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四章 裏目 3P

 日が昇り、町はいつも通りに機能する。

 仮初の平穏の中を這い回る不吉な影を見た者は多く、より平穏を演じようと商人たちは必死になった。

 夜になれば普段よりも多くの者が酒場に集まる。そこでは多くの情報が飛び交い、酒場らしからぬ種類の騒がしさに一層不機嫌そうな顔をする者が一人。

 肉屋の悪評に耳を傾けるのは一人の女。彼女は自分の夫と子供の悪口に反論せず、言わせるがままにしていた。

 酒場で人気者になるタイプの者が放っておかれている。というのは、突けばたちまち逆鱗に触れてしまいそうだからに違いない。

 スケープゴートに選ばれた者を庇えば砂の集団を退けない。分かっていても曲がったことを許さない性格が邪魔をし、口を閉ざすために瓶から琥珀色の酒を直接飲む。

 木のテーブルには空の瓶が並んでいき、その様子に内心ひやひやする人もいないわけではなかった。

「そのくらいにしたほうが」

「あたしの酒を取るって言うのかい」

 上気した顔で睨まれればたじろぐものだ。しかし小さな酒場の主は慣れた様子で酒瓶を取り上げ、代わりに冷たい水の入ったグラスを握らせる。

 肉屋の妻は水に映った自分を見て、なんとひどい顔だろうとため息をついた。

「……ありがとう。悪かったね。当たったりして」

「いえ」

 店の主はぶっきらぼうな返事をすると、無数の瓶を片づけてカウンターに戻っていく。

 利口者の町クレバーストリート。多くの住人のように情報を武器に小賢しい手段ばかり選ぶのは、彼女の性に合わない。

 かと言って町全体と戦うには絶大な力か対抗する情報が必要で、やはりどちらの手段も彼女の好みではない。

 貧しい人たちを助けてやりたいと思うのは夫と同じだが、そのために自分たちを犠牲にするというのはいかがなものか。

 水を一気に飲み干してテーブルに金を置こうとした時、店の主がカウンターから出てきてその手から金を受け取った。

「表に出たら、裏口に回ってください」

 肉屋の妻は頭に疑問を浮かべながらも外に出る。冷たい空気は人を凍えさせるが、酔った身には気持ちいい。

 店の前で大きく伸びをしてから裏口に回ると、そこにはフードを目深にかぶった怪しげな男が立っている。

「こそこそと、なんの用だい?」

「場所を移そう」

 奇妙な道の選び方をする男には、どうやら人の気配が手に取るように分かるらしい。人の目に触れることなく辿り着いたのは、石の廃屋。

「あんたに聞きたい。奴隷商人はどこにいる?」

 フードの下から覗く紅の瞳。女はそれを見て誰かの言葉を思い出す。

〝昔、紅色の瞳の少年は北東の町を滅ぼした。あいつが来た町はおしまいだ〟

「あたしは飯を食わしてやるのが仕事さ。大したことは知らない」

 この男は、システムを破壊してくれる。

「憶測でいいなら協力できる。あいつはきっと、船の中」

「船?」

「巨大な船さ。それで堂々と空を飛んで、どっか遠くに逃げるに決まってる」

 大きなものであればあるほど隠すのは難しい。

 散歩屋は少し考え、なんで気づかなかったのかと自分に呆れる。

 例えば町の下に隠したとして、飛び立つためには開けたところに出る必要がある。そんな手間をかけるくらいなら初めから、開けたところに船を置いておけばいい。

「北東の町か?」

「話が早くていいね。予想で言うのは申し訳ないけど、北東部の地下。そこに船を隠して、時期が来たら飛び立つ。そうすればぎりぎりまで隠せるし、飛ぶときに町を壊さずに済むんじゃないかい?」

 なるほどと頷き、ふと気になったことを聞く。

「なんであっさり教えてくれるんだ?」

 女はいつかのように豪快に笑い、困ったように片眉をつり上げた。

「礼さ。あんたたちがその気になれば、いつだってあたしたちを捕まえられた。あの子と仲良くしてたし、見逃してくれてたんだろう?」

 散歩屋は頬をかいてどう答えようか考える。

 見かねた女は我が子に見せるような母の顔で、しょうがないねと笑った。

「別に最後まで見逃してくれなんて虫の良いことは言わないよ。ただ、あの子たちの命まで奪わないで。お願いだから」

 倒れたハットを助けたのが誰なのか知らないのも無理はなく、治兵が家に送り届けた時に情報を伏せたから。

 しかしそんなことを知らなくとも、彼女は散歩屋を信じた。

「約束する」

 男から差し出された手を少し迷って握り返し、二人は強く握手する。

「言っておくけど、あたしは商人じゃないからね」

 彼女のすごいところは他人を完璧に信用できるところだ。大事なものを託された者は信用されていることを喜び、絶対に期待を裏切りたくないと考える。

 別れ際。肉屋の妻は気になっていたことを思い出した。

「そういや、あたしたちをスケープゴートにしたのは誰なんだい?」

「……聞いてどうする?」

「町にとって必要なことだったからね。仕方ないことさ。けどもし教えてくれるってんなら、一発パンチしてやるだけだよ」

 あっけらかんと言い放つ顔は清々しい。

 散歩屋はその気持ちよさに大笑いする。そして再び目を開くと、そこにはいつも通りの色に戻った瞳があった。

 ホーカーがその人物を教えてやると肉屋の妻は驚く。

 どっしりと構える者でも驚くことはあるのかと思いながら、散歩屋は散歩を早めに切り上げて拠点に向かうのだった。

 船。だから塔から暗部が多く来ることになったのか。ホーカーは一人納得する。

 人を奴隷として売り買いしている町は他にもある。町のルールを犯さなければ、それは問題として扱われないはずなのだ。

 しかし数ある例外の一つに、国外の者と商売することを禁じる、というものがある。

 特に草原の国から奴隷が売られたとなっては、他の国に内情が不安定なことが知られてしまう。

 もし自分たちが片づけなかったとしたら、北東の町のようにレイブンが町ごと葬ってしまうだろう。

 隊長は船の情報を伏せていたのだろうか。それとも奴隷を売る店が存在しないから、最初から国外逃亡を危惧していたのか。

 なんにしてもホーカーは、奴隷商人の一件から絶対に逃げるわけにはいかなくなった。 


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