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五章 旅立ちの商船 1P

 船が飛び立つ日。暗部も奴隷商人たちも慌ただしく動くことになった。

 商船に乗り込んだ奴隷たちの確認、食糧や飲み水、その他の商品を確認して飛び立つときを待つ。商人を含む者たちの顔は暗い。

 これまで見張り役をしていた者の姿は無く、タウベは捜索するために一旦船を降りた。

「はじめまして。タウベという者です」

 タウベが挨拶したのは散歩屋と呼ばれる男。

「はじめまして、ねぇ……」

 見覚えのある者に対し寂しげな表情を取るのは、かつて親しい関係だったから。

「違いますか? 私は顔を覚えるのが得意なのですが」

「そうだな。はじめまして、で合ってるかもしれねぇ」

 タウベは腰からブッチャーナイフを外して握る。それは人に向ける目的で作られたものではなく、肉を解体するために用いる斧状のもの。

 対するホーカーは懐から飾り気のないダガーを取り出した。最初から人に向けるために設計された諸刃を手に友人と対峙するのは、その友人が刃を向けるからにほかならない。

 先手を切ったのはタウベ。獲物を屠殺とさつするように振り下ろすと、ダガーが薙ぐように払い、商人は体勢を崩すことなく胴に向けて二撃目を放つ。

 戦闘に適さないものを振り回しては、それを散歩屋は軽々とかわしていく。そのさまはある種の茶番だった。

「いつまで続けるつもりだ?」

 胡乱うろんげに向けられた視線の先で、商人は商人らしい笑みを浮かべた。

「船が、飛び立つまで」

 タウベの役割は足止めだったようだ。だが散歩屋は焦ったりしない。単に足止めがしたいだけなら、それを明かす必要がないのだ。

 何気ない動作。しかしそれは戦闘中にはあまりも相応しくない動作だった。

 ホーカーは地鳴りと共に地を割って現れた船に目を奪われた。

 ついに船が現れた。奴隷商人の言う通り、ホーカーがいつも通っていた湖の跡地に。

 刹那、タウベは対峙する者の懐に飛び込み、よく手入れのされた刃物を首に向かって振り上げた。瞬時に気がついたホーカーはその大きな瞳にダガーを向け――。

「……どうして殺さないの?」

「お前こそ、どうして刃を止めた?」

 互いの武器は相手に到達しなかった。

 しばしの沈黙が続き、ホーカーはもう少し言葉を続ける。

「ハット。お前はどうしたかったんだ?」

「みんなを助けたかった。傷つけたくなかった。父さんも、母さんも、町の人たちも。……ホーカーも」

 タウベと名乗りハットと呼ばれた者は淡々と、自分の感情を見失った瞳で尋ねる。

「ボク、どうすればよかったのかな?」

「……っ!」

 いつかのように答えを期待したホーカーの友人は残念そうな顔を浮かべ、のろのろと振り上げたままだった腕を下した。

「ごめんね……。ごめんね……」

 直後にホーカーは激痛に倒れた。太ももに深々と刺さるブッチャーナイフを見、顔を上げると友人が走り去るところだった。

――ダガーを投げれば届く距離。

 反射的に考えてしまう自分におぞましいものを覚え、握り直そうとした武器を地に放る。

「なに考えてんだ……」

 ホーカーはてきぱきと紐・針・ワイヤー・テープを取り出し、服の傷の辺りを引き裂く。

 止血しないとまずそうだからと太ももの上を紐できつく縛る。

 次に弧状の針に細いワイヤーを通し、太ももに刺さったナイフを一気に抜き取ると、急いで傷口を縫い始めた。

 噴き出す血の勢いはあまり衰えないが、ホーカーは淡々とした顔でテープを手に取り、強力な粘着面が傷に貼りつくのも気にせずぐるぐる巻きにする。強引だが幾重にも巻かれたテープは、一時しのぎの止血に努める。

「俺も、どうすればいいかよく分からねぇよ」

 余ったワイヤーでのろのろ服を繕い、拾い上げたダガーで残りを切る。傷口と同じく無様に縫いつけられた服。

 顔をしかめるのはでたらめに縫われた傷の様子を想像したからか、それとも――。


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