表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LIGHT A.R.M.  作者: 日向 日
3/6

第弐章 HE IS STRIKE HER's



 家に帰ろう。


 家路の途中にあるスーパーに寄って買ったカレー用の食材を片手に引っ提げながら黄昏時の街中を歩く。

 他の都市と同じく、ここ家元市もまた駅を中心に商店街や繁華街が集まり、それらを取り囲むように住宅街やら公共の施設やらが存在していた。

 夜叉の家は高校とは線路を挟んだ反対側にあるので結構な距離を歩かなければならない。遠いので自転車通学を希望したのだが、ギリギリ自転車での通学が許可されない距離ということで諦めろとのお達しがあり、仕方なく徒歩で通っている次第であった。


 少しは柔軟にモノを考えられないものかね。


 頭でっかちの校長は校則至上主義で、この前など女子のスカートが一ミリ短かっただけで廊下に立たせるというアナクロな罰則を実施していた。


 はぁ……いつものことながら遠過ぎるわ。


 線路を越えると、そこは開発地域で近いうちにデカイ複合施設が出来るというのを噂で聞いたことがある。


 チッ!


 朝は通れたはずの道がもう通行止めになっていた。


 ふざけるなよ。


 この道が家までの最短距離で、ここを通れないとなると結構な遠回りを強いられることになってしまう。


 行っちまうか。


 キョロキョロと周囲を見渡すと、高い工事用の壁の一角にある扉が開いているのを見つけた。これはしたり、と思いつつ、少し迷った夜叉は通り抜けられるかどうかもわからないのに勢いで工事現場の中へと入っていった。

 今日の仕事は終わったのであろう、中には人はおらず、機材がそのまんま放り出しっぱなしになっていた。


 危ないなぁ。


 クレーンやら鉄骨やらさまざまなモノが思い思いに転がっている姿はどこか攻撃的で、次の瞬間には襲いかかってきそうであった。紅に染まる夕日がさらにその恐ろしさに拍車をかけていた。


(危ないんじゃないか)


 今更、レフィカルが注意を喚起してくる。


「遅いわ」


 何を馬鹿なことを、といった感じで言い放つ。


(それに見つかったら面倒だぞ)


「大丈夫だよ。今日は撤収したんだろ」


 侘しさが漂う現場を一望する。


(そうだが……)


「見つかったときは見つかったときでどうにかなるだろ」


 もう面倒だからこれ以上、とやかく言うなと突き放す。


(そうか)


 諦めたようにレフィカルは呟く。

 ガサガサとビニール袋の揺れる音が響き渡る。

 まだ鉄骨剥き出しの裸の状態であるビルの骨組みの傍を通り過ぎ、入ってきたところとは反対方向へと歩を進める。


 出口……あるか?


 誰かに見つかる見つからない以前に出入り口が見つかなければ結局元のところまで戻らなければならない。


 面倒だな。


 そう思うと、少し不安になってきた。ちらりと後ろを向くと、先程入ってきた扉は豆粒大になっていた。


 チョイスミスか。


(ふん……)


 ほら言わんことはない、という風にレフィカルが鼻を鳴らす。時折、こいつは強気に出てくるときがある。その態度は以前、上に立っていた経験のある者が醸し出す雰囲気に似ていた。


 ん……


 少しムッとした表情を浮かべた夜叉はむきになって、足の運びを速めた。



「ちょうどいいところに入り込んでくれたわね」



 そのとき、頭上からそんな言葉が降り注いできた。優等生っぽい喋りようだが、どこか険のある高い声。


「えっ!?」


 思わず驚きの声が漏れてしまう。


「何? もう忘れたっていうの?」


 いや、そんな訳ない。

 必死に否定する。

 忘れるわけがないだろ。

 その声は聞き覚えのある声。聞くのは二度目だが、一度目の印象が強過ぎたのでまだ脳内で再生させることが出来る。


「こっちよ」


 キョロキョロと周囲を見渡す夜叉に自らの位置を知らせるように声が響く。


「!?」


 声のした頭上、十数メートル上を見上げると、そこには剥き出しの鉄骨に立つ女性の姿があった。通り抜けようとしている間に世界は深紅のヴェールから漆黒のヴェールへと張り変わっていた。昇り始めた月明かりに照らされる姿の背後ではブルネットのポニーテールが風に揺れている。


「な、何でこんなところに? ヤングシュート……さん?」


 あまりにも突然のことで、混乱した夜叉はそんなことを聞いていた。初対

面の相手にはうまく話すことのできない夜叉。自然と無理矢理な敬語であった。


「何で? 何でって聞くの、左夜叉」


 そんな質問に苛立ちの混じった返答をしてきた。


「それは、だって、急にこんな状況……」


 ん? なぜこの人は俺のフルネームを知っているんだ?

 クラス全員の自己紹介は休み時間にそれぞれがやっていたが、夜叉はそれに参加していない。

 出欠で知ったのか?

