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愛情の記憶  作者: ぐれこ
最終決戦
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三年前

三年前の事件の日。サクマと戦った後、俺はレオナの所へと向かった。この頃俺は既にレオナの部下だったが、この日は現場に着いてからずっと別行動だった。どうせあの人は一人にしたって殺されるわけがないし、いざ俺に用があれば適当に呼び出す。

もう生きている人間はほとんど逃げたようで辺りはすっかり静かになっていた。見上げると、半壊しながらもなんとか残っている対策チームの本部の建物の一部が見える。

襲撃に参加した魔族側も撤収し始めていた。サクマに撃たれて負傷した足を引きずりながらレオナを探す。

手に付いた誰かの血を舐める。多分サクマのだろう、と思いながら。…微妙に、味がおかしい。首を傾げながらも飲み込む。決して不味いわけじゃない。だが、どことない違和感。

今思えば、半分魔族の血が混じっているのだからまともな人間の味がしなくて当然だった。


「ダイゴ」


その時、聞き慣れた声がして顔を上げた。視線の先、瓦礫の向こうにレオナがいた。さっきこっちの方でやたら大きな爆発音がしたと思ったが、レオナがやったのか。


「…レオナ様。探しましたよ。」


少し呆れながら歩み寄ると、レオナの足元に誰か倒れていることに気がついた。

随分気の優しそうな顔をした男だった。出血の量からして死んでいるのかと思ったが、微かに、ほんの微かに息がある。


「この子運んで。」

「は?」

「屋敷に運んで。私疲れちゃったから持てない。」

「…何する気なんですか?」


俺が聞くと、レオナは華奢な肩を回しながらにっこりと笑った。


「この子、ハイリにする。」



屋敷に着くと、広間に運んできたそいつを床に寝かせた。レオナは汚れた服を取り替える為に一度部屋に戻った。

俺も着替えたかったが、疲れでこれ以上動きたくなかった。床に座り、横で寝ているそいつの顔を覗き込む。

その時、薄くそいつの目が開いた。

少しずつ指が動き、俺の手に触れた。こんなに出血してるのに、まだ目を開けられるほどの気力があることに正直驚いた。


「…俺…ハイリ…に…なれる?」


ひどく小さな声で聞かれて、ぞっとした。何で自分の身にこれから起こることが分かってるんだ。


「お前…何なの…?」

「イオンよ」


レオナの声がしてハッとする。階段を降りてきたレオナが俺の前に立つ。


「最近私のこと探り歩いてたらしいのよね。今回の一番の目的はこの子殺すことだったんだけど…ギリギリ生きてるし、気が変わっちゃった。」


イオンの傷口を撫で、流れている血を掬い舐める。悪くない、と頷いた。


「…今回も上手くいかないんじゃないんですか?何十人も失敗してるし。」

「そうねえ。まあ、失敗して死んでもそれはそれよ。でも今までで一番術に適応してる子だと思うわよ。生命力強いし。」


レオナは薄く開いているイオンの瞳を覗き込んで笑う。

失敗ばかりだからか、もう成功しようとしなかろうと俺はどちらでもよかった。だが、ここまで重傷でも目を開けている異常なまでの生命力と、自分がハイリになりかねないことを分かっている情報力からして、こいつがただ者ではないことは分かった。おそらく対策チームでも相当優秀な奴なのだろう。


「じゃ、さっさと始めましょう。ダイゴ離れてて。」

「…はい。」


俺に触れていたイオンの指を最後に軽く握り、手を離す。なんとなく、こいつなら大丈夫な気がした。

イオンの横にしゃがんだレオナが不意にイオンの耳に付いた魚の形のピアスに触れた。やや焦ったように震える指でイオンが耳を押さえる。


「…外さないで…ください…」

「…好きな子にでももらったの?」


イオンは小さく頷いた。さっきより呼吸が浅い。さすがにこのままだと死ぬ。

「分かった」とレオナは仕方なさそうに答えて耳から手を離した。

それから、イオンの胸に手を当てる。


「いくわよ。」


レオナの手に力が入り、指の隙間から黒い光が漏れる。闇を呼び寄せている。空気が明らかに嫌なものに変わった。

そこからは一瞬だった。上から降ってきた大量の闇がイオンの体に飛び込む。魔族として生きていても滅多に見ない量だった。

イオンが固く目を閉じ、体が痙攣する。


「ダイゴ」


呼ばれて傍に寄る。この段階で体内に入った闇が暴れるのに耐え切れず体が破裂するような奴がほとんどだったが、どうやらその段階は乗り切れそうだった。闇を吐き出しかけたイオンの口を押さえる。


「そのまま押さえておいてね。」


レオナの唇がイオンの首筋に滑り込む。歯を立て、体に残っていた血を全部飲んだ。

唇を離すと、首筋の傷口に爪を立て、何やら唱える。契約の時の術で、俺も契約する時は首を噛まれている。


「さて…どうかしらね」


イオンの首筋にレオナの紋章が浮かび上がる。契約まで出来たのは久々だ。ここまで辿りついても死んでいたり、闇に取り憑かれて使いものにならない奴もざらだった。


少しして、イオンが目をぼんやりと開いた。吸い込まれそうな、濃い青色の瞳。


「…………誰……」


無感情な顔でイオンが呟いた。俺のこともレオナのことも、全く見たことないといった顔をしていた。

記憶が、飛んでいる。


ある意味失敗のような気もしたが、これはこれでレオナからすると好都合だった。魔族の体にされて反感を買うより、記憶を失くしていた方が自分の思い通りの設定を植えつけられる。


「おはよう、ハイリ。」


レオナは微笑んでイオンの髪を撫でた。


「…ハイリ?」

「あなたの名前。」


イオンはレオナの事を不思議そうに見つめていた。魔族になった為に体の傷はもう治っていた。のろのろと起き上がり、辺りを見回す。


「ハイリ。」


再びレオナが呼ぶ。その声が深い執着の念を伴った愛しさを帯びていて寒気がした。

レオナに抱き寄せられ、きょとんとしたままイオンはレオナに寄りかかった。


反抗心は全くないようで大人しくしていたイオン、もといハイリが無意識にピアスに触れた。

大事そうに指先で撫でるその仕草に愛情を感じて、目が離せなかった。


そのイオンの姿を見ていて、不意にその時にはもう会わなくなったエミカのことを思い出した。イオンにも誰かしら大事な奴がいたのかと思うと、放っておけなかった。



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