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愛情の記憶  作者: ぐれこ
ハイリとイオンの真実
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校舎裏の昼休み

教室の前まで来ても、なかなか扉を開けられずにいた。廊下ではまだ知り合いには会わなかったけれど、なんとなく人の視線を感じていた。昨日あれだけ目立ってしまったのだから、注目されるのは当然なのかもしれないが。

何度も深呼吸して扉に手をかけるが、開けられない。葛藤していると、不意に横から視線を感じた。

見ると、ヤエちゃんが隣のクラスの扉の前に立ったまま私を見つめていた。


「ヤエちゃん……おはよう…。体大丈夫?」


どうにか笑顔を作って声をかけるが、ヤエちゃんは何も答えなかった。さっさと自分のクラスの扉を開ける。

その瞬間、他と同じように騒がしかった隣のクラスが静まりかえった。その静けさにぞっとする。

だがヤエちゃんは堂々と教室に入り、自分の席についた。荷物を整理すると何も気にしていないように机に伏せて眠ってしまう。


すごい、と素直に思ってしまった。ヤエちゃんは寡黙ではあるが、私より堂々としていて、意志が強い。関心しながらも自分は同じようにできるのか、不安で仕方なかった。

ハイリに言ってもらった「大丈夫」の声を思い出す。私なら、絶対大丈夫。

嫌でも行くしかない。意を決して扉を開いた。

顔を伏せながら教室に入り、どうにか席につく。教室が少し静かになった気がして、顔を上げられない。


「…リカコ。」


前の席から声がして顔を上げる。例の男子が私を見ていた。


「昨日大丈夫だった?」


いつも通りの声に安心する。「うん」と頷き、どうにか笑う。

そうしているうちにいつもの友達が私の周りに集まってきた。


「昨日すごかったよね。怪我なかった?」

「対策チームってあんなに動けるんだねえ。」

「てかあの黒いの何だったの?」


意外にも批判的な言葉がなくてホッとした。むしろ皆魔族や闇に対する知識が私よりも少ない。

安堵しながら話していると、不意に一人の女子が口を開いた。


「あのヤエ?って子は、何者なの?」

「え?」

「なんか闇吸いこんだじゃない、あれの方が怖かった。」

「あ、分かる。あの子人間?」


皆の話がヤエちゃんの事に逸れて冷や汗が出る。確かに、何も知らない人が見たらあんな能力奇妙だろう。

だがヤエちゃんを批判する方向に話が流れてしまうのは心苦しい。


「にっ…人間だよ!ヤエちゃんはっ…」


つい声を張り上げると教室中の注目が集まってしまい、慌てて声を抑えた。


「ヤエちゃんは…いい人だよ…。助けてくれようとしたんだから…。」


説得しようとするとしどろもどろになってしまう。どう話していいのか分からず、言葉に迷っていると一人が微笑んだ。


「リカコがそう言うなら、そうなんじゃない?まあ、ちょっと不思議な子だけど。」


その言葉で話がまた闇のことに戻る。安心して椅子に背を預けた。

思ったより私の方は批判されない。…となると、心配なのはやっぱりヤエちゃんだ。隣のクラスにヤエちゃんが入った時のあの雰囲気。

このまま私だけが安心しているわけにはいかない。




「ヤエちゃん!」


昼休みになるのを待って隣のクラスに飛び込む。いつも通りの真顔でヤエちゃんが私の方を振り向くと同時に、教室中の視線も私とヤエちゃんに向けられる。

その視線を気にしないようにしてヤエちゃんの方に駆け寄る。


「お昼、一緒に食べよう。」


私が言うとヤエちゃんが「は?」と聞こえるか聞こえないかギリギリの声で呟いた。


「私、まだヤエちゃんと話したい。」


一方的に言って、ヤエちゃんの小さな手を無理矢理掴んで教室から引っ張り出す。廊下を歩いている間ヤエちゃんは戸惑ったように私の手を振り払おうとしていたが、途中で諦めたように素直に私についてきた。