 それなら納得できる。しかし、名前を知っていることは納得できてもここに急に現れる理由はわからない。

 ずっと睨み続けられたことが関係あるのか? ていうか何か口調が違うんですけど。

 疑問、疑問、疑問。現在、夜叉の脳内を占めるのは次々と生み出される疑問ばかりであった。


「何も覚えていないのね、あんた」


 その声はさらに苛立ちが増している。あんた、呼ばわりされ始めた。


「何のことだよ」


 下手な敬語すらも捨て去り、雑に聞く。


「本当に何も!」


 ギリッと歯ぎしりをする音が下にいても聞こえてきた。


(夜叉)


 レフィカルがそこに割って入ってくる。


「黙ってろ!」


 静かに、桜花に聞こえないように怒鳴る。


(しかし……)


「いいから!」


 何なんだよ、これは。


 上から見下すように立つ今日初めて会った少女。

 何なんだよ。

 その少女は出会った瞬間から敵意の視線を向けてきた。

 本当に何なんだよ。

 そして、今対峙している。


「それならしょうがないわ」


 そう言いながら右腕を振ったかと思うと、どこから出したのか、桜花の右手に持ち主と同じ長さの巨大な剣が握られていた。


「は!?」


 理解できない。

 何だあれは?

 月明かりに浮かび上がる幅広の刀身。鈍く光る銀刃には、微細な彫刻が施されているように見える。そして、全長の三分の一ほどを占める柄の部分の先には真っ赤に燃える拳大のルビーが光り輝いていた。


 剣か?


 初めて見る剣というモノ。知識のない夜叉にはそれは玩具のように見えて、現実感が湧かない。重そうなのだが、それを線の細い桜花が軽々と持っている姿がさらにその印象を強くさせる。


「はははっ……何を」


 やっているんだよ。それだからか、口から笑いと共に馬鹿にしたような言葉がつく。


「嫌な現実は受け入れようとしないのね」


 シュッと一度、剣を振りかぶる。風圧が下にいる夜叉の下まで舞い踊って襲ってくる。と同時に足下から言い知れぬ恐怖が這い上ってくる感じを得た。


 殺される。


 自然とそう思ってしまった。一瞬にして殺意の奔流に飲まれてしまったということであろう。


「そうやってあの事も忘れ去ろうとしているのね」


 あの事?


 恐怖を忘れさせようとして異なる思考に飛びつく。


「どの事だよ」


 徐々に夜叉の方も苛立ちが鎌首をもたげ始めた。


「しらばっくれる。というのかしら?」


 逆に相手は冷静になってきているようで、皮肉ったような言い方をする。さらに手持無沙汰気に右手に掴んだ剣を弄んでいる。


「しらばっくれるにも何のことか言ってくれないとしらばっくれないわ!」


 どこかちぐはぐな返答をしてしまったが、今の夜叉にとっては最大の返しだった。


「もういい」


 ガチャ、と下構えにして柄を両手で持つ。


「左夜叉という人物に対しても怒りを覚える」


 俺はお前のその態度に苛立ちを覚える。



「覚悟しなさい!」



 剣を構えたということは襲いかかってくることは必然である。ならばどう来るか。

 階段でも降りてくるのか?

 それが普通の考えである。桜花のいる場所は低く見積もっても十二、三メートルはあるだろう。そこからクッションも何もない地上に飛び降りるなんて馬鹿げた考えなど思い浮かぶはずもなかった。下手すれば命を落としかねない。


 ザッ!


 しかし、それを桜花は今、目の前で実行した。


「なっ!?」


 見上げた空には漆黒のキャンバス。その中をさらに黒い影と共に周囲に広がるブルネット、それに銀の刀身が空間を断絶するかのように縦にキャンバスを切り開いていた。


 ザン!


 重力を味方につけた縦一閃。それは強烈な勢いで夜叉の身体を襲った。

 巻き起こる旋風。舞い上がる砂塵。


「うっ……」


 斬られた。

 夜叉はそう思った。一瞬のことで身動きが取れず、意味もわからず、このまま終わると思っていた。


「運……なの?」


 しかし、桜花の剣は何もない空間を断ち切っただけで、夜叉は間一髪のところでその死への誘いを避けていた。


(死ぬところだったぞ)


 脳内に響くレフィカルの声。その口調は夜叉を責め立てるような言い方であった。


「あ、あぁ……」


(まぁ、あの一瞬、夜叉が諦めてなければ私が夜叉の身体を動かすことはで

きなかったがな)


「助かった」


 素直に礼を言う。


(いや、まだ……後方斜め右だ!)


「安心するのはまだ!」


「うわっ!?」


 相手から見て右側にいた夜叉に対して横薙ぎの追撃が襲いかかる。レフィカルの助言通りに身体を動かす。


「また!?」


 二撃目も避けられ、驚きの表情を浮かべる桜花。


(左!)


「くっ!?」


(後方全力!)


「はっ!」


(右斜め前!)


「うっ!」


(懐に入って……)


「どうするんだ!?」


(拳でも叩きつけてみろ!)


 ガキン!


