トラウマ
誘拐されたり貧血だったりでろくに行けてなかった学校に久々に行った。この間休んだ時と同じく散々心配され、その度に「大丈夫」と返しながら過ごしていた。
無事に1日が終わるかと思った時、帰りのHR後に不意に前の席の男子が私の方を振り向き、「ねえ」と話しかけてきた。たまに雑談なんかをする、それなりに仲のいい子だった。
「リカコって魔族対策チームのリーダーの娘なの?」
「えっ?」
突然のことに戸惑い、寒気が背中を走る。否定することを忘れてしまった私の顔を見て、「マジなんだー」と彼が言った。
「二中出身の友達がいるんだけど、そいつにリカコの話したらそう言ってたんだよね。」
「え、私の話って…」
「リカコ、モテるじゃん?なんかお互いいい女いないの?って話になって。それでリカコの名前出したら知ってたんだよね。」
軽い口調からして、私が中学の頃チームの事で非難されていた話までは聞いていないのだろう。だが、いつ誰が中学の時の皆と同じことを考えてくるか分からない。
「全然そんな話知らなかったよー。何で教えてくれなかったの?他のやつには言ってたの?」
「いや、話すほどのことでもないし…、高校の人には話したことないよ。」
「へー、俺第八地区住んでるんだけど昨日も闇の出没情報あったじゃん?いつの間にか収まってたけど。魔族もよくいるらしいし、治安もうちょっとよくならない?」
「うん…、お父さんに言っておくね。」
なるべく自然体を装って話し、適当に話を切り上げて私は教室を出た。一歩廊下に出た途端、どっと冷や汗が吹き出る。
急に周りの人間が敵になってしまったような気味の悪さと恐怖。
寒気を振り払うように早足で廊下を歩いていると、すれ違った女子が私を見て足を止めた。
「……顔色、悪いよ。」
音量は小さいのに、気が強そうな声だった。振り向くと、見覚えのある顔がじっとこちらを見ていた。
唯一同じ中学からここに進学してきた子だった。私やその辺のギャルより可愛い顔をしているが、とても寡黙な子だ。男子がよく「ヤエって明るければ相当いい女なのに。」と話しているのを聞く。この子の寡黙さは中学の時からそうで、私が非難されていた時期も一人黙って、傍観するわけでもなく、本当に興味がない、といった調子だった。
故に、この子の声を聞くのはいつ振りなのだろう。授業で当てられてもいつも小さな声なので、はっきりした声はほぼ聞いたことがない。
なのに、今私に向かって発した声は、随分と通りがよかった。
「え…、あ…、うん。」
動揺しながら私が頷くと、彼女は背を向けて歩いて行ってしまった。心配してくれたのか何だったのか、よく分からなかった。
急いで校門を出る。中学の時のトラウマが頭の中をグルグルと回っていて、息苦しい。
胸を押さえながら帰路を走り出すと、後ろから誰かが追いかけてくるような足音がした。その足音はあっという間に私に追いつき、肩を叩かれた。
思わず肩を震わせて振り向くが、そこにいたのが見慣れた姿で安心する。
「…サクちゃん…。」
「どうした?」
サクちゃんが心配そうに私を見る。私はどれだけ不安な顔をしているのだろう。
「サクちゃん…、なんで…」
「リカコ一人で歩かせると必ず問題事巻き込まれるから、迎えに来た。」
サクちゃんの切れ長の目が更に細くなり微笑む。その顔を見て少し胸の苦しさが和らいだ。
「…で、どうした?葬式みたいな顔して。」
「….….…あの、ね…」
話し出そうとすると、視界が潤んだ。頭の奥が熱くなる。
サクちゃんは一瞬驚いたように目を丸くしたがすぐにまた微笑み、私の頭を撫でた。
「ゆっくり話すか。」
サクちゃんに手を引かれて歩き出す。私が泣いてるせいで歩調はかなりゆっくりだが、サクちゃんは文句も言わず合わせてくれた。
「…私が対策チームのリーダーの娘だって、ばれたの。」
歩きながら、震える声で話す。サクちゃんは前を向いたまま、頷いた。
「…皆に?」
「一人にだけ…。言い振らされてるかわかんないけど…。」
「…そう。それで不安になったのか?」
私が俯きつつ頷くと、サクちゃんの優しい視線が私に向けられた。
「リカコ優しいもんなあ。対策チームのこと悪く言われるの嫌なんだろ?昔イオンに聞いた。」
「うん…、嫌だ。」
「ありがとう。…大丈夫だよ、中学の時より周りだって精神的に大人なんだし、あの頃みたいに無闇に罵る奴なんてそんなにいないだろ。」
対策チームがしっかりしないから。うちの家族が死んだのはチームがすぐ動かなかったから。
やたらとチームのせいにされて、苦しかったあの頃。負けたくなくて学校には毎日通っていたが、帰ってくる度泣いていた。
「….俺らも、もっとしっかりするから。チームの実力が全然足りていないのは本当だし、結果出せるように頑張るしかない。リカコが、堂々とリーダーの娘だって名乗れるようにな。」
サクちゃんらしい生真面目な言葉に繋いだ手を強く握る。
「…無理しないでね。」
私が呟くように言うと、サクちゃんは笑って頷いた。
「…ちょっと落ち着いたか?」
少し黙って歩いてから、サクちゃんが聞いた。サクちゃんの顔を見上げると、和やかに微笑んでいた。
「…闇消えたな。」
「え?」
「薄い闇がお前についてた。人間には見えない程度の弱いやつだったから様子見てたけど、自然に消えたな。」
淡々と話されて、絶句してつい立ち止まってしまった。そんなものまで見えるのか。
「…早く言ってよ。」
「リカコの心の問題だから無理にポジティブにさせても良くないだろ。消えたからもう大丈夫。」
楽観的に言うサクちゃんを軽く叩く。そのまま私についている闇が凶暴化したらどうするつもりだったのだろう。
「悪かったって。リカコならちょっと落ち着けば大丈夫だと思ったんだよ。好きなもの買ってやるから機嫌直せよ。」
「……プリン。」
私が目を合わせないまま言うと、サクちゃんは吹き出すように笑った。
「了解。キユウの分も買わないとだな。」
それを聞いて私もつい吹き出すように笑った。
私の昔からの好物。まだそんな子供っぽい物好きなのかよ、といつだかキユウさんに罵られたが、当のキユウさんは私の倍の量のプリンを毎日のように食べている。
サクちゃんと手を繋ぎ直して、再び帰り道を歩き出す。確かに自分についていた闇が消えたのか、少し気持ちは軽くなった気がした。




