四章 裏目 4P
拠点では暗部の隊員が手当てを受けている最中だった。
「! 何があった?」
ホーカーは慌てて駆け寄るが、傷はそれほどひどくない。軽く切りつけられただけの右腕には包帯が巻かれるが、血はほとんど止まっている。
「あいつ、気配がなかった。まだガキだったが、あれは素人じゃねぇな」
戦闘に慣れた様子の者はタウベと名乗り、隊員との力の差を瞬時に計った後、勝てない敵だと判断したのかすぐに逃げ去ったらしい。
タウベは去り際に書簡を投げた。深追いせずにそれを持ち帰ったのは隊員の英断だ。
ホーカーは赤い紐をほどいて質のいい羊皮紙を広げ、書いてあることを読み上げる。
「月が眠る夜。我々は長い旅に出る。そこに散歩屋ホーカー。君を招待したい。場所は偉大なる精霊の棲むところ」
「明らかに罠だろ」
一人が即座に言い、どうすると問う。
「これは奴隷商人が書いたものだな。やつの癖が出てる」
常駐が吐き捨てるように言うと、隊員たちは気まずそうに顔を見合わせる。
隊員たちのやる気を削いでいた理由。それは件の商人と常駐がただならぬ関係だからというところが大きい。
彼らの多くが仲間を大切に思う。仲間が家族だから。ひょっとしたら、家族の代わりだから。
「これが罠だと? 違う。これは商談だ」
「根拠は?」
常駐は紫の瞳を睨み、静かな声で言った。
「やつは頭のてっぺんからつま先まで、完璧な商人だ。常識なんか通じない」
商談には俺も行く。そう告げるブラウンの瞳の持ち主は、嫌なことを片づける決心に満ちていた。
月が眠る日を待つ間。暗部の隊員たちは相変わらず情報を求める。
利口者たちは情報戦を得意とするが、今は口を閉ざすばかり。彼らは沈黙するべき時をよく心得ていた。
鳥は風の煽りを受けないように隊列を組み、魚は身を守るために集団で泳ぐ。もし乱れた動きを取れば命を落とし、ときには周囲までを危険に晒してしまう。
夜に徘徊する者が消えることはなくなった。そして、消えた者が戻ってくることも。
いつかホーカーに施されて解放された男は、銀貨を少しずつ配ってしまった。受け取った中からも船に乗ることを選んだ者がいたのは、一時凌ぎに過ぎないと考えたからだろう。
船に乗る者たちはそれぞれ何を思うのか。
自ら地下牢に入った者は何を思うのか。
良心の呵責に耐えながら働いた者は何を思うのか。
暗部を容易く屠った者は何を思うのか。
湖に囚われた者は何を思うのか。
そこで起こる悲劇から目を逸らすように、月は眠りについた。