「いっ……たぁ!!」


 渾身の一撃も柄のルビーで遮られ、拳から血が舞い散る。


「急に何!?」


 避けるだけではなく、攻めまでしてくる。目に見えて、急に動きの良くなった夜叉を見て、怪訝な表情を浮かべる桜花。

 いけるぞ。

 いきなり意味もわからず襲われ、もう命はないものだと最初は思ったが、今はレフィカルの助言通りにやれば勝てるような気もしてきた。


(いや、無理だ)


 そんな淡い期待を味方であるはずのレフィカルが断ち切ってくる。


「何でだよ」


(屈め! もう息が上がっているだろ。相手は全然平気みたいだ。それに武器がない)


「はぁはぁ……」


「うろちょろとしないで!」


 夜叉は喋ることすらきつくなっているが、相手はまだまだ喋ることを苦にしていおらず、力強く叫ぶ。


 くそっ……避けるので精一杯で何も聞けやしない!


 残り少ない体力で無理矢理に身体を動かし続ける。


(それに動きをみると、相手の方は結構、こういった状況をくぐり抜けてきたみたいだ)


 そりゃ、あんな剣を持っているんだから何かをしているのだろう。


(厳しいな……私が出よう)


 危機迫った風に言いかける。


「いや、出るな」

 すぐに否定。

(しかし、それでは殺されてしまうぞ)

 わかっている。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 わかっているさ。

「はっ、はっ、はっ」

 わかっているけどこのまま素直にやられるのは嫌だ。

 それにお前になんか頼ることなど出来やしない!


 避ける、避ける、避ける。

 ただただ避けるだけ。

 そう聞くと、ルーチン・ワークのように聞こえるが、実際には相手と自分との間合いや呼吸、経験や体力的な彼我の差、その全てがこの避け続ける攻防の中に凝縮されている。

 だが、その永遠にも続くように見える光景は徐々に傾き始める。


(私を出せ!)


 明らかに体力の落ちてきた夜叉の身体を少しずつだが、桜花の刃が傷付けていた。最後の詰めへと一歩一歩近付いてきている夜叉の姿を見て、思わずレフィカルが叫ぶ。


「だ、出さ、ない!」


 駄々を捏ねる子供のように返事をする。


(私の力を使えたら……)

「お前を使わない!」

 使うはずがない!

「何を言っているの!」

 独り言のように叫ぶ夜叉を見て、桜花は怪訝な表情を浮かべる。

「何、も、言って、ない!」

 荒い吐息が言葉の端々に目立ち始める。


 ガシャン!


 そして、最終通告のように響く金属音。


「うっ……」


 避けた際によろけた夜叉は自分の意志とは関係なく、そのまま身体を鉄骨へと預けた。


「はぁ……はぁ……」

 ズルズルと身体が重力に従って落ちていく。


「終わりね」


 ゆっくりと剣を掲げた桜花が近付いてくる。


(出るぞ! もう指示に従い続けていられない!)


 夜叉の許可なく、姿を顕現することは固く禁じられていた。今の今まで出なかったのも夜叉が頑なに拒否してきたので、出たくても出ようとは思わなかった。しかし、この状況では従ってもいられなくなってきたのであろう。


「終わりにしてあげる。いや、終わりにする」

 両手で持った剣が天空に向けて、振り被られる。


「出、るな!」


(出るぞ!)


 左腕が輝き始めようとした瞬間。同時に死神の鎌が振り下ろされる。

 終わりなのか?


 ザン。


 今度こそ斬られたと思った。

 そう思った時には既にこの世界にはいられないと思った。


「…………」


 ガキン。


 響き渡る金属音。

 

 ?


「間に合ったね」


 遅れるように聞こえてくるそんな言葉。

 どういうことだ? というか誰だ?

 また斬られることはなかった。剣が振り下ろされる瞬間、恐怖のあまり目を瞑ったせいで今の状況がわからない。


「と……わ?」


 ゆっくりと開けた瞳に映るのは桜花の剣を中腰の恰好で刀の刀身で受け止める永遠であった。その光景が信じ難く、疑問符のついてしまう夜叉。そこにはさまざま問い掛けがあったのだが、言葉にならない。


「何かおかしいかなって思っていたらやっぱりそうだったんだね」

 夜叉の言葉に反応せず、自論を呟き始める永遠。


「あんた、確か……」

 ギリギリ……剣と刀が不協和音を奏でる中、桜花が口を開く。


「同じクラスの保科永遠だよ。わさちゃん、夜叉君の、か、かの……家族よ」

 後半、何かを言おうとして、ちらりとこちらを見ると、ビクンと顔を背けて、やはり止めたという感じに告げる。少し顔を赤らめているように見えるが、今の夜叉は気付かない。


「いえ、それよりも以前にあんたのこと見たことがある」

「うん。私もあなたを見てからずっと考えていたけどやっとわかったよ」


 鍔迫り合いをしながら普通の会話をしている姿はどこかちぐはぐで夜叉はどう捉えていいのかわからなくなる。

 というか知り合いだったら初めから判れよ!

 こんな状況でもなぜかツッコみたくなる。


「あんた新約派(ニュー・セクト)ね」

旧約派(オールド・セクト)の桜花・ヤングシュート。最近、頑張っているっていう噂を聞いたことある」


 聞いたこともない単語を二人通じ合うように喋り続けるが、夜叉には何のことかわからない。


 にゅう・せくと? おうるど・せくと? どういう意味だ??


