イオンとハイリ
ハイリの突然の言葉に戸惑いながらも、二人で近くの公園のベンチに座った。
昔イオンとも来たことある公園だ。三年前の事件で一時は荒れ放題だったが、今は遊具なども建て直されて綺麗になった。その代わり、三年前の面影はなくなってしまったが。
隣に座るハイリの顔を横目で見る。遊具で遊んでいる小さな子供を見つめているその姿に、イオンを重ねずにはいられなかった。
「イオンとも、ここ来たことあるんですよ。」
私が言うと、ハイリが私に顔を向けた。「へえ」と頷く。
「俺…元の名前イオンなんでしょ?よく分かんないけど…」
「ダイゴさんにあんまり刺激するなって言われたから、どこまで話していいか分からないんですけど…」
「いいよ、好きに話して。他人の話だと思って聞いとく。」
落ち着いたハイリの表情に少し安心する。私も遊具で遊ぶ子供に目を向けながら話を始めた。
「イオンは、対策チームの本部に五年前に入ったんです。あまり魔族との戦闘とかは好まない人で、魔族の生態研究とかが好きだったみたいです。」
「生態研究、ねえ。」
「でも仕事の合間を縫ってよく私と話してくれました。相談にものってくれたし、多分職員の中で一番私と仲が良かったかもしれないです。サクちゃんやキユウさんとも仲は良かったんですけど、イオンとはなんか…友達以上恋人未満みたいな…」
自分で言った「友達以上恋人未満」という言葉がなんだか照れ臭い。ハイリは真顔のまま「ふうん」と頷いた。
「…てことは俺元々人間なんだね。リカコやけに必死だから恋人かと思ってた。」
「私みたいな子供が恋人なんて嫌でしょう。」
「俺だったら別にいいかなと思うけど。」
何気なく言ったのだろうが、その言葉に顔が熱くなった。黙った私を心配したのかハイリがこちらに顔を向ける。
「…どうしたの。」
「な、…何でもないです…。」
イオンと恋人になりたがっていた訳ではなかったはずだが、実際「恋人になってもいい」と言われてしまうと嬉しくなっている自分がいる。あくまでイオンではなくハイリの意見だが。
「…何も…聞かされてないんですか?」
「何も知らない。三年以上前の記憶はないし、気づいたらハイリって名前があって、レオナ様の下にいた。」
「不安になったりとか…」
「…なるよ。なるけど、知りようがなかったし。多分そのストレスで10人も20人も殺しちゃうんだ。記憶のこととか、レオナ様のこととか、無意識に葛藤してるんだと思う。」
ホストクラブの裏で会った時、「何人殺した?」とダイゴに聞かれていた姿を思い出す。やっぱり、最近多発していた大量殺人はハイリの仕業なのか。
「…リカコ、俺のことすごく叱ってくれるじゃん。」
不意に言われて「え」と戸惑ってしまう。こちらを見る深い青色の瞳に見入ってしまった。
「それは、俺がイオンだから?」
そう聞いたハイリに一瞬どう答えていいのか迷う。少し悩んでから私は口を開いた。
「最初は…そうでした。イオンに戻ってほしくて、でも戻ってほしいって思えば思うほどイオンとハイリが性格的にかけ離れてて、辛くなっちゃったんです。昨日強く当たっちゃったのも、そのせいです。」
「…ごめん。」
「でも、今ちょっと考え直してみたんですけど…、イオンに戻るも何も、イオンもハイリも、結局は同じなんだなって。ハイリはイオンの傷の部分だって考えたことがあったんです。イオンが私に見せようとしてこなかった暗い部分。…だから無理に思い出そうとしなくていいんです。むしろ、ハイリになってくれたことでイオンの本音が見れた気がして嬉しかったです。…イオン、いつも笑ってて自分が辛そうにしてるところ見せてくれなかったから。」
私の話にハイリは「ふうん」と頷いた。それから、少し微笑んだ。
