である「会社」のエージェントが一人、まっすぐ演台に上がっていった。
……このエージェントは知っている。呉沁凌、または英名でシンディ・ウー。年の頃は二十代前半、一言で言えばいい女。若いのにこの租界での「会社」広報の筆頭として活躍している。体の出るところも引っ込んでるところも適度にバランス良く、いっそグラビアモデルでもやれば良い線いくだろうと思う。
「エロいことを考えてるでしょ?」
いつの間にかウーさんに見入っていた俺の顔をのぞき込んで、オタちゃんが何かぬかしやがる。
「男子として正常な範囲内でな、あと隣の安産体形さんとのプロポーションの比較とか」
「明確なセクハラを受けているっ!」
小デブとか、ぽちゃ子とか言わないだけありがたいと思え丸顔。自転車貸してやるから今から100キロほど走ってこい。
「二人とも黙れ、説明が始まる」
そう言うアニキもといアンニッキの、ウーさんを見る目にも明らかな邪さを感じる。そういやこの人、両刀だったな。アニキとウーさんの濡れ場と言うのを想像してみると……
「アルバイターの皆様、本日は弊社の業務説明会にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
アナウンサーやナレーターをやれそうな良い声でウーさんが話しはじめた。何やってもサマになるなこの人は、完璧超人か。嫁に欲しいです、そして養って欲しいです。
「開始前に……レベルAAA+の守秘義務の確認を。入館前の各自の署名により、実際に仕事を受ける受けないに関わらず、業務完了までは行動制限が科せられることに同意したと見なされます」
つまり、今回の仕事が終わるまでは租界を出てライバル企業に雇われたり、SNSなどで仕事を受けたことやその内容を公開したりすると、ペナルティーが発生するということだ。
「またこれより業務受託の最終確認をします。業務内容の説明を受けた場合、その後何らかの理由で参加できなくなったとしても、その身柄は黒天馬保安部に拘束され、業務終了まで監視下に置かれます。」
仕事が終わる前に詳しい内容を知った者に、勝手に動き回られたら作戦失敗の危険は大きい、これまた当然の処置と言える。
「更に業務終了後も一定期間、今回は三年間の守秘義務が課せられます。期間内の情報のリークが確認された場合、損害賠償が請求されます。これらは既に入館前の各自のサインにより、同意したと見なされています」
要するに「黙ってろよ、いいな?」ということである。もっともAAA+仕事に呼ばれるようなアルバイターにとって、そんなことは言われるまでもない。
「以上ご理解の上、今回の業務への参加を辞退する人がおられましたら今からご退席を……」
ここに居る皆も慣れているようで、今の問いかけには全くの無反応だった。
「いらっしゃいませんね。それでは説明会を始めさせて頂きます。」
それに合わせて外に居る保安要員が入り口を閉めた。身内ではあるが直接参加するわけではない彼らは、極力余計な情報は聞かないようにしているのだ。
またいつの間にか窓の外に、講堂を囲むように保安要員が展開しているのが見える。これも当然、外部からのスパイを警戒してのことだ。
「今回の業務内容は……『暗殺』です」
ぶしつけに剣呑な言葉が飛び出した。ウーさん、綺麗な顔をして恐ろしいことをおっしゃる。
「厳密には『要人確保』が理想なのですが、極めて困難であると結論され、難度を落とした結果が『暗殺』なのです。
言ってる意味が一瞬わからなかったが、要するに「ホントは捕まえて欲しいけど、それは難しいので殺しちゃってください」ってことなのか?
ウーさんは前列に居たアルバイターの一人が挙手して何か言おうとしたのを制し、話を続けた。
「ご質問は説明が一通り終わってからで御願いします。今回の目標は、この国の元兵器開発者と、その試作兵士たちです」
彼女は最後の部分を英語で"prototype weapons" 試作兵器ではなく "prototype soldiers" 試作兵士と言った。まるで兵隊が兵器のように作られたかのような言い回しだが?
「判りやすく言えば、クローン人間です」
なるほど、実際兵器のように作られた兵士というわけだ……ってクローン?なにこれSFの世界?
「宗教や人権の縛りの少ないこの国では、他国ではできないクローン兵士の開発が行われていました」
それはあくまでもウワサ、というか陰謀論者やトンデモ本のネタとして戦前から語れてきたことだが、まさか本当にやっていたのか?
「自国で開発を行えなかった外国人研究者たちが招聘され、内戦勃発までに数段階にわけて開発が進んでいました」
「つまりぃ、標的はPSとか強化人間とかバイオロイドとか」とオタちゃん。
「全部アニメで例えるのは止めろ。せめてクローン・トルーパーとかの方が世界的にも」と俺。
「うるさい黙れオタクども」とアニキ。
そのものズバリのオタちゃんは当然として、俺まで一緒にされたくはないのだが。
ウーさんは淡々と話を続けた。
「彼らは外部から完全に隔離された自給自足可能な研究施設に、内戦中から現在まで、ずっと篭もっていたのです」
BC兵器、特にこの国を潰滅させた元凶である、致死率99%の人工進化ウィルスの感染者だらけの国内に、よくもまあ引き籠もっていられたものである。いや、よっぽど人里離れた山中にでも、秘密基地めいた施設が隠されていたのか?