 少し前まで死に際に立っていたはずなのに今では永遠が来てくれたせいか、そんな疑問に頻りに首を傾げる。


「邪魔するなら消すだけ!」

「わさちゃんは消させない!」


 夜叉は完全に置いてけぼり。二人は勝手に何か決心したようだ。


 俺って……


(とりあえずは良かったのではないか?)


 落ち込む夜叉は先程まで言い争っていたのが嘘のようにレフィカルが声をかけてきた。


「あぁ、そうかもな」

 とは言ってもまだ危険は去ったわけではない。

 桜花は長い鍔迫り合いを止め、一旦後方へと飛ぶと左下に剣を下ろし、構えた。それに相対するように腰を上げる永遠はその長い刀を上段に振り上げる。


「「行く!」」


 二つの光が駆ける。

 一つは地を断ち切ろうとするかのように切っ先を走らせながら。

 一つは空を断ち切ろうとするかのように切っ先を羽ばたかせながら。

 そして、中空でそれぞれの得物がぶつかり合う。


 ガキン!


 先程よりも大きな接触音。だが、今度は鍔迫り合いなどせず、すぐに刃と刃は離れる。両者の力が拮抗し、勢いがダイレクトにぶつかったせいか、それぞれ構えていた場所へと戻る。


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」


 桜花は力強く叫びながらその反動と剣の重さを利用して、クルリと弧を描くように廻ると側面から永遠の身体を襲う。ブルネットの髪が遅れて舞う。


「うっ!?」


 撥ね返った刀でそれを受けるが、斬るというよりぶつけようとしていた桜花の攻撃に小さな身体が横に擦れる。童顔が苦しそうに歪む。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 それを好機と見て、桜花が切っ先を真っ直ぐに伸ばしたまま突進する。


「まだだよ!」


 一瞬、身体の硬直してしまった永遠だが、わかりやすい攻撃だったので少し身を捻るだけで避けてしまう。


「ふん!」


 桜花が永遠の横を通り過ぎようとしたときを狙って刀を真っ直ぐ振り下ろす。


「くっ!」


 刀が桜花の頭頂部を襲うか否か、左足に力を入れ、身体を投げ出すように右へと避けた。


 キィィィィン!


 それだけではなく、左手一本で持った剣でカウンター気味に横薙ぎまで繰り出していたが、振り下ろすのを途中で止めた刀で再び止められてしまう。


「やるわね」


 撥ね返された剣の遠心力に抗うのではなく、身を任せるようにして中空でクルリと一回転すると桜花は両足で大地を踏みしめた。


「あなたもやるよね」


 シュッと、一呼吸置くように刀を振るう。

 互いの力を認め合ったのだろう。二人の口元が微かに笑うように見えた。


 何なんだ、こいつら……


 今日初めて会った転校生もそうだが、今まで数年間、同じ屋根の下で一緒に暮らしていた永遠の今まで見たことのない動きに夜叉は口を開けたまま、ポカンとこの一進一退の攻防を眺めていた。


 人間か?


 剣や刀を持っている時点で一応の家族である永遠すら表の世界にいるような輩ではないと思ったが、動きを見ているとこの世の者ではないようにも思えてきた。


(どちらも協会の人間ですよ)


 協会? 何だよ、それ?

 内にいる異形の存在もまた理解不能な単語を述べてくる。


 ザン!


 混乱の渦で彷徨う夜叉のことなどお構いなしに両者は再びの闘争へと入り込んでいった。


 キン! キン! キン! キン! キン!……


 さっきのワイドの戦いから一変して、今度は互いに相手の息遣いすら聞こえてきそうな零距離でぶつかり合う。二人とも、長い得物であるはずなのに、至近距離でもうまく操っていた。


 はぁ……


 二人の鬩ぎ合いは傍から見ると、舞踏を踊っているかのようでTVなどで見る玄人の踊りより華麗であった。おそらく一瞬一瞬が死への誘いで、二人ともが命を賭けて踊り続けているからであろう。夜叉も不謹慎とは思いながらその踊りが続けばよいと思ってしまった。


 綺麗だな。


 それに加え、漆黒の髪と栗毛色の髪が創り出す対比の光景はフィルムを通して観ているかのように幻想させる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 高速の剣技と刀技はやはり相当の体力を消耗するようで、離れたところで見ている夜叉の耳元にまで両者の苦しそうな息遣いが聞こえてきた。


「はぁー、はぁー」

「ふぅー、ふぅー」

 それでも二人は止めない。

 何が彼女たちを突き動かしているのか、悲しいかな、その根源的な原因である本人は何もわかっていない。


(はぁ……)


 レフィカルだけは三者三様の想いがわかっているようで一人悲しそうに溜め息をついた。

 そして、長いようで短い攻防は唐突に終わりを告げられることとなる。


「はぁー……しつこい」

「ふぅー……あなたこそ」


 夜叉の思いに反して、やはりずっととはいかないようで、両者は弾かれるように一旦距離を置いた。


「何なのよ、あんた」


 剣を持っていない手で顔にかかる髪の毛を左右に分ける。下から現れる瞳には相当の疲労感が浮かんでいた。


「私はわさちゃんを守るためにいるの」


 こちらも乱れた髪を整える。その言葉を紡ぎ出す際、黒檀のような髪の毛を賭けた耳が先まで真っ赤になる。恥ずかしいならそんなこと言うなよ、と思いながらも夜叉は違うことを考えていた。


