夜
空はもう黒く沈み、風俗店やその手のホテルが多いこの辺りの道は仕事帰りのサラリーマンや遊び人で酷く賑わっていた。
何回かキャバクラのしつこい勧誘に捕まりながらも道を進み、建物と建物の隙間に入りこみ裏口に回る。
裏に入っただけで表の道の喧騒はすごく遠いものに感じた。建物から漏れる灯りだけが僅かに自分の足元を照らす。そうして周りを見た時、足元に人が転がっているのが見えた。
25歳前後の女だった。酒に酔ったわけではなさそうだがすっかり気を失っている。
シャツの襟元が大きく開き、首筋に噛み跡がついている。血が少し噛み跡の周りに残っていた。
呆れてため息をつき、転がっている女を足先でつついていると裏口の扉が開く音がした。
「ダイゴ」
よく通る、響きのいい透明感のある声。顔を上げると着崩したスーツ姿が目に入った。はねさせた明るい茶髪が僅かな灯りの元で目立っている。
「これミズキの?」
酒臭さと女物のキツイ香水の匂いが近づいてきたミズキからする。足元の女を指差すと「ああ、」と今思い出したかのように頷いた。
「さっきちょっと吸った。美味しかったよ。」
女の近くにしゃがむと噛み跡についた血を指で拭い舐める。その後女の体を抱えると壁際に寄せた。
「ダイゴは?今日の 食事 はもう済んだの?」
「今日は吸わなくてもいいかな…腹減ってないし。」
「体に悪いよ」
口を尖らせてこちらを見る目が一瞬金色に輝いた。やや疲れた様子で息をつくと立ち上がる。
「それで?何の用?」
「あいつがいなくなった。」
言うと、ミズキは眉をひそめて「またぁ?」と呆れた声を出した。
「もう放っておきなよ。」
「俺達が別に良くてもあの人がうるさいじゃん。どちらにしろあいつが勝手に暴れることで俺らも対策チームに目つけられるし。」
「今日は何人殺して帰ってくるかな。」
他人事のように言ってミズキは笑った。俺の心配など気にも止めてないようだった。
「この間は15人だろ…今日は20人とか?」
「そんなに飲んだら俺だったら吐くわ。」
俺が言うとミズキはケラケラと笑った。笑っている場合ではない、と思ったがコイツにはこういう事の重大さはあまり伝わらない。
「…まあお前も気をつけろよ。店の周りで吸ってりゃすぐに目つけられる。」
「わかってる。まあ目つけられたら殺すだけでしょ、対策チームなんか。」
「それはそうだな。」
納得してしまっている間にミズキは裏口の扉に向かい始めていた。勝手に話を切り上げて仕事に戻ろうとしている。
「お前も一緒にあいつ捜せよ。」
「えー、仕事あるもん。終わったら捜すからそれまではダイゴだけで頑張って。」
投げやりに言うと逃げるようにミズキは建物の中に入っていった。取り残されて再びため息が出る。
その時、どこかで血の匂いがした。
あいつだ。
その日、道で極度の貧血で倒れている女性が20人発見され、そのうち10人は救助までに死亡した。