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二章 歌 2P

 次の日も、その次の日も、ホーカーは肉屋の前を通らなかった。

「ホーカーの分のパンはある?」

 ハットが二つ隣りの店を訪れると、パン屋の店主は塗り固められたような笑顔でハットをがっかりさせる。

「あの方のパンは、もうご用意しておりません」

 周囲の起きる時間に寝る時間まで知る商人は、他人の品物のことも熟知している。

 クルミルクの店主はいつも訪れる上客のため、商品を取り置いていた。それをやめたということは、いつも訪れる上客ではなくなったから。

 このまま会えなくなるような不安を抱えつつ肉屋に戻ると、そこにはハットの父が立っていた。

 ハットの浮かない顔を見た父はその背をばしりと叩いて励ます。自分の体調を心配してくれていると思ったからだ。しかしハットの表情を作った原因はそんなことではない。

 曖昧に笑って三階に上がるその足は、椅子を軽く蹴る。憤りをぶつけた物に傷をつけて価値を落とすことができない、商人のささやかな八つ当たりだ。

 椅子は少し動いただけで、商人の足に痛みが走るようなこともなかった。

 ハットは滅多に物に当たるようなことはなく、そんな者が椅子に当たるのにはそれなりの理由がある。

 憤りの理由は父に対する疑問。

 散歩屋を悪く思うのは働かない者に食う資格がないと思うからだ。

 ではどうして昼食に人を呼んでご馳走を振る舞うのか。それは宣伝と単純に言えないシステムからきている。

 そのシステムができあがる前から父は人を呼んでいた。

 結果に招いたのは赤貧地獄だったのにも関わらず、貧しい人に分け続けた。パンが一つしかなければ小さく千切り、パンが無ければ水を分ける。

 パン屋は貧しい一家にタダでパンを配ることはなく、それは正しかった。共倒れにならないようにもう一つ仕事を増やしてようやく、傾いた店は息を吹き返したのだから。

 ハットは疑わずにはいられなかった。父は裏稼業を辞めたとしたら、もう他人に分けるようなことはしないのかと。

 いつも通りベッドに寝そべり、小さくため息を一つ。

 窓に小鳥はいない。窓から顔を覘かせる常識外れの友達もいない。

 鳥がいなければ歌も聞こえない。

 たまにしか聞こえない歌にすがるほど、ハットの心は余裕をなくしていた。

 そこでふと思いつく。自分で歌えばいいのだ。

 開きかけた口は音を奏でないままそっと閉じられ、立ち上がった足はふらふらと店の外に誘う。

 砂鳥は奇妙な歌を歌う。その歌は大抵の人を苦しませ、故にハットは自由に口ずさむことすらできない。

 じゃあどこで歌えばいい?

 北西と南東には家を捨てた者と失った者、解放を望んでどこかに逃げたがる者たちが散見する。

 南東には塔の者が常駐する拠点があり、北西はあらゆることからの解放を願う者たちの巣。

 少し迷って北西へと、足は緩慢かんまんに動いた。


 人気ひとけのない廃屋の頂。ハットは大きく息を吐き出す。

 周りの建物は主を失い、踏み込んで床が抜けても文句は言えない有り様。

 ハットが選んだ廃屋の元の姿は商館で、北東部と様々な商品を売買するために使われていた。

 町が滅んでからは利用目的を失い、主は北西のどこかで朽ちるのを待つ生活を送っているらしい。

 ホーカーにとって秘密の場所が湖の跡地だとすれば、ハットにとってのそれはこの廃屋だった。

 屋上には鳥が集い、突然の来訪者を歓迎する。

 商人としての情報はほとんどここで手に入れる。彼らが飛び回って情報を集めてくれなければ、ハットはそれほど物知りになれなかっただろう。

 自嘲するように歪められた端正な顔を鳥たちは心配そうに見上げる。人間のように複雑に絡み合わずにまっすぐな感情は、それだけでハットを安心させた。

「ごめんね。うん。ありがとう」

 商人の笑顔を素直に喜んだ鳥たちは、いつものように様々な情報をハットに与える。

 こうして数日を繰り返し、ハットはついに知りたかった情報を手に入れた。

 愚か者の町フールストリートを跡形もなく消したのはホーカーではなく、レイブンという破壊の賢者だった。彼の賢者は今でも湖のことを調べているらしい。

 耳を傾けるハットは小さく安心するとともに、新たな疑問を浮かべた。

 賢者はなぜ町を消したのか。町に住む人たちはどこに行ってしまったのか。

 レイブンは町を滅茶苦茶に破壊して人が住めないようにすると、まるでそこにあった出来事を隠すように消したのだ。

 それ以上のことを調べるのは容易ではなく、鞄から取り出したパンを小さく千切って撒いてやる。

 報酬も無く彼らを働かせてしまえば、父のようになってしまうだろうか。

 鳥たちが無邪気にパンをついばむのを見て、ハットは笑みを零した。


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