6「最初の晩餐」
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僕らはサロンに戻り、冷めてしまった料理を食した。その間に、改めて状況の整理が行われた。
白生塔は十階建て。一階から三階の半分は吹き抜けのサロン、もう半分は一階に厨房と倉庫、二階と三階に使用人用の部屋が二つずつ。出雲さんと能登さんは二階の部屋をそれぞれ使っている。四階は図書室と遊戯室で半々。五階から九階までは客室で、五階は桜野と僕、六階は枷部さん、七階は杭原さんと樫月さん、八階は義治くんと香奈美ちゃん、九階は無花果ちゃんと新倉さんに与えられている。構造はすべて同じで各階に三つの部屋があるため、最低でも各階一部屋は持て余しているかたちだ。十階は獅子谷氏の活動領域で、自室、浴場、仕事部屋と分かれている。先ほど皆で簡単に確認したが、浴場と仕事部屋にも獅子谷氏の姿はなかった。
「獅子谷氏は僕らとモニター越しに対面した後に電子機器のすべてを破壊し、何らかのトリックを用いて〈密室からの消失〉を成し遂げたのだね。そして白生塔のどこかに身を隠している、と」
「へーんだ。おじさんまだ分からないのー? 義治はマッハの速さで分かったのに」
「それがハッタリとは考えられないかね。君の手前、格好を付けているのかも知れない」
義治くんはピザを齧りながら「ちげぇよ馬鹿」と云った。香奈美ちゃんが「後で私にも教えてね、義治」とまとわりつく。
僕は特に深く考えずに「獅子谷氏を捜索するのはどうなんですか」と発言してみたが、桜野が「仮にも同じ小説家のくせに野暮だなぁ、塚場くんは」とスパゲッティの入った口をもぐもぐさせた。
「先生、それは僕らにとって敗北宣言のようなものさ。謎も解かずに容疑者を脅して自白させるのと同じ。スマートとは云えないね。もっとも、簡単な捜索で見つかるような場所に獅子谷氏がいるとも思えないが」
枷部さんに先生と呼ばれるのは、どうも変な気分だ。
「貴様、小説家なのですか」
隣の無花果ちゃんが僕を見上げた。その硝子のような瞳はどんな感情も読み取らせない。突然の貴様呼ばわりに驚いた僕は、反応が遅れた。
「……いちおうは。桜野が解決した事件を小説にしているんです」
実年齢に何やら事情があるらしい無花果ちゃんなので、敬語を使った。そうでなくとも、本人は一貫して淡白な態度であるにも拘わらず、見る者を萎縮させる妙な凄みがあるのだ。
「はっ」
無花果ちゃんは可憐な容姿に似合わず鼻で笑った。
「恥を知らないのですね。他人の栄光に縋るほど、情けない行いはありません」
「おいおい甘施さん、相変わらず君は礼儀というものが――」
枷部さんが僕を庇おうとしてくれたが、
「聞き捨てならないなぁ」
桜野の声が遮った。
「私が探偵として活動できるのは、ひとえに塚場くんの助力あってこそだよ。謎を解くしか脳のない私を、塚場くんが本にして宣伝してくれるから、依頼が舞い込むんだ。自分を売り込むのが不得手な私としては、とても有難いよ」
相変わらず食事する手を止めないでマイペースな話し方をする桜野だったが、僕は少し感動した。彼女の言葉には無花果ちゃんへの怒りなんかはありそうにないけれど、僕への親愛の情は確かに含まれていた。
「それを美徳とするなら、所詮は貴様もその程度なのです」
今度は桜野が侮辱を受けるかたちとなり僕は反駁しかけたが、肩に桜野の手が置かれて思い止まった。桜野の付き添いでしかないところの僕が場の空気を乱すのは避けなければならない、と冷静に考え直す。
桜野を見ると、彼女は僕に満足気な笑みを向けていた。僕の自制を褒めているようだ。