表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

三章 噂 5P

 夜。拠点はちょろ毛の常駐に任せ、ホーカーは町の北に向かった。

 適当な廃屋の上に鳥を集めると、自分に関する情報を聞き出す。

〝ホーカーは暗殺部隊の構成員で、町を訪れるにはそれに相応しい理由がある〟

〝湖があった頃に湖に近づいた少年は散歩屋と似ている〟

〝散歩屋は紫の豊かな髪を結い、髪と同じ色の瞳だった〟

〝町を滅ぼしたのは紅い瞳だった〟

〝町を滅ぼしたのはからすだろう? 鴉の瞳は黒い〟

〝いや紫の瞳は理性を失くすと鮮やかな紅色になるんだ。紅い目が町を滅ぼした〟

〝あいつが来た町はおしまいだ〟

 ふーっと長く息を吐き出す。これだけ情報が出回っているということは、ハットも知っている可能性が高い。もし知らなくてもいずれ耳に入るだろう。

 真偽は定かではないが、どうやら愚か者の町フールストリートを滅ぼしたのは自分らしい。

 そんなことは記憶になくても、ホーカーは自分が度々記憶を失っている自覚があった。だから記憶よりも利口者の噂のほうが正しいのだろうと考え、胸の辺りに重いものがのしかかる。

 ハットが知ったら軽蔑されるだろうか。それとも恐がられるだろうか。

 見上げると昼は青いだけで味気ない空に、星が無数にまたたいていた。

 あの高さまで飛んで行けるなら軽蔑も恐れもないところに行けるだろうか。

 少し考えて頭を振る。逃げる気なら地を走れば事足りるのだ。

 そして全てを置き去りにできる神速の足を持ったホーカーは、のろのろと散歩を再開させることを選ぶ。

 肉屋はほぼ間違いなく奴隷商人と繋がっている。それもどっぷりと、言い訳もできないほど深く。問題はその店主たちをどうやって庇うか。

 彼はいつも通り朝まで散歩して、店が開く時間にクルミルクに向かう。

「目玉商品はあるか?」

「はい。店を開けるときに商品が揃っていないのを、わたくしは商人の恥だと思っております」

 もったいぶって出された大きなパンは看板にも掲げる、クルミルクというパン。

 やや固めでクルミをたっぷり練りこんだそれは、予約ができないほどの人気商品。叶うなら毎日食べたいほど美味な品物は、初めて訪れたホーカーに教えてやらなかったものだ。

「これで最後だ。俺のパンはもう用意しなくていい」

 凝り固まりそうな笑顔の女店主は眉をぴくりと動かしたが、

「それは誠に残念でございます。またのご来店をお待ちしております」

 その僅かな反応以外に動揺らしいものは見せなかった。

 なぜそこまで金に執着するのか女店主は欲深い人間だ。それはホーカーの眼が無くても勘のいい者なら察するほど。

 肉屋が人望で客を集めるなら、パン屋は商品の素晴らしさと手腕のみで店を大きくしたに違いない。

 ハットがこの場にいれば、女店主が少しも残念に思っていないと見破っただろう。散歩屋が来なくなるのは喜ばしいことなのだ。

 やれやれと店を後にしたその足が次に向かうのは、二つ隣りの肉屋。

 店主が体調でも崩したのか、閉められたままの肉屋の前に立つ姿は無い。

 ハットの部屋に見当をつけてよじ登る姿は、どこか遠くの物語の青年が恋人と逢い引きするそれに見えなくもない。

 窓枠でホーカーの歌を歌っていた小鳥は飛び去り、代わりに現れた珍客にハットは顔をほころばせる。この町で散歩屋を一番歓迎する存在だ。

「今日は湖に行かないのか?」

 二つ返事で身支度をして家を飛び出してくるハットを見て、ホーカーは大笑した。寝癖がついていたからではなく、敵対関係の自分を嬉しそうに見上げるからだ。

「えっ? 寝癖、取れてない?」

「ん~、ヘアスタイルと言えなくもない!」

 顔を赤らめて手ぐしを通す姿がまた面白く、ホーカーはなんだか自分が深刻に考えすぎていたような気さえした。

 湖に来た二人はパンにかじりつく。

「人気のものを手に入れるには、誰よりも先に店に行く。そうまでして手に入れたものを分けていいのは、大事な友達だけだ」

 大げさではなく本心。だからこそハットは涙ぐみそうになり、瞬時に鋼の心を作った。

 ハットは忙しい仕事に不満を持っている。鋼の心は商人を続ける以上捨てられないもので、打てばよく響いた。

 対するホーカーの心はいつも生身で、打てば時折歪んだ音を響かせる。

 鋼も様々だが、商人のそれはもろく錆びやすいものなのかもしれない。時折ホーカーよりも歪な音を立て、散歩屋は垣間見る弱みから目をそらさない。

 相手の弱いところから目をそらすのは優しさではなく、手助けできないと宣言するようなものだからだ。

 ハットが言った暇の潰し方は、小鳥と話したり歌を聞かせてもらうというものだった。

 鳥はついて来いと言ったらしい。歌を聞かせるのも誘うのも同じ鳥だったのは、一番よくホーカーとハットの心情を酌んでいたからだろう。

 ついて来い。

 それはホーカーが言わなかった、ハットが言ってほしかった言葉。

 飾りも遊びもない単純な言葉はハットの心に響き、しかしそのうえでハットは誘いを断った。

 ホーカーは帰りたくなさげな友人に手を伸ばす。商人が握り返すと、奇しくも握手をしているような形になった。

 商談が成立しなかったのに交わす握手にはどんな意味があるのだろうか。

 敵の背に乗るハットは、久しぶりの気持ち良いまどろみに身を任せている。

 少しでも長く寝かせてやろうと、ホーカーは普段より遅めに走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