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三章 噂 1P

 話は物語の始まりよりもう少し前にさかのぼる。

 ホーカーは砂塔と呼ばれる砂でできた塔に住むことを許されている。

 砂で天を貫く塔を造るのは普通のことではなく、高位魔術によるもの。誰が造ったのかまでは知られていない。

 この国は創造を司る国政と、破壊を司る塔政によって成り立っている。

 独自の文化を築く町を円滑に機能させるのが国政だとすれば、積み木を積み直すための暴力を働くのが塔政。

 砂塔には様々な部隊や団などが集まっているが、塔の中で最も暗く、最も暴力的な存在は暗殺部隊。ホーカーはその暗殺部隊の戦闘員だ。

 彼らは素性を晒すことを愚行として扱い、互いの名前すら知らないこともままある。それどころか名を持たない者すらいるのだ。

 散歩屋と呼称されるのは個人を特定しがちで、自ら名乗ったホーカーは暗部の者に言わせれば、変わり者か愚か者である。

 暗殺部隊の隊長が彼に言い渡したのは、利口者の町クレバーストリートで奴隷商人を見つけて始末することと、その任務を受けた者たちの統率だ。

 奴隷商人の素性はすでに調べがついているものの、どこに住み、どうやって商売をしているのか明確ではない。

 隊長がホーカーを送り込んだ理由は、任務が滞っているせいだけではなかった。

 大きな理由は三つ。ホーカーの戦闘力が高いため。知名度が高いため。遠く離れた町に駆けつけることが可能な神速の足を持っているため。

 そして隊長の胸にあった一番の理由は、かつて利口者の町と共に石壁の内に囲われていた、愚か者の町フールストリートと彼が決着を着けてくることを期待したから。

 送り出されたホーカーは気乗りしないのを隠さない。

 奴隷商人には子供がいて、商人の仲間にも子供がいる。

 親がいないホーカーは彼らから親を奪っていいのか、自分でも理由が分からないほど悩み、心配していた。

 そして塔を出立するときには一つ決心する。

 任務は遂行するが、必要なければ始末はしない。

 それは任務を遂行したと言えるのか、などと苦笑しながら、ホーカーは長い散歩に出かけた。


 石壁の守主もりぬしに軽く挨拶すると、守主は簡単に壁の内に入れる。こうしていくつかの石壁を越えてやってきたのは、愚か者の町だ。

 今は単なる広い空地のように扱われている町を、散歩屋の足が迷いなく進む。

 最初に訪れたのは暗部の拠点ではなく、湖の跡地だった。

 自分がどうして迷わずに歩き、しかもそこが湖だと判断できたのか。今の彼には理解できない。

 水筒を傾けて残っていた水を全て捨てても胸が軽くなることはなく、嫌な心地に顔をしかめながら南に歩く。

 走れば速くても歩けば常人。拠点に着いたのは日が沈み切ってからだったが、それでも暗部の者たちは来るのが早いと驚いた。

「相変わらずの化け物っぷりだな。その足で蹴られたら、たとえ急所を外しても死ぬだろうぜ」

 下卑げびた笑い声も酒臭くなければもっとマシになる。

「酒なんか飲んでる暇があったのか?」

「酒を飲まなきゃ、今以上にやってられない気分だろ」

 酔っぱらってたら見つかるものも見つからない。その言葉をため息に変えたのは、ホーカーなりに努力した結果なのだろう。

「スマイルがここにいたら、おっと、目をつむってて良かった。って言うだろうぜ」

 結局嫌味を言うが、

隊長スマイルが来るなら酒を全て隠すつもりだ。臭いはごまかせねぇだろうがな」

 悪びれず笑い出す隊員たちに清々しさすら覚え、思わず苦笑する。

 憎み切れないのはホーカーも少なからず、任務をごまかそうと考えていたからだろう。

 しかし石製の椅子を引いてホーカーが座ると、数々のまどろんだ目が姿勢を正して彼に向けられる。

「じゃあ話を聞こうか。酒は……。まぁ、迎え酒くらい飲みすぎてもいいだろ。次に飲むのは祝い酒だ」

 隊員たちは手懐けられない狼のように凶暴な笑みを浮かべると、順番に持っている情報を話した。

 利口者の町は職人と商人の町だ。その多くは奴隷商人となんらかの形で繋がっている。

 この町の治安維持兵も他と同様、町の状態を維持する存在。暗部の邪魔をするわけではないが協力的でもない。

 暗部の拠点は東。愚か者の町も合わせて見れば南東に位置し、南東と北西には貧しい者が路上で生活している。

「貧しい者は乞食でもして生活してるのか?」

「この町でそれは窃盗と同じ扱いだ。何かを払わずに得ることは禁止されてる」

「じゃあ強盗とか?」

「殺しも禁止だ」

「へぇ……」

 禁止されてることをやるのが犯罪者で、どこの町にだって少しは存在する。

 治安が悪いとは聞かなかったが、奴隷商人は奪うだけで与えない存在のはずだ。この町にもルールを破るやつがいるじゃないか。そう思ったのはホーカーがこの町をあまり理解していなかったからだ。

「ここは利口者の町だ。そうだろ?」

 一人が試すように言うと、ホーカーは二通りの解釈をした。

 一つはさかしく見つからない方法をとっている。

 もう一つは、商人は奴隷を売った誰かに何かを支払っている。

 例えば子供を売る親がいたとして、親に支払ったとするならば子供は何も得ない。それなら売られた奴隷に商人の下へ行く義務はなく、やはりそれはこの町ではルールを破る行為に当たる。

 ではなぜ治安維持兵が動かないのか。ホーカーを含む暗部の者たちには分からないことだった。


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