校舎裏に出ると、昨日と同じように並んで座る。


「ヤエちゃん、お昼ご飯は?」

「…いつも食べない。食欲ないし。」


私が無理矢理連れて来てしまったために教室に置いてきてしまったのかと思ったが、そうでもないらしい。肩にかかった髪を気怠そうに払う。


「じゃあ私の食べる?いつもはコンビニでパンとか買うんだけど、今日はサクちゃんにおにぎり作ってもらったんだ。」

「いらない。…サクちゃんって誰。」

「昨日もいたチームの人だよ。ヤエちゃんも話したでしょ?本当はサクマっていうんだけどね。サクちゃんがおにぎり作ってくれるの珍しいんだよ。不器用だから三角に作れなくてね、いつも丸なの。」

「…ああ、あの魔族の人?」


べらべらと話す私には目も合わせないまま、ヤエちゃんが答える。一瞬素直に頷きかけたが、寸前で「えっ」と動きを止めた。


「………サクちゃん、魔族って…」

「……そうでしょ?」


絶句する私にようやく顔を向けると、ヤエちゃんが言う。


「普通の人が私がどれだけ闇吸い込んだかなんて見えるわけないじゃない。魔族だってこと隠してるつもりなら発言に気をつけた方がいいわよ。」


確かにそんなことを昨日言っていた気がする。その発言からそんなことまで気づいたヤエちゃんもすごいが。


「…サクちゃんは、厳密には半分魔族で半分人間なの…。でもほとんど人間として生きてきてて、生き血も最近まで全然吸ったことなくて」

「別に庇わなくていいわよ。悪い人だと思ってないから。」


あっさりと言いながらヤエちゃんは校舎の壁に寄りかかった。本当にサクちゃんが魔族であることは特に気にしていない様子だった。

ヤエちゃんの手に無理矢理おにぎりを持たせて、私はもう一つのおにぎりに齧りついた。


「…また何か気にしてる?」


ヤエちゃんに聞かれて私は顔を上げた。目が合って、本題をどう切り出すか迷う。


「……早く言ってよ。」

「……私が魔族対策チームの娘だってこと…気にはされたけど、何も批難されなかった。」

「良かったじゃない。」


気怠い表情のままヤエちゃんもおにぎりを齧る。


「…でもヤエちゃん…は…」

「化け物扱いだけど?」


真顔のまま自嘲気味に言う。私が思わずヤエちゃんの顔を見ると、ヤエちゃんも横目で私を見た。


「でも別に…、気にならないし。大勢の前で能力使ったんだから、そんな反応されて当然。」

「でもそんなのっ…!ヤエちゃんは助けようとしてくれたのに!」

「助けようとか綺麗なこと考えてないわよ。暴れたら面倒だから吸い込んだだけ。」


必死な私とは対照的にヤエちゃんは冷めていた。周りのことなど興味ない、といった様子で平然としている。


「なんであんたがそんなに必死になってるのよ。あんたがパニック起こすとまた私に迷惑かかるんだけど。」

「…ヤエちゃんに、私と同じ目にあってほしくない。」


私が俯くとヤエちゃんは呆れたようなため息をついた。


「そんなこと言われても、あんたの 辛いこと と私の 辛いこと は同じじゃないでしょ。私はあんたがされて嫌なことは大して嫌じゃない、ていうか興味ない。私は自分の寿命があとどのくらいか、ハル(にい)に迷惑がかかるかどうか、そこが最重要。周りの目とかどうでもいい。」


きっぱりとした口調で言うとおにぎりを全て口に放り込み、軽く両手を払った。

飲み込むとさっさと立ち上がる。


「ごちそうさま。サクマさんにもお礼言っておいて。」

「待っ…てっ」


校舎内に帰ろうとするヤエちゃんを急いで引き止める。ヤエちゃんはまだ何かあるのか、と言いた気な目でこちらを見た。


「それでも私…ヤエちゃんが悪く言われるのは嫌だ…。」

「…それで?」

「…また、お昼一緒に食べよう…?」


私が言うと、ヤエちゃんはしばらく黙って私を見つめていた。何か答えてくれるのを期待したものの、何も答えず校舎内に入っていってしまった。

一人取り残されて私はため息をつくと、その場に座りこんだ。

相変わらず素っ気なくあしらわれてしまったが、それでもお昼にはまた誘うつもりだった。あんな空気の教室に、ヤエちゃんを一人で置いておけない。




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