「でも、イオンの気持ち分かる気はするよ。好きな人に自分の弱いところなんか見せづらいでしょ。」
「…好きな人。」
遠巻きにイオンに告白されているような気分でまた顔が熱くなる。ハイリはさっきから涼しい顔で「好き」とか「恋人」とか言っているが、聞いているこっちは恥ずかしくて仕方ない。
「ハイリ、もしかしてイオンは私のこと好きだったと思ってます?」
「え?うん。」
あっさりと頷かれて思わず私は立ち上がった。心臓が口から出そうな気分になって急いで呼吸を整える。落ち着いてから、ハイリと少し距離をとってベンチに座り直した。
「…焦りすぎでしょ。」
ハイリが楽しそうに笑う。私は顔の赤さを隠して「でも、」と気を取り直した。
「ハイリが、私を好きなわけではないでしょう。」
「レオナ様に付き合ってるよりはリカコの方がいい。」
「それは…そうだろうと思いますけど。」
レオナよりは、ってことは別に特別な好きってことではないのだろう。少し期待したことが恥ずかしい。
「それで?そのイオンは何で…俺になったの?」
私のことは気にせず話を戻す。軽く咳払いしてから私も「はい」と頷いた。
「三年前に…この辺りを巻き込んだ大きな事件があったんです。対策チームの本部を狙って魔族の集団が襲ってきたんです。その時の主犯がレオナでした。」
「…その時に、イオンも?」
聞かれて小さく頷く。あの時のことは、やっぱりうまく思い出せない。断片的にだが、できるだけ説明する。
「私のこと庇って死んだ…はずでした。レオナの攻撃真正面から受けたので、無事なわけなかったんです。だから、その、今だに…ハイリとして生きているのが…信じられなくて…。」
「…でも死んでるようなものじゃない?俺何も覚えてないし。」
「それでも…生きてるなら、いいんです。いつか思い出せるかもしれないし。」
「…前向きだね。」
ハイリがどこか寂しそうに、申し訳なさそうに微笑む。その顔を見上げていると、いつの間にか近くに誰かが立っていたことに気づいた。ハッとしてそちらに顔を向ける。
「…ミズキ」
ハイリが先にベンチから立ち上がる。ミズキは気まずそうにしながらも笑った。
「取り込み中悪いけど、いい?」
「何?」
「…ダイゴが」
ミズキが少し声をひそめる。ハイリが真面目な顔でミズキに近寄るのを見て、私も立ち上がった。なんだか大変な事な気がする。
「ダイゴさん、何かあったんですか?」
私が聞くと、ミズキとハイリが顔を見合わせた。
「…なんか、まあ…具合悪いみたいで。」
「….昨日ほとんど怪我しなかったのに?」
昨日怪我したのは一方的にサクちゃんばかりで、ダイゴさんはほとんど怪我もしていない。怪我したところで、すぐ治るだろうとは思うが。
「……レオナにちょっと…」
「え?」
「いや、体じゃなくて…」
私の心配をハイリが苦笑いで否定する。
「レオナによく分からない術かけられたんだよね。それのせいかと思うんだけど…。そんなに弱ってるの?」
「さすがに生き血飲まないと無理だと思う。」
生き血、という言葉に私は顔を上げた。私の考えを察したようにミズキが私の肩を叩いた。
「リカコはだめ。」
「どうして?」
私が聞くとミズキは何か言いづらそうに口をモゴモゴさせた。誤魔化すように一度目を閉じて、息をついてから口を開く。
「リカコは、昨日俺がいっぱい血飲んじゃったから…まだ貧血でしょ?顔色まだ少し悪い。」
「でも…」
私で助けられるなら、と言いかけてから「あ」と思い出す。
「私、ダイゴさんに頼み事されたんです!」
「…頼み事?」
二人が首を傾げる。二人は何も聞いていないようだ。
私は急いで、一度本部に戻ることにした。