 守る? どういうことだ。


 保科家に引き取られてからずっと永遠はそんなことを言っていたのを夜叉は何度も聞いたことがあった。その度に「女なんかに守られない!」と怒鳴りつつ否定していたが、今の状況では何とも言えない。

 これじゃあ完全に守られちゃっているからな。

 ははは……と自嘲気味に笑う。

 でも、俺を何から守ろうとしているんだ?

 当初はあんなことがあった夜叉を世の中の好奇や嫌悪の視線から守ろうとしているのかと思っていたが、今は命を狙われるようなことから守るという意味もあったのではないかと思い始めていた。


「守る、ね。そんな奴をどうして……いえ、当然のことよね。それが新約派の教義(ドグマ)だから」


 納得したようにフンと鼻を鳴らす。それは小馬鹿にしているようでその気が向けられていないのに夜叉は頭に来た。


「そんなのじゃない! もうそんなのじゃない」


 夜叉が頭に来たのだから向けられた永遠はさらに激昂するかと思ったが、反して桜花の言葉を悲しそうに、だが強く否定した。微かにその瞳に涙を浮かべているように思えた。


「もう? 何? あんた保護対象に特別な感情でも――」

「五月蠅い!」


 桜花の言葉を遮るように永遠が叫ぶ。


 えっ!?


 あの穏和な永遠が叫ぶなど今まで見たことがなかった。初めてのことだったので夜叉はもちろんのこと、言った本人ですら驚きの表情を浮かべている。しかし、初だったせいで、その分、強い意志が籠っており、ぶつけられた桜花もまた虚を突かれたような表情を浮かべていた。


「……まぁ、いいわ」


 ガチャリと剣を握り直す。もうお話は終わり、と告げるように。


「それならあんたも一緒に消すだけ」


 大きな瞳を厳しく細める。


「私は消えないし、わさちゃんも消させない」


 ギュっと刀を柄を強く握って、永遠も桜花のそれに呼応する。

 一瞬の勝負。

 見ている夜叉はこの場が引き締まる感覚に襲われ、すぐにそう思った。

 任せてばかりはいられない。

 永遠が桜花とやりあっていてくれたおかげで、夜叉の体力も十分回復していた。

 俺が加勢すれば少しは形勢もこちら側に傾いてくれるはず。

 相対する両者を眺めつつ、グッと地面についた手の平に力を入れ、立ち上がろうとした。

 そのときであった。



「あら。面白そうなことしているじゃない」



 三度目のカットイン。何度も期待のニュー・フェイスを登場させるなど三文劇。愚の骨頂だ、と怒られそうである。


「何? そんな皆で見つめられると恥ずかしいじゃない」

 全ての視線が声のした方へと向けられると、そこにいた者は「ねぇ、レフィカル」と微苦笑しながらそう洩らす。

 皆の視線の先、高い工事用の壁に腰かけているのは女性だった。フード付きの黒いローブのせいで空の漆黒と混じり、全体像は判り難いが、その合間から見える少しの膨らみをどうにか強調する胸まで伸びる深紅の髪が鮮やかにその険のある顔を浮かび上げていた。パッと見の印象が、安いいじめっ子という感じであったのは瞳が細く狐のようであったせいか。


 ん? 今何か言ったか?


 しげしげと姿形を観察した後にふと気付く。共に見上げる永遠の表情がなぜか険しくなる。


「どうしてここに悪魔が!?」


 キッ、と中空に座る者の姿を睨みつける。その瞳は怒りに燃え盛っている。


 悪……魔?


 それはどこかで聞いたような単語。いや、今自分のうちに存在し続けるモノが人に呼ばれる時の呼称。そして、全ての元凶である存在。


「どうもこんにちは。ん? こんばんはというのかしら?」

 スッと文字通り上から落ちてくると、髪の毛と一緒に染め上がった深紅のヒールでふわりと地面に降り立った。


「そんな怖い目で見ないでよ」

 うふふ、と微笑む悪魔と言われた女性。


「まずは自己紹介かしら?」

 楽しそうに良く喋る女である。今の空気を完全に読んでいない。


「レリー。《人形を操る者(パペット・ハンドラー)》のレリーよ。位階は第十四位。と言ってもわからないかしら? あなたたちの言う悪魔という存在になるみたいね。厳密に言うと、そうではないのだけれども、そう言った方がわかりやすいからそうなるわ。お初にお目にかかりますわ」


 中世の淑女がやるようにレリーも、ローブの裾だが、端を摘まんで腰を折る礼をする。レリーにこの場の流れを掴まれてしまい、皆何もできずに呆然と見ているしかできなかった。


「あら、でもこの中で御一人はお初ではなく、お久しぶりと言った方がよろしいかしら」

 ニヤリ、とその美しい顔を醜く歪める。夜叉はそこに彼女が本当に悪魔だということを垣間見たような気がした。


「ねぇ? レフィカル?」

 さらにその下卑た笑いを深めるレリー。それはどこかこのやり取りを楽しんでいるようであった。


 知っているのか?