「彼らは『新三国』(内戦で三つに分裂した勢力)の中では旧政府派の管理下にありましたが、思うところあってか、内戦中は連絡を絶ち戦闘に参加するのを拒んでいたようです」
そんなグチャグチャに混乱した戦争に、貴重な研究成果を安易に参加させたくはなかったということか?
「そして今回、彼らが研究主任の母国である、ロシアに亡命しようとしているという情報が入りました。しかし陸のロシアとの国境に租界は無く、ロシア軍やロシア系民間軍時会社が越境して、研究者とクローンを護衛して連れ去るとは考えにくいのです」
それやったら明らかな協定違反だからな。国境を越えようとした感染者を含む避難民を、容赦なく銃撃し追い返したロシアは、その当時只でさえ強い非難を浴びたというのに。(もっとも後に判明したことだが、その冷酷とも言える判断は、自国民を守るために選択できる唯一の策だったのだが)
「弊社としてもできれば確保したいところですが、彼らが抵抗した場合、無傷で確保できる可能性はまず無いだろうと結論されました。何より、彼らは自前で専用の馬人機を装備しているのです。それはクローン兵士が自ら乗りこめば、護衛など付ける必要が無い程の強力な戦力になると聞きます」
そこまで語ったウーさんは、演台のパネルを操作して、背後のプロジェクターに見慣れない馬人機の画像を表示した。
それを見たとたん、俺は不快な既視感を覚えた。何というべきか?例えるなら過去にスズメバチに刺された経験があり、たった今同じ種類のハチの映像を見せられたような。
それは俺たちの良く知る、工事機材を思わせる「ヤブサメ」や、軍用機として普及率の高い、空飛ぶ装甲車のような「インホーミング」とはまるで違う、空力的に滑らかな外見をしていた。そもそも戦闘用にしては機体表面が美麗すぎる。これ作るのに随分コストかかってるな、修理代とかとんでもなくかかりそうだし。
外部には武装を取り付けるハードポイントらしき物は見えない。どうやらステルス機のように普段は火器が内蔵され、発射時にハッチを展開する作りのようだ。
気になるのは、機体中央から突き出した黒い棒状のものだ。機関砲の砲身?いや、それにしては長すぎる。仮に大砲だとすればナンセンスだ。第二次大戦当時じゃあるまいし、一発あたりの威力と命中率を考えれば、今は誘導式のミサイルというものがあるのだし。
「見た目以外の違いがよくわかんないわね、わかりやすくモビルスーツに例えると?」とオタちゃん。
「何でもアニメに例えるんじゃねえ……でもまあ、普通の馬人機がリーオーだとすれば、こいつはガンダムみたいな高性能機ってことか?」
「Wので例えてくれてありがとう、うちらの世代だとその方が解りやすいし」
「いいかげん黙らんと性的暴行加えるぞ、オタクども」
とドスの効いた声で恐ろしいことを言うアニキ。もし彼女に一物があったら確実に掘られる予感と悪寒が。
「九機。これに乗るクローン兵士も九体。その機体性能を予測した専門家の計算では、敵一機に対し四機で対すれば確実に勝てる、とのことです」
なるほどこの場に呼ばれたアルバイターは四十五人。最低三十六機に本部小隊四機の計四十人が必要であり、更に予備戦力、または仕事前のキャンセルを考慮しての数だったのか。流石にガンダムよろしく一機で無双できる程のスーパーメカではないようだ。やっぱ現実は「アニメじゃない」本当の事ってわけだ。
「この機体のコードネームは『ガルガリン』。天使の乗る神の戦車、または人型ではないその天使自身を意味します。」
神の戦車ねえ?何というか、ネーミングが俗っぽくないか。アニメ的というかラノベ的というか、オタちゃん好みのセンスじゃないか。とすれば、この機体に乗り込むのは……
「これを駆るクローンは通称『座天使』シリーズ。第一世代の『天使』シリーズから数えて第七世代。初めて実戦投入可能なレベルに達した世代とのことです」
うわ、厨二病全開のネーミングセンスだな。まさか外見まで天使のように見目麗しいとか?
そう考えた俺の心を読んだかのように、ウーさんは再びパネルを操作し、そのクローン兵士の画像を表示した。
「これが『座天使』シリーズ、女性型八体、男性型一体が作られた、馬人機パイロットとして特化させたクローンたちです」
それを見て、説明の間もざわざわと聞こえていたアルバイターたちのささやき声が一斉に止まった。オイオイ、こんなのを殺しに行けというのか?
それは人間で言えば十五歳くらいに見える、人種が複雑に混じった感じの、同じ顔をした美しい少女たちだった。