表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛情の記憶  作者: ぐれこ
頼まれ事
24/60

吸血衝動

リカコが部屋を出て行って、サクマは落ち込みながら再び椅子に座った。


「…そんなに気にするなよ。リカコだってただの興味本位だったんだろ。」


キユウに慰められて「分かってるけど…」とサクマは小さく呟いた。

しばらくそのまま項垂れていたが、やがて耐え切れなくなったように立ち上がった。


「…血飲みたい。輸血パック取ってくる。」


勢いのままに部屋を出たが、輸血パックは取りに行かず、自室に戻った。中に入り扉を閉めると、扉に寄りかかるようにして座り込んだ。

荒れたままの部屋を見て、重い息をつく。





イオンは優しいし、その上鋭い。


俺は母方の血が少し強く遺伝していたのか、ほとんど人間として生きてこれた。だが、たまに具合が悪くなると途端に魔族らしい症状が出る。

主に吸血衝動。やはり魔族の血を継いでる以上これは逃れられないようで、普段は吸わなくても平気なのに具合が悪いと血から栄養を摂らないといけないらしい。

魔族はケガ等外部からの刺激には強いが、内部からの異常にはやたら弱い。俺は中途半端な体なのでどちらにも弱く、タチが悪かった。


ある日、ひどい風邪を引いた。前から兆候はあってリカコ達にも心配されていたがそれでも仕事を続けた。そのせいか、ある朝突然立つことも出来なくなってしまった。体が熱くて、力が入らない。

ただの重めの風邪。そう言ってしまえば単純なのだが、ベッド横の鏡を見てそう単純にはいかないことを知ってしまった。

片目の色が黄緑色に光っていた。幼い頃に興味本位で血を舐めてしまった時も目の色が変わったが、それ以来だ。あの時は母さんにも父さんにもひどく怒られた。

喉が酷く乾いていた。まさか、と思い口を押さえる。自分の手を噛んで滲んだ血を少し舐めた。自分のでは意味がないし、この程度では足りない。


チームに就職してから、ここまで酷い風邪にはなったことがなかった。普通の風邪の時はこっそり輸血パックを盗んで飲んでいた。だが今回はそれを取りに行くことも出来ない。


感覚のない手で携帯を掴む。誰に言おう、と一瞬考えた。リカコでもキユウでも、大騒ぎしそうな気がした。説明するのも面倒だった。


気づけば、イオンの番号を押していた。



数分後、イオンが部屋の扉を軽く叩き、開けた。イオンは何も問わず、俺のベッドの横に椅子を引いて来ると笑った。


「珍しいね。サクマがそんなに体調悪いの。」

「……悪い。」

「持ってきたよ。」


布団に顔を埋めたままの俺にイオンが輸血パックを手渡す。何も聞こうとしないから逆に申し訳なくなり、そっと布団から顔を出した。


「……ありがとう。」


ぶっきらぼうになってしまったが、感覚のない手で受け取る。

イオンに支えられながら起き上がり、輸血パックに口をつけた。喉が潤うのと同時に、少し体が軽くなる。


「……綺麗だね。」


俺が血を飲んでいるのを黙って見守っていたイオンが不意に言った。

瞳のことか、と気づくのに時間がかかってしまった。気まずくなり、片目を隠す。


「見せてよ。俺そういう色好き。」

「…嫌じゃないのか。」

「何が?」

「…俺…魔族なんだよ。半分。」


俺からしてみれば重要な告白だったが、イオンは「うん」とあっさりと頷いた。


「分かってたよ。なんとなく。」

「…嘘。なんで。」

「ん〜、勘?雰囲気とか。」


曖昧すぎる理由だが、イオンは素でこういうことを言うやつだった。お堅い理論で動く俺とは違い、感情論で動く。そしてイオンの勘は、よく当たる。


「だからそんなに驚いてない。いいよ、堂々と飲んでて。他の人には黙っとく。」

「……ありがとう。」


その言葉に、安心している自分がいた。人に甘えることを久々に学習した気がした。


空になったパックをイオンに預けて、横になる。まだ熱っぽいが、さっきよりは随分楽になった。


「夜までには目の色とか治ると思うから…それまで他の職員には部屋入らないように言っといてくれるか?」

「うん、分かった。」


風邪で弱っていたせいもあるが、なんとなくイオンには話してもいいかな、と思ってしまった。椅子を仕舞おうとしていたイオンに「なあ」と話しかける。


「…レオナって知ってるか。上流魔族の。」

「ああ…有名だよね。」

「…叔母なんだ。」


イオンは驚いたのかそうでもないのか、「へえ」と頷いた。


「ただ魔族の血継いでるってだけならリカコとかにも話せたかもしれない…けど、レオナと血繋がってるってのが難点でな…。まあ父さん自身がレオナとは縁切ってたからほとんど会ったことないんだけど。」

「リカコはレオナが誰だか分からないと思うよ。」


微笑を浮かべるイオンにつられて俺も少し笑った。


「あの女の血が流れてるってだけで…嫌になる。あいつ殺したくてここ来たようなものだし。」

「…でも叔母でしょ?そんなのちょっとしか血繋がってないよ。」


イオンは楽観的に言って熱っぽい俺の額を叩いた。


「レオナって嫌な女で有名だしね。じゃあ、いつか殺しに行こう。俺も協力するよ。」


イオンから「殺し」なんて言葉が出てきて、その似合わなさに笑ってしまう。

まさかこの時は一年後あんな事になるなんて思ってもいなかった。




イオンは、あの時も全部分かっていたんじゃないか。レオナの本当の狙いも分かっていた上で。リカコを庇ったようで、本当に庇ったのは俺のことだったんじゃないか。

わざわざ当たりに行くイオンの姿が、頭から離れない。あの後結局俺もダイゴに攻撃をくらって長いこと眠っていたのに、その姿だけは目が覚めてもハッキリと覚えていた。




三年前の一件以降、定期的に発作が起こるようになった。怪我の治りが早くなった分、吸血衝動も頻繁に起こる。更にタチが悪いことに、知らない間に暴れている。

血を飲めばいい話なのだが、そんなに頻繁に輸血パックを盗んでいてはさすがにバレる。

イオンもいない今誰にも相談出来ず悩んでいたが、そんな時に地下にいるアキノのことを思い出した。

今となると俺も隠れてアキノに会ったのでリカコを怒れる立場ではない。意を決してアキノに相談すると、軽い返事が返ってきた。


「俺の食欲が増してるって理由つけて、サクマの分も持ってくればいい」と。


それ以来俺はアキノに輸血パックを渡す係になり、そこで自分の分も得ることが出来るようになった。

だが発作や暴れる症状が治まるのは血を飲んだ後だけの一時だけで、一日に発作が起こる回数は日に日に増していた。それに、血を飲めば飲むほど自分が人間から離れていくようであまりいい気分はしなかった。死んでも生き血は飲むか、と意地を張れば張るほど事態は悪化した。



「もう諦めて誰かに頼んで生き血飲みなよ。発作はともかく暴れてたらさすがに誰かに気づかれるよ。」


アキノにそう言われて頷いたものの、誰に頼めばいいんだそんなこと。

魔族対策チームの職員が魔族なんて洒落にならない。


苦悩するばかりで、日々は過ぎていった。



リカコに聞かれた

「サクちゃんだったら吸い殺す?」

という言葉が頭の中にずっと響いていた。

ショックではあった。リカコが、俺のことを魔族として見始めたことに。そして、それ以上に、その言葉通りの自分自身に。



多分俺は、耐えられなくなる。



リカコの血を吸って、殺そうとする日が、


いつか、来る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