開始
数時間後、三人とレオナ、私はレオナの部屋の前にいた。この位置からだと広間が見渡せる。
横にいるハイリは最初に会った時と同じようにパーカーのフードを深く被っていた。表情はうかがえなかったが、その顔が私の方を向いた時、フードの下から見えた口が少し笑った気がした。
「一番はチーム捻りつぶして要求飲ませることね。最悪の場合リカコちゃん殺しちゃってもいいけど。」
レオナが軽い口調で言って私が肩を震わせると、ダイゴが顔を上げた。
「殺しませんよ。」
「あら、情でも持った?」
「……持ってません。」
冷めた口調で言ってダイゴは顔を逸らす。そうしている間に屋敷の中が騒がしくなってきた気がした。
「…来るぞ。」
ダイゴが呟いた直後、広間の扉が開いた。
「リカコ!」
何年か振りに見たような気分になる、サクちゃんとキユウさんの姿。既に随分息が切れている。
「広すぎだよここ!どうなってるんだよ!」
キユウさんが怒りながらずんずんと広間の真ん中に進む。
「おいリカコ!さっさと来い!」
キユウさんに呼ばれて今すぐここから飛び降りたかったが、ミズキに腕を掴まれる。
「二人で来たの?ちょっと無謀じゃない?」
小馬鹿にするようにミズキが言った直後、二人の後ろでのろのろと扉が開いた。
そこから現れた人の姿を見た途端、私は目を丸くした。
「アキノさん!?」
「やっほー、リカコちゃん。」
アキノさんはいつも通りの調子で広間の真ん中に進んできた。なんでアキノさんが、ここに。
「遅いよお前。」
「久々に走ったら疲れちゃった。」
アキノさんは私達を見上げて微笑んだ。レオナを見て「どうも」と声をかける。
「珍しいのが出てきたじゃない。対策チームに捕まってたって聞いてたけど。」
「今日はチームの味方です。リカコちゃんは俺の親友だからね。」
まだ呆然としている私に「リカコ」とサクちゃんが声をかける。サクちゃんの顔を見ると、また泣きそうになる。
「遅くなったけど、ちゃんと来たから。待ってろ。」
「……うん。」
私が頷くと、「よし!」と気合いを入れてサクちゃんも広間の真ん中に進む。
それと同時に、ハイリがそっと私を抱えた。ついドキッとしてしまって振り向こうとするが、「じっとしてて」と囁かれて動けない。
「…じゃ、ミズキよろしく。」
「俺が一斉攻撃されたらダイゴのせいだからね。」
魔族側の作戦が私にはよく分からないまま、ミズキが手すりを乗り越えて飛び降りた。下に降りていくミズキの姿を見ているうちにレオナは一人部屋に戻る。
ミズキが着地したと同時にダイゴも飛び降り、そしてハイリも私を抱えたまま手すりに足をかける。
「ち、ちょっと待ってハイリ!意外と高さある…」
私の話を聞かずにハイリは飛び降りた。この人達に階段を使う考えはないのか。
ハイリは滑らかに着地すると、私を抱えていた腕から降ろし、今度は私の手を引いて走り出した。
「リカコ!」
私達を追いかけようとしたサクちゃんの前にミズキが立ち、にっこりと笑う。
「……サクちゃん、目見ちゃだめ!」
ハイリに手を引かれながら私が叫ぶと、サクちゃんが目を伏せた。その瞬間にミズキが足を振り上げ、サクちゃんを蹴り飛ばす。
「いっ…」
「サクちゃんっ」
サクちゃんが蹲っている間に、床が揺れ始めた。ハイリは動じず走り続けているが、私はバランスを崩しそうになる。
次の瞬間、床から黒いモヤの塊のようなものが湧き出てきた。私でも知っている。闇だ。
湧き出た闇は一塊となり、天井につきそうな程の大きさまで膨れ上がる。
「何あれ…ミズキが出したの?」
「そう。丁度いいことに対策チームの二人が苛立って感情が集まりやすくなってるから。」
ハイリは冷静に答えて広間の扉を開け、廊下に出た。長い廊下を走りながら私は「ちょっと」と話しかけた。
「どうする気?」
「リカコが取り返されたら終わりだから、とりあえずリカコ連れて逃げ回る。三人いっぺんに相手したら厄介だから、向こうにはなるべく分散してほしいんだ。」
「分散?」
「一応魔族退治のエキスパートなんだから、まさか素直にあそこで足止めくらうわけがない。一人か二人で俺ら追いかけてくるはずだよ。」
そう言いながらハイリは後ろを振り向いた。つられて私も振り向く。
「ほら、来た。」
廊下の向こうに、走ってくる二つの影が見えた。
広間で闇を出したミズキは階段の上に飛び移ると、苦笑いになった。
「まさかここで残るとはね。」
「俺自身も意外だけどさ…、リカコちゃん追いかけるならあの二人じゃないと。」
アキノは笑うと、巨大化した闇を目の前にして髪を結び直した。準備運動のように肩をぐるりと回す。
「じゃ、さっさと片付けてリカコちゃん達追いかけさせてもらうね。」
アキノの紫色の瞳が、強く光った。