(レリーが来たか)


 今の今まで沈黙を保っていたレフィカルが脳内でそう呟く。そして、何の

前触れもなしに夜叉の左腕が光り始め、瞬きする間もなく夜叉の隣にブロンドの髪を揺らしたレフィカルが顕現した。


「ちょ!? お前、勝手に出るなよ!!」


 慌てたのは夜叉。許可なしでは外に出るな、と言っておいたはずが、簡単に約束を破るレフィカル。


「名指しで指名されれば出ない訳にはいかない」


 どこぞの戦国時代の武将だ!

 焦りからか、内心でのツッコミが雑になる。


「やっぱりあなたね!!」


 レフィカルの急な出現にその姿を見た桜花が突っかかってくる。やっと見つけた、と怒りを内包した喜びようを見せ、今にもレフィカルにその大きな剣を振りかざしそうであった。


「お久しぶりです、レフィカルさん」


 対して、永遠はまるで昔から知っていたような風に礼儀正しく挨拶をする。レフィカルもまた「久しぶりです」と頭を下げる。


「どういうことだ?」


 誰ともなしにそんな疑問を口にする夜叉。レリーの問い掛け。桜花の喜びよう。永遠の接し方。その全てがよく意味がわからなかった。


「おい、レフィカル」


 隣に立つ少女の瞳を睨みつける。疑問の矛先をおそらくこの状況の中心人物にぶつけることにする。


「…………」


 しかし、レフィカルは何かを言うのを迷っているような素振りを見せるだけで、口元は微動だにしない。


「レフィカル」


 名を呼ぶが、反応はない。それを見て、永遠が「わさちゃん……」と心配そうに呟くのが聞こえたが、今はどうでもよい。

 何で何も言わない!

 今の夜叉の怒りを表しているようにギリッと歯ぎしりをする。


「あんたを殺すために私は――」

「黙ってろ!」


 何か重要なことを言おうとしていたような気がするが、夜叉は桜花の言葉を無理にでも断ち切る。


「うっ……うん……」


 夜叉のあまりにも激しい口調に桜花は命を狙っていたはずなのに言い淀んでしまった。


「レフィカル。どういうことだ?」


 再度、低い声で問い掛ける。


「あ、あぁ……」


 それでもまだそう洩らすだけで、何か意味のある言葉を紡ぎだそうとはしない。


「あらあら」


 その光景はやはり面白がるようにレリーは切れ長の瞳を一層、深くさせる。


「仲が悪いわね」

 うふふ。再び下卑た笑いが木霊する。小さい音量なのだが、その笑い方は嫌に耳をつく。


「本当のことを言っていないのかしら?」

 面白そうに尋ねてくる。


「本当のこと?」

 怪訝な表情を浮かべる夜叉。その言葉にレリーとは反対にレフィカルの表情は一層、険しくなる。


「レリー、黙れ」

 低く響く声。それは強い意志を持った言霊。一瞬、それを向けられたレリーは身体を硬直させるが、すぐに弛緩させる。


「ふふふっ、以前は位階の頂点に立ち《朱に塗れた爪(ブラッディ・ネイル)》と呼ばれて恐れられていたけど今のあなたはその子に寄生するだけのただの虫だものね。それに今のあなたの呼び名を知っている?」


 ぺらぺらと本当に良く喋る。一瞬でも恐怖に襲われた自分を誤魔化そうとしているかのようであった。

「今のあなた《唯一反逆魔(ターン・コート)》と呼ばれているのよ。皆があなたを堕ちたモノだと言っているわ」


 位階の頂点? 《朱に塗れた爪》? 《唯一反逆魔》?


 次々と夜叉の知らない言葉が羅列されていく。完全に置いてけぼりを食らった感じである。


「反逆? どういうこと?」


 それは桜花も同じようで頻りに首を捻っている。


「レフィカルさん……」


 ただ唯一、永遠は何かを知っているようで、先程、夜叉を心配したようにレフィカルのことを心配していた。


「おい! どういうことだって聞いているんだよ!」


 レフィカルの着ているブラウスの胸倉を掴む。混乱を来たした夜叉の脳はとうとう膨大な疑問に対応しきれなくなり、理性よりも本能が優先されることとなったようである。


「そういうことよ」


 それでもなおレフィカルは頑なに今の話をはぐらかそうとする。


「レフィカル! てめぇぇぇ!」


 今にもレフィカルに殴りかかりそうな夜叉。それを永遠が傍まで駆け寄ってきて「落ち着いてよ、わさちゃん!」と夜叉の身体に抱き付きながら必死に止める。少し離れたところでは未だに桜花が首を傾げている。


