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愛情の記憶  作者: ぐれこ
リーダーの娘
3/60

密会

その日、時計が2時を回りかけた頃、対策チーム本部内が騒がしくなった。何人かが廊下を駆けていく音がして眠っていた私は目を覚ます。



最近夜の魔族関係の事件情報がやたらと増えた。夜に被害が出ればもちろん夜のうちに被害捜査が始まる。前までは昼の被害も夜の被害も同じくらいの件数だったのに、今は夜の被害の方がずっと多い。魔族の活動時期がまとまって夜になった、と考えるのが妥当だが最近のこの騒ぎはどこかおかしい。



部屋の扉を開けると、丁度サクちゃんが通りすがった。私を見て「起きちゃったか」と眠そうな目をこすって言う。


「またなの?」

「ああ。…ここまで来ると同一犯かもなあ」


手に抱えている書類に目を向けながらサクちゃんが言う。


「同じ人が2、3日おきに10人とか20人も殺してるの?それいくら魔族でも異常なんじゃ…」

「異常だな。大体こういう奴は魔族の中でもイカれてる。」


最近の夜の事件の中でも特に問題視されているのが、この大量殺人の件。深夜に短い時間の中で10人から20人の人が血を吸い殺されている。それも月に一度や二度ならまだしも、2、3日おきに同じような事件が起きている。


「集団で一斉にたくさんの人襲ってるってことは?」

「噛み跡が全部同じだ。それはない。」


即答してサクちゃんは髪をわしゃわしゃと掻く。欠伸を噛み殺すと疲れたように息をついた。


「リカコは早く寝ろ。明日も学校だろ。」

「…うん。頑張ってね。」

「ありがとう、おやすみ。」


サクちゃんは眠そうにしながらも微笑んで、廊下の向こうに歩いていった。

サクちゃんがどこかの部屋に入ったのを見届けてから私はそっと部屋から抜け出す。誰か他の職員にすれ違わないか細心の注意を払って廊下を進む。



廊下の奥に地下に降りる階段がある。普通の事務職員なら滅多に使わない階段だ。私がここを度々降りていることを、サクちゃんもキユウさんも知らない。

地下にあるのは、とても特別な部屋。


もう消灯してしまっている階段は暗くて降りづらい。足元に気をつけながら降りていくと、暗闇の中に扉が見えた。横に暗証番号を打ち込む機械がついていて、そこに番号を打ち込まないと開かない仕組みになっている。担当の職員しかその番号は知らないが、私は以前職員が打ち込んでいる所を盗み見てその番号を知った。

機械に触れると、ピ、と音がする。上の階の職員に聞かれると面倒なのでなるべく素早く番号を打つ。ガチャ、と鍵が開く音がした。



少し重い扉を開いて中に入ると、中も真っ暗だった。正面のガラスの壁の向こうで、誰かが動く気配がする。起きていた。

部屋の電気をつけると、その人は既にガラスの壁の前で椅子に座っていた。私を見てニイ、と笑うその唇の隙間から牙が覗く。


「こんな時間にどうしたの、リカコちゃん。」


紫色の瞳が私を見すえる。

私もガラスの壁の前まで椅子を引きずってきて座る。


「こんばんは、アキノさん。」




最初は興味本意だった。二年ほど前からその部屋に職員がたまに出入りしている所を見かけるようになった。その職員の中にはサクちゃんもいたと思う。番号を盗み見た私はある日、サクちゃんもキユウさんも出払っている隙を見て番号を打ち込んだ。



開いた扉の向こうにいたのは、魔族だった。



アキノさん。対策チーム本部で唯一保護している魔族。保護と言えば聞こえはいいが、隔離して魔族に関する情報をチームに提供させることが目的だ。部屋は警察署の面会室のような感じで、ガラスの壁を通して会話が出来るようになっている。ガラスくらい魔族なら簡単に壊せそうだが、手首に付けられている腕輪によって魔族の能力は使えないようになっていた。

髪が女性の様に長く、その髪をよく後ろでポニーテールのように結んでいる。端正な顔立ちと相まって最初は女性かと思っていた。

元々対策チームには昔から目をつけられていた、かなり戦闘能力に長けている魔族だったらしい。だが、お気楽そうな性格を知れば知るほどその話を信じがたい。

いつしかお喋り好きなアキノさんにつられて私も定期的にアキノさんに世間話をしに来るようになっていた。




「最近大量殺人が多くて…同一犯だってサクちゃんは言ってるんですけど」

「最近上の階が騒がしいのはそのせい?嫌だね、俺もうるさくて眠れないんだよね。」


言いながらアキノさんは輸血用の血液パックを飲んでいた。もちろんここにいる以上生き血は吸えないのでこの人の食事はいつもこれだ。


「俺も色んな人の吸って飲み比べしたことはあるけど、それで殺しちゃったら勿体無いよね、美味しかったらまた吸いに行けばいいんだし。吸い殺す奴の気持ちはわかんないなあ。」

