ホストクラブ
夜の繁華街は危ない空気がする。前を歩くサクちゃんの後を必死でついていく。
正直ワクワクしていた。調査なんてついていくのは初めてで、警察みたいで面白い。そしてそれ以上にホストクラブなんて煌びやかな所に入れるのが楽しみだった。
「勝手に動いたりするなよ。」
サクちゃんが念を押すように言った。サクちゃんの隣まで追いつき「分かってる」と笑う。
「魔族じゃなくたって、こんな夜の街危ないから。」
「サクちゃん過保護すぎ。私もう17だよ?」
「17だから言ってるんだろ…」
呆れているサクちゃんの肩を「大丈夫大丈夫」
と叩く。サクちゃんはいつだって生真面目で、心配性だ。
目的のホストクラブ"SUGAR"は繁華街のど真ん中のビルにあった。調査だと言うと派手な店内に通され、店のオーナーに空いている席に案内された。
「すみません、事務所今物で溢れかえってて通せないんですよ。店自体は綺麗にしてるんですけど裏は汚くて…。騒がしくて申し訳ないんですがここでいいですか。」
「はい。会話出来れば充分です。」
なかなか繁盛しているようで客も多い。煌びやかな店内を眺め回しているとサクちゃんに腕を叩かれた。無言で睨まれてハッとし、背筋を正す。
「じゃあ少しお話を伺いたいんですが…」
サクちゃんがオーナーと話している間、しばらくは横で真剣に話を聞いていたのだが、だんだん退屈になってくる。
サクちゃんにバレないように目線だけで店内を見ていると突然「ごめんね〜」と女性の猫なで声がした。騒がしい店内でもなかなか目立つ声でサクちゃんも少しそちらに目を向ける。
見ると、一人の女性がホストに謝っていた。謝ると言っても軽い調子で、やや酔っているのか声が甘ったるい。
「会いたいって言ったの私の方なのに…なんかこの間の記憶がなくってえ、気づいたら約束の時間すっかり過ぎててえ」
「大丈夫、俺いつでも時間作れるしまた今度でも…」
その様子を見ていたサクちゃんが「ちょっとすみません」と席を立つ。記憶がない、という話に反応したらしい。
女性とホストはサクちゃんに気づくとやや不審そうな目でこちらを見た。
「すみません、魔族対策チームのサクマと申します。最近この辺りで魔族の被害が多発してるんですがお話聞かせてもらえますか。」
サクちゃんに声をかけられて二人がオーナーの隣に来る。
その時、女性と話していたホストと目が合った。毛先を少し遊ばせた茶髪が遊び人の雰囲気を出しているが他のホストに比べるとあまり派手ではない。目が合って微笑んだその顔が和やかで不思議な感覚になる。
「失礼ですが、首元を見せてもらってもいいですか?」
「え〜〜」
サクちゃんに言われて見せるのを躊躇う女性。その女性の顔をホストが覗き込む。
「見せてあげなよ。本当に魔族に噛まれてたら大変だよ?魔族に気に入られたら吸い殺すまで付きまとわれるって言うじゃない。」
ホストの説得を聞いていたサクちゃんは「詳しいんですね」と冷めた目でホストを見つめた。
「これだけ世間で魔族の被害多かったら俺みたいな奴でも興味持ちますよ。あ、俺ナオっていいます。」
「…それは源氏名ですか?」
「うん。」
真剣なサクちゃんとホストの間に流れる空気の重さにギャップがありすぎて面白い。ホストの口調はとことん軽い一方でサクちゃんはいたって真剣だ。
「本名は?」
「え〜…言っても平気ですか、オーナー。」
オーナーが頷いたのを確認してホストは私達に向かって笑った。
「ミズキっていいます。女みたいな名前でしょ。」
肩をすくめるミズキとまた目が合う。その目が一瞬金色に光った気がして、つい何度か瞬きする。金色に見えたのはその一瞬だけで、もう普通の色に戻っていた。気のせいか、と思い目を逸らす。
話を戻して女性の首元を見ると、小さな噛み跡があった。女性自身も驚いていて、サクちゃんはまず女性の方に話を聞くことにしたらしい。
サクちゃんが話を聞いている間また店内を見回していると、いつの間にかミズキが隣に来ていた。
「若いね、チームの子なの?」
近距離で見つめられて戸惑いながらも「はい」と頷く。
「17歳です。…リカコっていいます。」
「17!?え、17でチームの仕事してるの?」
「いえ、私リーダーの娘で……今日はただの見学程度について来ただけなんです。」
「へえー」と驚いたようにミズキが私をまじまじと見る。反応の大きさも、さすがホスト、といった感じだ。
「えらいねー。退屈じゃない?」
サクちゃんの横で「退屈だ」とは言えないがサクちゃんは今女性への聞き込みで私のことは気にしていない。
「実はちょっと退屈…」と小声で言うとミズキは笑った。
「じゃあ暇つぶしする?」
「え」
私が返事をするより早くミズキが立ち上がりオーナーに声をかける。
「この子に店内見せて回っててもいいですか?」
「いいけど…裏はまだ掃除できてないから連れていくなよ」
オーナーに許可をもらいミズキが私に手を差し出す。サクちゃんの視線が気になりその手を取れないでいると、ミズキは今度はサクちゃんに笑顔を向けた。
「10分もしないで戻ってきますから安心してください。」
有無を言わさずミズキが私の手を取る。心配そうに私を見たサクちゃんに「ごめんね、すぐ戻ってくる」と申し訳程度に言って席を離れる。
ミズキに連れられながら歩く店内はとても広く感じた。さっきは真っ直ぐ入り口近くの席に向かってしまったが、奥の方まで見るといくつも席があって、どこも騒がしい。
「17だもんね、本当はまだこういう所入れないよね。」
笑って言うミズキは人気者のようで歩いている間に何人もの客に声をかけられていた。その度に軽い調子で返すミズキは手慣れていて、一つ一つに時間はかけずにどんどん進む。
「…ミズキさんすごいんですね…住む世界が違うって感じ。」
「そりゃ夜の仕事の俺と真面目な対策チームじゃ世界が違うでしょ。リカコちゃんこういう所好きなの?さっきから興味津々だけど。」
言われて「えっ」と戸惑う。確かに店内の煌びやかさに釘付けになってしまっていたが。
「…自分じゃ入る勇気ないけど…キラキラしててすごいなって思います。」
「リカコちゃんも大人になったら来てみるといいよ、楽しいから。真面目なチームの人とずっと一緒にいてもつまらないでしょ?」
そう話しながら店の奥まで辿り着くとミズキはドアを開け、裏の通路に出た。
さっきオーナーに裏には行くなって言われてなかったっけ、と思っているとミズキがこちらを振り向いた。
「大丈夫、通り道に使うだけだから。」
「通り道?」
ミズキと目が合った瞬間、ドキリとして手を離しそうになった。でも、気づいた時には手を離すことが出来なかった。それどころか、体全体が動かない。
私を見るミズキの目。
その目が今度こそ、ハッキリと金色に変わる。
「リカコ」
さっきのホストらしい微笑みとは違う、怪しい笑顔を浮かべて私を呼ぶ。
「ちょっと、いいかな。」
動かない私の体は、ミズキに手を引かれるとあっさり動いた。自分の意思では動けないのに、ミズキに引っ張られるとそのまま足が動く。
抗えないまま通路を進み、ミズキは外に続く裏口のドアを開けた。