第後章 EPILOGUE
「はっ!?」
四度もやれば呆れかえるが、それでもやらなければならない戦いがここにはある。
と、某局で繰り返し伝えられるサッカー日本代表の標語チックなことを言ってしまう。
周りを良く見てみると前回のようにソファではなく、ちゃんとベッドの上まで運んでくれたらしい。外はもう暗い。時計を見ようと目覚まし時計を探すがどこにもない。
あぁ、そうか……
考えたらこの前、斬られちまったばかりだな。
視線を壁にかけてある時計に向ける。
おっ?
机に突っ伏すように眠っている桜花の姿が見えた。ふと視線を下ろしてみると、永遠はベッドの脇、どこから持ってきたのか椅子の上で眠りこけている。
何だこの状況?
嬉し恥ずかし超レアイベント進行中のようだ。
「起きたか」
暗がりの隅、月光に浮かび上がるのは体育座りをしたレフィカルであった。
「あぁ、この前と同じだよなこの感じ」
「大丈夫そうだな。力の使い過ぎだな、お互いに」
ふふふっ、と苦笑い。
「そうか。うまく出来ないもんだな」
ポリポリと恥ずかしそうに頭を掻く。
「それはそうだ。魔法を使う人間など初めてだからな」
どうなるなんかわかりようもない、と言ってくる。
「おいおい、そんな感じなのに使わせてたんかよ。ていうかあれも魔法なのか?」
少し慌てたように夜叉は聞く。
「あぁ、そういうことだ。あれは肉体強化系だな」
だが、少し違う気もするが……と訝しげな表情。
「何か凄そうだけど大丈夫なのか?」
今更ながらにあの威力を考えると末恐ろしくなる。
「たぶん大丈夫だ」
心許ないモノである。
「さっきも言った通り人間が魔法など使うのは初めてだからな」
「てことは魔法使いはいないのかよ? よく神話やら伝承で良く出てくるじゃないか。魔術師とか賢者とか」
少しゲームのし過ぎ感は否めないが、そうは言っても良く聞く単語である。
「あれは妄想だ」
にべもない。
「そっか」
単刀直入な答えに何だかおかしくなる。「なぜ笑ってるんだ?」と問いかけられてもどう答えていいかわからない。
「まぁ、面白いのさ」
「そうか」
そして、沈黙。
自然と視線が窓の外に向かう。
満月か……
何だか物悲しくなってしまう。かぐや姫何かの気持ちを代弁してしまっているのだろうか。
「お前じゃなかったんだな」
ふとそんなことを口にしていた。
「あぁ、私でも、夜叉でもなかった」
俺じゃなかった……
そんなレフィカルの言葉になぜか安堵してしまう。
「俺じゃなかった、お前でもなかった」
なぜか繰り返してしまう。
「あぁ」
頷くレフィカル。
「悪かったな」
「何だ?」
急に謝られて戸惑う様子のレフィカル。
「いや、な」
少し言葉に詰まる。何だか恥ずかしそうである。
「ほら、一人ぼっちにさせちゃってよ」
恥ずっ!?
そんな言葉を言っている自分にむず痒くなったのか身体中を掻きむし始める。
「いや、私はいつも夜叉と一緒だったと思っていた」
恥ずかしげもなくレフィカルは言う。聞いているこっちの方が逆に顔が赤くなってしまいそうだ。
「そっか」
どうにか頷く。
「それに私と夜叉はこれからもいつも一緒だ」
「あ、あぁ」
完全に告白である。おそらくレフィカルにはそんな自覚はないのだと思うが、言われた方としては生涯の伴侶宣言にしか聞こえてこない。
こいつは本当に何もわかってないな。
耳の先まで赤くなっているのが灯りに照らされてない方でもわかった。
「だ、誰なんだろうな?」
「わからない」
本当にわからなそうである。
「おそらくは上位の者の誰かが指示しているのだと思うが、幾分数が多過ぎるからな。それに今どういう状況なのかもわからないから」
そんなにいるのか。
何だか道の遠さに頭を抱えたくなってくる。
「一度でもいいから戻れば少しはわかるかもしれないが――」
レフィカルの世界に行く。
どういった場所なのだろうか、と想像を広げてみるが、どうしても世に言う地獄の世界が浮かび上がってきてしまう。
「それよりももう寝た方がいい」
疲れているのだろう? と心配されてしまう。
まぁ、そりゃそうだけど……
「後で考えればいい」
今は休むことが優先だ、と口調はきつくないが言われてしまう。
「わかったよ」
しょうがない、といった感じで布団をかぶろうとする。
「あっ、と、その前に」
「何だ?」
レフィカルはまだこちらを見ていた。たぶん夜叉が眠ったのを確認してから自分も休むのだろうと憶測する。