「吸い殺したことないんですか?」


私が聞くと少し悩むように首を傾げ、片目を閉じて笑った。


「あるね。お腹空いてると勢い余って殺しちゃう。」

「勢い余って、じゃ済まないですよ…」

「でもまあ、流石に連続で吸い殺すのは体力的にも胃にも限界があるからね。一晩で20人はさすがに正気じゃできない。」


ということはやっぱりサクちゃんの言う通り異常なのだろう。ふうん、と私が頷くと「で?」とアキノさんが聞いてくる。


「リカコちゃんはどうしてその事が気になってるの?リカコちゃんには関係のない話なのに。」

「……一応、不安ですし…サクちゃんもキユウさんもその事でお疲れ気味だし…。でも私リーダーの娘とはいえ魔族の知識は皆無なので何も役に立てなくて…。」

「……優しいねえ」


本心なのか面白がっているだけなのか、口端を吊り上げて笑う。


「それで俺の所に魔族の勉強しに来たの?」

「そういうわけでは…」

「ちょっと昔までは俺に夏休みの宿題手伝わせてたのに、そんな優しい子に育っちゃって」


昔の話を掘り返されて私は「うっ」と言葉を詰まらせる。昔と言っても二年前だが。

アキノさんは意外と頭がいい。一応中学生までは普通の人間として学校にも行っていただけあって普通に勉強ができる。だからよく学校の勉強の相談もアキノさんにしている。


「でも最終的にチームのリーダーはリカコちゃんが継ぐんじゃないの?」


不意に言われて私は目を丸くする。そんな事は考えたことがなかった。


「継ぐなら魔族についてもっと知っとくべきだね。自分の身を守るためにも知って損はないよ。」

「じゃあ…アキノさんが教えてくれますか?」


結局アキノさんに教えてもらおうとしていた。

アキノさんは「そうだなあ、」と軽い調子で悩むように顔を逸らす。空になった血液パックを放って結んでいた髪をほどく。長い髪がほどかれた勢いで頬や肩にかかる姿がどこか色気があった。


「…教えたらさ、」


頬杖をついて私を見るその目が怪しく光る。何か思いついたような、いたずらっ子のような顔をする。


「いつか俺がここから出た時、リカコちゃんの血吸わせて。」

「え」


吸われることに抵抗があるわけではないが、自分が血を吸われることが想像できなかった。

つい固まってしまうと、アキノさんがフッと笑う。


「じゃあ早速一つ教えてあげるけど、俺の前でそんなに首露出しない方がいいよ。」


言われて咄嗟に自分の首を撫でる。部屋着なのもあって首はかなり露出している。というか、アキノさん相手なのでそんなに気にしたことがなかった。


「私そんなに美味しそうですか?」

「…何で俺がリカコちゃんと会う時ずっと血液パック飲んでるか分かる?」


アキノさんの前に放られた空の血液パックを見る。一滴も残っていないそれが、全てを意味している気がした。


「…まあそんなに心配しないでよ。俺がここから出られるのかどうかも分からないんだし、素直に魔族のことは教えてあげるよ。ただの勉強会だと思ってくれれば充分。」


アキノさんが話している間にもまだ首元を隠している私を見て吹き出すように笑った。


「だから大丈夫だって。リカコちゃんは俺の数少ない話相手なんだから、大事にしてるよ。ここから出れた時楽しみにしてる。」


長く骨張った指でガラスを軽く突く。指は男らしいのに、笑顔の綺麗さと肌の白さでやっぱり男の人には見えない。


「じゃあ…よろしくお願いします。」

「決まりだね。」


上の階はまだ騒がしい。私と同じようにアキノさんに今回の件を聞きに来る職員がいるかもしれない。あまり長居は出来ない気がして私は席を立つ。


「また来ますね。」

「うん。おやすみ。」


軽く手を振って部屋の電気を消す。真っ暗な部屋を一度振り返るがさすがにもうアキノさんの姿は確認できなかった。

扉を開けて外の様子を確認しながら出て行く。


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