「あらあらお取り込み中になってしまったの?」


 腕を組んで、左手を顎に添えた、どうしましょうかといった感じに首を傾げる格好でほざいてくる。


「五月蠅いって言っているだろ!」

 誰彼構わず叫ぶ。


「な、ならいいわ」

 上位だったレフィカルにならまだしも人間である夜叉の叫びにまたたじろいでしまったレリーは取り繕うように言葉を発する。


「今日は一旦、退いた方がよろしいみたいね」

 そう言うと、左腕を前に突き出し、「置き土産だけは置いておくことにするわ」と言いながら中空で幾何学的文様を作り出したかと思うと「ここに来なさい(サモナーレ・ザス)」と呟いた。


「では、ここら辺で私は御暇しますわ」

 また今度、と言うと、止める間もなく、サッとローブを翻すと、次の瞬間にはそこには誰もいなくなっていた。


「待て! 悪魔!」


 桜花が当初の目的を忘れたような発言をかます。


「桜花さん、待つのはあなたのようです」

 永遠がそれを制止する。


「何? 先にやるっていうの!?」

 その言葉を挑戦だと受け取った桜花がキッと睨む。


「いいえ、それはまた後日にでも」

 桜花の放った気を一蹴する。


「それよりも見てください」

 刀を構える永遠。


 何だあれは?


 その視線の先には先程、レリーが中空に描いた幾何学文様が青字で浮かび上がっていた。


「何か……来ます」

 静かにそう伝える。


「何かって……!?」

 桜花もその何かに気付いたようである。


操り人形(パペット)か」

 夜叉の手から解放されたレフィカルも気付いているようであった。


 ぐわん。


 小さな文様が急に大きくなったかと思うと、次のときには収縮して、そのまま消えた。その代わりにそこには見たこともない異形なモノが存在していた。


「こいつは確か《独りでに動く物(セルフ・モヴァーレ)》だったか。面倒なモノを置き土産にしていったな」

 レフィカルがそう言うのもこれがどういったモノか理解しているからの発言であろう。しかし、その異様な姿を見た夜叉自身もまた厄介そうだと思えた。

 これは一般的に言うゴーレムとかいう奴じゃないか。

 背丈は夜叉たちの後方にある素組みのビルの三階にまで匹敵する大きさで、横は夜叉が五人並んだぐらいの幅で、その巨体を支える足は短いのだが、その代わりに腕がその大きな身体の七割ぐらいの長さをほこっていた。その所々からは何かチューブのようなモノが方々に伸びていた。そして、身体の大きさの割に、ちょこんと乗っかっている、と言っても夜叉の身長ほどの大きさだが、顔はギリシア彫刻のように固く、双眸には生気を感じられない。


『ごぉぉぉぉぉぉぉん!』


 機械仕掛けの摩天楼の中で響く時計の鐘のようにそのモノは叫びを上げた。まるでこの世に今、生まれたばかりの赤子の初泣きのようであった。


「話は後です」

 レフィカルが告げる。


「はい!」

 永遠がそれに応じる。


「そうね。今だけはそうしてあげる」

 桜花も渋々といった感じだが頷く。


 はっ?


「お、おい――」

「夜叉は下がっていてください」

「危ないから」

「邪魔」

「……はい」


 そこまで言わなくても……


 三者三様の反応。そして、案の定置いてけぼりを食らう夜叉であった。渋々、後方へと足を向ける。


 女の子三人に守られているって……俺、どうしたんかな?


 とぼとぼと、まるで仕事終わりのサラリーマンのように哀愁漂う雰囲気を醸し出す。ただ誰も夜叉の纏う空気を見ようとはしなかったが。


「私たちが行きます」


 永遠が後ろに立つレフィカルに言う。


「命令しないで!」


 桜花はそう反論しながらも攻撃態勢に入る。見ていると、この二人意外と息の合ったコンビかもしれないな、と思ってしまう。


「それならば私は遠くから及ばずながら――」

 レフィカルはそう言いながら両手で中空を捏ねながら何か呟く。


 ゴッ!


 そんな空間を断絶するかのような重い音が響くと、次の瞬間には両掌の間には金色に輝く光の玉が浮かんでいた。何か太い光の粒子が狭い球体の中でうねるさまは数匹の蛇が檻の中で蠢いているかのようであった。


「牽制します」

 キッと、眼前に迫る山を睨む。


「私が斬り込み隊長を買って出てもいいのですが、その方がこのチームではいいでしょう」

 ちょっとした自信を垣間見せるレフィカル。意外と自信家なのかもしれない。


「いいから後ろでそのボール球で飛ばしていなさいよ!」

 すぐに桜花が喰い付く。


「来る!」

 言い合いの始まりそうな雰囲気を断ち切るように永遠が叫ぶ。


『ごぉぉぉぉぉん』


 場の空気を読んだかのような木偶人形の叫び。木偶人形(ブロックヘッド)から操り人形に呼び名を昇格してあげよう。

《独りでに動く物》は、その長く太い腕を、文字通り持ち上げるとその巨体に似合わない速度で破城槌のような拳を前線に立つ桜花と永遠へと繰り出した。


 ブォォォォン!


 幾筋の空気の層を叩き割りながら目標物に向かって突き進む。


 バゴォォォォォン!!


