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愛情の記憶  作者: ぐれこ
ハイリとイオンの真実
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体温

温かい手が頬に触れる感覚に目を覚ます。自分の体がひどく冷えていることに気づいた。

薄く開いた視界にエミカの顔があって、安心している自分がいた。


「……エミカ…」

「…ダイゴ。」


エミカは泣き出しそうな顔で微笑むと冷えた俺の体を抱きしめた。無意識に首筋を噛みそうになって慌てて唇を噛む。


「…何でここにいるの?」


掠れた声で聞いてみる。エミカの向こうに見える景色はまだ監禁されている部屋のままで、正直このエミカが幻覚にすら思えた。


「ごめんね。来ちゃった。」


細い指で俺の髪を撫でる。一度顔を上げると、横に目を向けた。


「…大丈夫なんですか…?」

「致命傷じゃないから平気。大量出血してるから弱ってるだけよ。」


エミカの問いに答えるその声に、一気に現実感が増す。顔を上げる気力もなかったが、憎たらしい白い姿が俺を見下ろしているのが見なくても分かる。


「….生き血飲ませちゃ駄目なんですか?」

「…試してみる?これだけ弱ってる魔族に血吸わせて、吸い殺すかどうか。」


レオナに言われてエミカの顔が一瞬強張る。五年前のことがトラウマになってないわけがない。むしろ俺がトラウマになっているのだから。


「……エミカ、いらないから。平気。」

「でも…」

「……大丈夫。エミカは、大人しくしとけ…。」


レオナに何を言われて来てしまったのか分からないが、挑発に乗ってしまっては困る。無事に帰ってもらうためにも、手を出されるわけにはいかない。


「…つまらないわね。」


レオナは口を尖らせて呟くと部屋を出て行った。

エミカは俺の隣に座り、肩にもたれかかった。


「…寒いよ、ここ。」

「平気。」


正面に俯いて眠っているミズキが見える。傷だらけだがまだ息はあるようで安心した。

隣のエミカの温かさに安心して、久々にまともな眠気がやってくる。





朝になり、学校に行く前にハイリの所に行くと、ハイリは既に起きていた。そもそもあの後眠ったのだろうか。


「おはよう。」


私が声をかけると、ハイリは少しだけ笑った。ちゃんと起き上がっている様子からして、体調は良さそうだった。


「傷、平気ですか?」

「平気。もうほとんど傷ない。対策チームの武器使われたわけじゃなかったからね、治り早いよ。」


シャツを少し捲って傷を見せてくれる。まだ少し傷跡はあるがほとんど治っていた。


「…魔族って普通の傷は早く治るけれど、痣とかって治らないんですか?」


また赤い痕が気になって、なるべく自然に聞く。ハイリは少し考えるように首を傾げた。


「…確かに、切り傷とか明確に血が出る傷はすぐに治せるけど、痣とか微妙なものはすぐには治せないね。なんでだろ。」

「…イオンなら知ってるかもしれないですね。生態研究専門でしたし。」


私が言うと、ハイリも黙って頷いた。

イオンは何でも知っていた。魔族に関することだけじゃなくて、美味しいご飯の作り方とか、効率のいい掃除の仕方とか。キユウさんに「主婦かよ」と、つっこまれるくらいには。


「リカコ、これから学校?」


イオンのことを考えて暗い顔をしている私を気にしているのかいないのか、ハイリが話題を変える。


「これから…だけど、…」

「………けど?」


憂鬱な気持ちを隠しきれず口ごもってしまう。昨日あれだけの騒動があった後で、皆と顔を合わせづらかった。

私の顔を見つめていたハイリが、ふと私の手を握る。


「…何かあったの?」


心配そうに聞くその声がイオンと同じでつい泣き出しそうになる。潤んだ私の瞳をハイリの指が撫でた。


「…いいよ、話してみても。イオンだと思っていいから。」


強く握ったハイリの手が温かい。泣くのを必死に堪えながら口を開く。


「…昨日、高校の人に…私が対策チームのリーダーの娘だって…ばれて…。私、中学の時リーダーの娘ってことで苛められてたから、なんていうか……怖くて…。今日学校行ったら、何か言われるんじゃないかって…。」


震える声で話す私の手をハイリが何度も握り直す。昔イオンの前でこの話をして泣いてしまった時、ずっと傍にいてくれたことを思い出す。


「対策チームのことはすごく好きなんだから…もっと堂々としてそんなこと怖がらなくていいってことも、分かってるんです。…でも、どうしてもあの頃みたいになりたくなくて…。もっと強くならないといけないんですけど」


ハイリの顔を見ていられなくて目を閉じる。すると手を引っ張られ、倒れるようにしてハイリに抱きしめられた。


「…大丈夫。」


耳元でハイリの声がして緊張してしまうが、温もりに安心した。


「リカコなら、絶対大丈夫。」


無責任に投げかけるわけではなく、言い聞かせるように言う。

イオンのようにしっかり慰めてくれるわけではないが、自然と不安が治っていく気がした。


「………ありがとう。」


掠れた声でお礼を言うと、ハイリが少し顔を上げた。至近距離で目が合い、動揺で一気に安心感が吹き飛びそうになる。


「……ハイリ、近い。」

「あ、ごめん。」


イオンとは寄り添ったりすることはあっても、こんなに真正面から抱きしめられることはなかった。こんなにくっつきそうな距離で見つめ合ったこともない。

平然としているハイリが不思議なくらいだったが、よく考えればレオナとはいつもこのくらいの距離感なんだろう。

つい不機嫌な顔になってしまった私を見て「何?」とハイリが聞く。


「……何も…。」

「やっぱりイオンじゃないから頼りない?」

「そういう…ことじゃなくて。」


顔を背ける私を見てハイリは首を傾げていたが、やがて「あ」と閃いたように呟いた。

俯くと吹き出すように笑い出す。


「何、嫉妬?」

「嫉妬っていうか、なんか…慣れてるんだろうなあって…。」

「慣れてる…けどリカコ相手とレオナ様相手じゃ訳が違うよ。リカコの方がいい。」


それでもまだ不機嫌な私を見てハイリは再び私を抱きしめた。


「イオンの記憶はないけど、リカコの手握ったり、こうやって抱きしめてたりすると安心するんだよ。レオナ様の傍なんかよりずっといい。」

「本当?」

「本当。」


頷いて、私を腕から離す。「遅刻するよ」と微笑んだ。


「…行ってきます。」


惜しみつつもハイリの手を離す。横に置いていた鞄を持つと、部屋を出た。



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