表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

四章 裏目 2P

「利口者も大変だな。こんなとこに住んでたら肩が凝りそうだ」

 多くの者が怪訝げに顔を見合わせ、そのうち一人は素直に尋ねる。

「あんな尋問、意味あるのか?」

「この件は町ぐるみだ。しかも協力したくなくてもせざるを得ない。だからさっきのやつみたいに不満を持ってても、俺たちに協力するのはまずいんだろ」

「はああ? あいつが不満? 嫌いじゃないって言ってたのにか?」

 ホーカーは水で喉を湿らせると、疑問に顔をしかめる仲間に教えてやる。

「嫌いじゃないって答えたのは、他に捕まったやつがいるから聞かれるとまずいと思ったんだろ。あいつが俺たちに伝えたかったのは、不満を持ってるやつがいることと、小さな反抗で命を落としかねないことなんだ」

 多く住む商人が町の害と思われれば商品は売れなくなり、物乞いは何も貰えなくなる。両者は常に命の危険を恐れ、常に解放を待ち望んでいるだろう。

 では町のしがらみを生み出しているのは何か。答えはそれほど難しくない。

 未だに捕えられているのは一人。ホーカーはクルミルクの主に目を向ける。

 沈黙を守り続けた女店主は、まっすぐ商人のものではない目を彼に向ける。

 耳を傾けるのは暗部の隊員だけだ。もう町の誰かに聞かれることもない。

「地下通路は奴隷商人のところまで通じてた。そうだな?」

 肯定。

「あんたも肉屋もこの件に関わってるのか?」

 肯定。

「通路の奥からではなく建物内で通路を壊したのは、俺たちに用があったからか?」

 肯定。

「わたくしは卑しい人間です。自分が助かるため、看板を守るためにならなんでもしてしまうのです。あなたたちは、この町のルールを打ち破ってくれますか?」

 ホーカーが頷くと、看板を守る者は初めて商人のものではない笑みを零した。その形がやや歪なのは、しばらくそうやって笑っていなかったからにほかならない。

 女は様々な情報を提供する。

 解放を言い渡されても、彼女は町の制裁を恐れるように拠点に残った。

 部屋に置いておくわけにもいかないからと連れて行く先。そこは形ばかりの地下牢だ。

 多くを収容するようにはできておらず、どの町の拠点にも必ず備わっているが、実際に使われることは珍しい。

 しがらみを生み出したのは、奴隷商人が作り出したシステムを受け入れたのは、利口者だった。

 規模に見合わないほど商人が多く住めば、当然売れ行きの芳しくない店から潰れる。でき上がるのはみすぼらしい姿が多く彷徨さまよう町で、施すことは自分の首を絞めるばかり。

 盆から零れ落ちた者が態勢を立て直すのは容易じゃない。そこに現れたのが奴隷商人。

 救いを求めて姿を消す者は後を絶たず、商人たちは彼らを救うために懐が軽くならないのならと、協力を惜しまなかった。或いは奴隷商人から報酬を受け取ることで身を持ち直した者もいる。

 では暗殺部隊が奴隷商人を始末してしまったらどうなるか。

 考え込んだホーカーの頭を小突いたのは常駐だった。

「お前はこの町に住んで長いんだろ? いいのか?」

「俺は任務をまっとうするつもりだ。気が乗らないなら塔に帰れ」

「気が乗らないのはお前も同じじゃねぇか。終わらせて一緒に帰ろうぜ」

 常駐は町にうんざりしている。両目の間の皴が消える日は来るのか。

 常に機嫌の悪い眼が何を映すのか心得ているホーカーは、彼に隠し事の類をしない。

「何も言わないってことは、俺の考えはあながち間違ってないってことか?」

「……そうだな。男もクルミルクも、なんとかしてほしいと思ってるらしい」

 常駐には人の考えていることが見える。

 その反則じみた眼をホーカーが羨ましく思わないのは、見たくないものまで見える苦痛を知るからだろう。

「おい、あいつら遅くないか?」

 誰かが小さく疑問を投じる。それは波紋が大きくなるように広まり、拠点内はざわつき始めた。

「まさか……!」

 ホーカーたちと別行動してたはずの隊員たちが戻らない。

 クルミルクの守っていた通路を囮に町の誰かが動くかもしれない。もしかして、戦闘になってるのか?

「探しに行くぞ! 俺も出る!」

 数時間探して見つからなかったら戻るように指示を出し、残った隊員の半数を割いて捜索に当たることになった。

 嫌な予感が外れることを強く祈れば祈るほど当たってしまうのはなんの因果か。ホーカーは二人の冷たくなった仲間を見つけ、事態が大きく動いたことを知る。

 やられた。まさか戦闘力のある隊員がこうもあっさり殺されてしまうとは。

「……痕跡を消して、拠点に運んでくれ」

 これからは必ず二人以上で行動させ、途中で誰かに会ったらたとえ味方の姿をしていても警戒させるべきだ。

 争った痕跡も無く一撃で殺されているのは、油断するような相手だったからだ。

 落胆大きく拠点に戻ったホーカーは、他に見つかった三体の死体の報告を聞く。ついさっき喋った仲間だった。

 捕まえられる敵をさっさと捕まえないからこんな事態を招いた。例えば肉屋を庇おうなどと考えなければ、もうとっくに解決してたかもしれない。

 ホーカーの目を伺い見た隊員はびくりと身震いする。

 紫色の穏やかな瞳ではなく、映る者を全てほふってしまいそうな紅のそれは、いったい何を見るのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