 そして、その拳は地面に突き刺さり、空しく土くれを中空へと舞い上げただけにとどまった。


「単調ですね」

「甘過ぎ」


 少し動いただけでその攻撃を避けた両者は地面を抉る鈍い音が開戦の合図だったかのようにそれぞれがその腕の左右に沿って、相手に向かって走り出した。


「やらせない」


 その二人の動きを見ようと、《独りでに動く物》は顔を動かそうとするが、そこにレフィカルが先程創り出した光の球を顔面に放り投げる。


 ズゴォォォォン!!


 サッカーボールを一回り小さくしたような大きさの球はその大きさに似合わず、盛大な爆発音を周囲に撒き散らした。

 と同時に和洋二つの刃が両脇を斬り裂く。

 見た感じでもその一振りはそれぞれが相手を斬り伏せる力を持った一撃であったように見えた。


「まだダメだ」


 終わりだろ、と互いにそう思ってしまった二人に後ろからそんな声がかけられると同時に両腕をその二人に伸ばしていた《独りでに動く物》の顔面に再び光球をぶつける。


「固いの!?」


 桜花が驚きの声を上げる。


「見た目通り耐久性があるというわけですね」


 冷静に分析する永遠。


「個別に攻めても意味がない。力を収束させる」


 レフィカルが指示する。


「わかってるわ!」

「はい!」


 相手を挟みこむように二人とレフィカルが向かい合う。


「二人の刃では斬れないから私が一気に潰そう」

 そう言うと、今までよりも大きく光球を創り出すようで、両掌の間隔を大きく広げる。


「私の剣があんたのその球より強いっていうの!?」

 当然ながら反論をする桜花。


「初撃で気付いただろ?」

 諭すかのような問い掛けに「むぅ……」と言葉にならない呻き声をもらす桜花。自らの一撃が効かないことを重々理解しているようであった。


「だが、力を溜めればこんな奴!」

「時間が時間だ。もうだらだらやっていることはできないな」


 初撃だったからそんな力を入れてなかったんだ、とぶつぶつ不満をもらす桜花を無視してレフィカルは視線をどこか遠くに飛ばす。


「近いですね」

 永遠がその意味を理解しているらしく、耳を澄まして答える。ウー、という機械的なうねり声が微かだが聞こえてくる。ここは住宅街の近くである。おそらく日の落ちたこんな時間に工事などするわけがないのに盛大な音が響いてくるので不信に思った住民が連絡したのであろう。


「早くやりなさいよ!」

 不満そうだが、渋々応じる。

「では、二人で少しだけそいつの――」

 眼前に突っ立っている《独りでに動く物》を首で指し示す。

「相手してやってくれ」

 徐々に大きくなってくる光球を捏ね続ける。

「やってあげるよ!」

「はい!」


 二人はそう応じると、攻撃されて敵性人物を認識したのか、桜花と永遠の方へと足を向けてくる《独りでに動く物》へ向かっていった。

 攻撃範囲内に入ると、《独りでに動く物》は長い腕をただ単純に振り回す。それは幼子が駄々をこねているかのようで、判り易く、二人は軽々避けると、背部から斬りかかった。すぐにそちらにその腕を伸ばすが、その時にはもう両者はそこにはおらず、高々と空に飛びあがっていた。


「真似するな!」

「あなたの方でしょう!」


 中空で言い合いをする。それほどまでに初対面同士のはずなのに二人の息は揃っている。おそらくその流れが一番の攻撃方法なのであろう。だからこそ鏡合わせのような動きとなっているのだろう。


 ザン!


 それぞれが互いに文句を言い合いながら《独りでに動く物》の肩に得物を突き刺す。


「二人とも、どけ!」


 そう叫ぶレフィカルの手の中にはサッカーボール大の光球が浮かんでいた。


 ザッ!


 全体重をかけて、前後に倒れる桜花と永遠。退く駄賃に、と長く鬱陶しい腕を断ち切ると、左右に散った。


 ドスン!


 派手な音を立てて、地面に落ちる両腕。


『ごぉぉぉぉぉぉぉん!』


 まるで痛みを感じているかのように叫び狂いながらそのまま突進してくる。


「最後の足掻きか」

 光球を中空で掴む両手を右の脇腹まで引く。

「だが、これで終わりだろ」

 下手投げで光り輝く破滅の球は無造作に突っ込んでくる《独りでに動く物》めがけて飛んでいく。


 ドン。


 身体にぶつかった瞬間、世界が光に包まれた。


「半端ないな……」

 と同時にレフィカルが光の球を使い始めてから意識が朦朧としていた夜叉がそう呟いたまま、バタン、と何の受け身も取れずに地面へ突っ伏してしまった。


「わさちゃん!?」


 慌てる永遠の声。


「失敗したな」


 申し訳なさそうなレフィカルの声。


「まさかこんなに消耗してしまうとは……忘れていた」


 何か重要なことを言っている気がするが、もう既に夜叉の意識はほぼ皆無で、何も理解できない。


「情けない」


 馬鹿にしたような桜花の声。


 情けないって……


 最後にどうにかツッコむ夜叉。そのまま暗闇の中へと堕ち込んでいった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