捜索
一度本部に戻った後、私は第七地区にあるカフェに向かった。店員の案内を断って、先に入っていたミズキとハイリの元に向かう。
「お待たせしました。」
明るい日差しが入ってくる窓際の席。魔族で暗い場所が似合う二人がここにいることが、なんだか不思議な気分だった。
「リカコ、何か飲む?」
ミズキが自然な口調で聞く。「大丈夫です」と私は微笑んで断り、席についた。
「何か欲しくなったら好きに頼んでいいよ。ホストやってた時の貯金がまだあるから。」
ミズキがホストだったことが既に懐かしく感じる。この短い期間に随分色んなことがあったものだ。あの時襲われかけたのに今平気で隣にいる私も私だが。
お礼だけ言って、改めて本題に入る。
「ダイゴさんに、ある人を探してほしいって頼まれたんです。」
あの時、私とサクちゃんを逃す代わりに頼まれたことを思い出しながら話す。
「名前はエミカ。五年前は第四地区の宝宮大学に通ってたそうですが、今は卒業してるはずです。そして、その人は中学校の教師を目指していたそうです。」
「それだけ?」
私が頷くと、二人はため息をついた。既に諦めかけているのが顔で分かる。
「手がかりそれだけって無理でしょ。その人ダイゴの何なの?」
「…恋人かなって思ってたんですけど。」
私の言葉に二人が驚いてコーヒーが入ったカップを落としかける。
「あいつに?嘘でしょ、それはない!全然女作るイメージない!」
あからさまに取り乱すミズキとは対照的にハイリはすぐに冷静を装いコーヒーを一口飲んだ。
「他にその人に関して情報ないの?」
「その五年前以降会ってないっぽくて…。でも何で私が今、恋人かなって思ったのかっていうと…」
私はさっき本部に行って取ってきた物をバックから取り出した。長方形の少し平べったい箱。
テーブルの上に置いて、開けて見せる。
瞳が緑色の銀色の小鳥の形の飾りがついたネックレス。本部に帰ってから改めて見た時は可愛い、と思ってしまった。
「昨日頼み事された時に一緒に預けられたんです。開けちゃ悪いかなって思ったんですけど…」
「…明らかに恋人へのプレゼントって感じだね。」
横で絶句していたミズキが「高そー…」と小さく呟いた。
私は一度箱を閉じて丁寧に鞄にしまった。
「何で五年前以降会ってないんでしょう?」
「喧嘩でもしたんじゃないの。」
適当に答えるミズキを放って私とハイリは考えこんだ。喧嘩したからって、五年も疎遠になるのか。明確な別れ話でも会ったのか。
「…とりあえずその人探さないとだよね。ダイゴの体調も早く改善させたいし、ちゃっちゃと済ませちゃおう。」
ハイリがそう言って顔を上げた時、私達のいる席の横で、誰かが立ち止まる気配がした。
「………ナオ?」
明らかにこちらに向けられた声に私達は顔を上げた。見ると、席の横に男の人が立っていた。
背が高く、胸板が厚く逞しい雰囲気はあるが、筋肉質な印象をあまり与えない、顔立ちが綺麗な人だった。
私達は一瞬顔を見合わせ、首を傾げそうになったがそこでミズキが「あ」と自分自身を指差した。驚いたように立ち上がる。
「カナト…!?」
「やっぱりナオだよな!?お前今までどこ行ってたんだよ!」
カナトと呼ばれたその人がミズキの肩を掴む。そこでようやく私も思い出した。ミズキの源氏名は「ナオ」だった。源氏名で呼んだということは、この人もホストなのかもしれない。
「お前いきなり店辞めただろ、なんで俺に言ってくれなかったんだよ!」
突然の再会に動揺するミズキは、私達の方を助けを求めるように見た。そこでカナトも動きを止めて私達を見る。
「彼女?」
「違う。知り合い。」
ミズキが否定するより早く私は首を横に振った。こんな奴の彼女にされたくない。
そこでミズキがまた何かを思い出したように手を叩いた。
「カナト!お前宝宮大学出身だったよな!?」
「え?…ああ。」
カナトが頷き、私達は再び顔を見合わせた。これはもしかして。
「エミカって女知らない!?」
「えっ、エミカ?」
ミズキに聞かれてカナトは驚いたように目を丸くした。
「それってもしかして俺らの代のミス宝宮のエミカ?」
ミス宝宮。その肩書きに私達は思わず「え」と驚きを声に出してしまっていた。
「何?探してるの?」
「さ…探してる!そいつ今どこで働いてる?」
「第8地区の中学校で教師やってるって聞いた気がする。」
中学校の教師。目指していた通りなったのか。ミズキは「よし」と呟いて伝票を取った。
「さっさとその中学校行ってエミカってやつにさっきのネックレス投げつけて来よう。何だったらそいつにダイゴに生き血くれるように頼めば体調の問題も…」
「ミズキ。」
つい生き血なんてフレーズを口走っていりミズキをハイリが止める。
とにかくエミカさんの元に向かわなければ始まらない。ハイリも私も席を立った。
「その中学校ってどこにあるんですか?」
「ああ、そんな遠くないし案内しようか?俺暇だし。」
私の問いかけにカナトは軽い口調で答えた。ホスト業で癖になっているのか、ミズキへの砕けた調子とはまた変わり、私には優しく微笑みかける。
「さすが。頼りになるねえ。」
ミズキが自分より背の高いカナトの肩を手を伸ばして叩く。
「歩きながらでも店辞めた理由聞かせてもらうよ。」
カナトは笑いながらカフェの出口に向かった。その後を私達も追いかける。私の後ろで、ハイリが声を潜めてミズキに話しかけた。
「ちゃんと店辞める設定で記憶操作した?」
「…ほとんどの従業員にはちゃんと一人一人退職の挨拶までする記憶植え付けたよ。」
「じゃあ何であの人は いきなり って言ったの?」
ハイリの問いにミズキが少し黙る。
「……カナト、催眠効かないんだよ。何でか知らないけど。」
「え?」
そう話している間にレジに辿り着き、ミズキとカナトがそれぞれ会計を済ませる。
外に出ると、カナトを先頭にして中学校までの道を歩き出した。




