秘め事
追いかけてくる影がサクちゃんとキユウさんだと気づくのに、時間はかからなかった。何しろ、私の手を引いているハイリの方が二人より足が遅い。
「ハイリ」
いつの間にか横にダイゴがいた。いつから並走していたんだろう。
「リカコ貸して。俺が走る。」
「…でも」
「ハイリはここでどっちか足止めして。ハイリだったら存在だけでビックリさせられるから。」
「何それ、どういう意味?」
怪訝そうに聞くハイリから私を奪うと、ダイゴはハイリよりも速く走り出した。
存在だけで。確かに、あの二人がハイリを見たら。
ハイリの方を振り向くと、ハイリは既に足を止めていた。
「ハイリ…」
ハイリの姿も、その向こうの二人の姿も遠くなる。
だがしばらく走っているうちに、足音が近づいてきていることに気づいた。
振り向いて見えたのは、サクちゃんだった。ということは、キユウさんは今頃ハイリとぶつかっている。
「サクちゃんっ…」
「リカコ、次の部屋入るよ」
「え」
ダイゴに手を引かれるまま途中にあった部屋に入る。
ダイニングのような部屋だった。十何人かが一度に食事できそうな大きなテーブルと椅子。その横を走って部屋の奥まで着いた所で、サクちゃんが部屋の扉を開けて入ってきた。
息を切らしながらも歩いて慎重に私達と距離を縮める。
「おい…リカコ返せ」
「…この間の傷治った?」
真剣なサクちゃんとは対照的な軽い調子でダイゴが聞く。
「…この間?」
「ホストクラブの裏で会った時、けっこうな勢いで体打ってたけど、治るの早いね。もうそんなに動けるようになったんだ?」
確かにダイゴに鞭で打たれて壁に体をぶつけていた。あの直後は歩くのも辛そうだったが、次の日にはわりと元気だった。サクちゃんはタフだから平気な顔をしているだけかと思っていた。
「…生命力が強いから。」
「言い訳が無理やりすぎるよ、サクマ。」
ダイゴに素早く言い返されてサクちゃんが口をつぐむ。少しして「何が言いたい?」とサクちゃんがどこか気まずい顔で聞く。
「言っていいの?ちゃんとリカコに話したことあるの?」
「ない。」
サクちゃんと目が合い、私は一歩前に出る。
「どういう事?サクちゃん。」
サクちゃんは何も答えなかった。ただ無言でダイゴを睨みつける。
ダイゴは焦れったくなったようで鞭を取り出した。
「…リカコ、打つよ。」
「え?ちょ…」
躊躇いなくダイゴが鞭を振る。思わず強く目を瞑るが、その衝撃は来なかった。
おそるおそる目を開けると、私とダイゴの間にサクちゃんがいた。私の代わりに打たれたようで、低く呻いている。
「サクちゃ…」
焦る私とは対照的にダイゴは冷静にサクちゃんのシャツを捲った。たった今打たれた赤い鞭の痕が肌に残っている。痛々しくて見ていられなかったが、目をそらそうとした次の瞬間、その痕が消え始めた。
「…え?」
目を丸くする私の前で痕は消え、何事もなかったかのように元の肌に戻った。
「…ちゃんと治せるんじゃん」
ダイゴに言われてサクちゃんはダイゴの手を振り払った。シャツを整えて肌を隠す。
「…三年前はこんなに早く治せなかったのにね。血飲んだ?」
「…うるさい。」
この近距離でサクちゃんは銃を構えた。一人混乱している私の前で二人が睨み合う。
「ちょ…っと、待って」
私はサクちゃんの肩を掴んで問いかけた。
「なんで傷治せるの?この間の傷もないし…あの時だってしばらくヨロヨロしてたじゃない。なんで…」
「…気にせんでいいから。」
「気にするよ!」
勢いで叫んでしまうと「リカコ」とサクちゃんが私の方を振り向き肩を叩いた。穏やかだが切ない複雑な表情に一瞬何も言えなくなる。
「……大丈夫だから、ちゃんと教えて。何隠してるの?」
「………俺が」
言いかけてからサクちゃんは躊躇うように私から顔を背ける。私まで焦れったくなって「サクちゃんっ」と掴んだ肩を揺さぶる。
サクちゃんは深く息を吐くと、一瞬片目を押さえた。
「…俺が」
私に向き直る。押さえていた手を離して開いた片目は、黄緑色に光っていた。
「レオナの甥だって言ったら、嫌う?」