そんなにしなくてもいいのに。
「これからは、さ」
ジッとレフィカルを見る。
「少しは外に出ないとダメだな」
さっきのこともそうだが、ちょいと世間知らずなところがある。それにもうレフィカル自身に危険はないのだから。
「勝手に出てもいいし」
お前、本当は自分の思い通りに影から出れるんだろ、と聞くと申し訳なさそうにレフィカルは頷いた。
「いろいろ見た方が何かといいだろ」
「あぁ、そうさせてもらう」
見た感じではそうとはわからないが、長年の付き合いでレフィカルは何となく嬉しそうな気がした。
「よし」
嫌だ、と言われるかもしれないと思ったが、どうやら納得してくれたようだ。
「じゃあお休み」
「あぁ、お休みなさい」
布団を被ると夜叉はすぐに眠りに落ちてしまった。あまり感覚はないが、実際には相当の疲労が蓄積されていたようだ。
「ありがとう」
眠りに落ちる間際、夜叉はそんなレフィカルの声が聞こえて様な気がした。
♢
翌朝。やはりといった感じで永遠が作っており、それを未だなぜかいる桜花と共に食べるというシチュエーション。TVからは「週の胃袋、水曜日!」と今日も元気な上辺が叫ぶし、レフィカルはうまいと絶賛だし、永遠はもじもじしているし、桜花は横柄だし。しかし、今日は一つだけ違う。昨日と違って言い合いはなしだ。
「何でまだいるんですか?」
「そういうあんたこそまだいるじゃないの」
なしと思いたかった。
登校中。これまたやはりといった感じで言い合いを始める。遠巻きに見ている生徒たちは「また一緒だ」「ハーレム?」「どういう手使ったのかしら」というお言葉も頂けました。
「またまたお前は!? 地獄に堕ちろ!」
そして、それを見て、流吹が叫ぶ。
いつもの日常(?)が返ってくる。
「何か先が思いやられるんだけどな……」
?
返答が無い。いつもならここでレフィカルが何か言うのだが。
昨日の今日でもういないのかよ。
早急過ぎやしないか、と心配になるが、まぁ大丈夫だろ、という気持ちもある。
何か学べればいいさ。
そんな気持ちで夜叉は教室に入り、席についた。周りのクラスメイトからまたいろいろ聞かれるが、そんな言葉は無視である。
今はこの平和を楽しみたい。
いつ巻き込まれるかわからない混沌を前にして今はゆっくりと流れる川に身を任せていたい。
矢継ぎ早の質問も三津葉が入ってくるとすぐに止む。
「えっと、朝の会を始めたいのですが、その前に……」
うん、と頷く三津葉。今度は忘れなかったぞ、と元から小さい声なのにさらに小さな声で呟いたような気がした。
「何ですか? 転校生ですか!?」
冗談のようにクラスの誰かが言う。他の連中は「んな馬鹿な!」「それはないでしょ」「ありえなーい」と大笑い。
「うぅぅぅ」
しかし、それに対して三津葉は何だか悔しそうであった。
まさか、ね。
やっちまったか?
そんな空気がクラスに流れる。
「その通りです……」
ガクン、と項垂れる三津葉。やはりせっかく今回は覚えていたのに先に言われてしまい、落ち込んでしまったようである。
「ごめん!」
「ごめんなさい!」
一応、皆で謝る。
桜花に続き、何とも実りのあるクラスだな。
誰かの差し金ではないかと疑いたくなる。そんなフィクサーなどいるはずがないが。
「うぅぅぅ、ありがとう」
じゃあ呼ぶね、と気持ちを立て直した三津葉が言う。
と、その前にガラリと教室の扉は開いて、ご本人登場。
んな!?
信じられなかった。
大きめな背。東洋とも西洋とも言い難い整った顔立ち。そして、光り輝くブロンドの髪。
その姿を見て、クラスの皆が息を飲む音が聞こえてくるような気がした。桜花登場シーンよりも場が緊張している。
見間違えるはずがなかった。
転校生は教壇に立ち、三津葉と並ぶ。三津葉は再び泣きそうであった。そして、腰に手を当て、ちらりと夜叉の方を見、すぐに全体に視線を移す。
「私は――」
透き通った声が初夏の教室に響く。
「レフィカルだ」
やっぱりそうだ。そりゃそうだ。完全そうだ。
無理矢理な三段活用。
俺は……
「よろしく頼む」
スッと腰を折り、礼をするレフィカル。さらりと髪が流れる。
俺は……
「頼むぞ、夜叉」
顔を上げたかと思うと、夜叉の方に向かって手を上げる。
『えぇ!?』
全員が叫ぶ。
しかし、それすらも掻き消すように夜叉は叫ぶ。
「そこまで自由にさせてねぇーーーーーーーーーーーー!」
俺は生まれて初めて人前で叫んだかもしれない。