9「史上最高の名探偵」
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「桜野!」
僕は怒鳴っていた。
「何をしてるんだ! なんで琴乃ちゃんを殺した! その銃は、その銃をどうして持ってるんだ! どんな理由があろうと許されないぞ、さ、殺人なんて!」
僕の訴えも虚しく、桜野はまったく態度を改めない。
「塚場くんは無粋だなぁ。名探偵の推理は黙って聞くものだよ。
まず訂正しておくと、私が殺したのは樫月ちゃんだけじゃない。
獅子谷敬蔵。能登。藍条香奈美。首切りジャック。杭原とどめ。樫月琴乃。この六人だね。
さっきの推理における獅子谷さんの行動が、まるまる私のものだったんだ。もっとも、はじめの部分は違うけど」
「そんな……嘘だろ? 桜野、そんな冗談はよしてくれ。どうしてお前がそんなことしなくちゃならないんだ。お前は探偵だろ?」
認められない。だってそんな事実はないんだから。だから認められるわけがない。これが白生塔で初めて会った人間だったらまだ分かる。でも桜野は、僕の幼馴染の桜野は、絶対にこんなことしないのだ。
「私の推理に間違いはない。冗談でもないよ。
そして、確かに私は史上最高の名探偵だ」
ふふふ、と桜野は愉快気に笑う。
僕は床に膝をついた。声を出そうにも、喉が渇ききってしまい、息をヒューヒュー洩らすことしかできない。
極度の混乱。今にも頭が破裂して、中身をこの部屋中にぶちまけてしまいそうだ。
「獅子谷さんが探偵達を招いて謎解きゲームをしようとしたのは本当だよ。五人の探偵を選んで、招待状も送った。私だって、あくまで客人としてやって来た。
ところで獅子谷さんはこういう催しを過去にも数度おこなっていた。杭原さんのお師匠さんも、それで呼ばれた客のひとりだったんだね。
当然、獅子谷さんは誰も殺してないよ。常識で考えたら分かるでしょ。そんな大量殺人が露見しないなんて有り得ないもん。
獅子谷さんは探偵達に自分の仕掛けた謎を解けるか挑戦したくて、この塔を建てたんだ。だから面白い仕掛けがたくさんある。極上の推理小説をいくつも生み出した獅子谷さんは、引退後、現実の探偵にも挑みたくなったんだね。
でも殺しはしない。獅子谷さんは〈密室からの消失〉を演じると、身を潜めながら、客人達にこっそり接触していく。獅子谷さんに接触された客人は〈殺されたこと〉になり、〈殺された状況〉を説明され、その通りに〈死体として沈黙〉しなければならない。生き残ってる探偵達は提示された条件から、何が起きてるのか推理するんだよ。主に第二のエレベーターとこの十一階こそが肝だね。
面白い趣向でしょ? 此処にはそのための小道具も盛り沢山だ。ほら、そこの棚をご覧よ。血のりや、身体につけるとナイフが刺さっているように見える玩具なんかが収められてる。
あ、この銃は小道具とは別だよ。この十一階で見つけたものだけど、獅子谷さんが趣味で入手していた本物のオートマチックピストルだ。推理小説家として、この手のものに目がないんだね。あっちの棚には他にも面白い凶器が目白押しだよ。
獅子谷さんはそうやって催しを開くたびに、顛末を小説にしていたね。塚場くんも読んだアレだよ。人名は変えられ、実際と違って本当に死んだことにされたりもしてるけど、流れは本当だ。あれからも分かるとおり、この十一階はおろか、第二のエレベーターに気付ける者もいなかった。今回だって皆、気付けずに死んじゃったしね。
探偵達はさぞショックを受けただろう。獅子谷さんの謎を解けないままにゲームは終了し、この塔の大仕掛けを見せつけられ、敗北を痛感し、矜持も何もあらかた失ってしまう。人によっては、探偵業を辞め、行方をくらませてしまうだろうなぁ。
うん、それが白生塔に招かれた探偵達が失踪を遂げた噂の真相さ。杭原さんのお師匠さんも、よほどプライドが高い人だったんだろうね。全員が全員行方をくらますとも思えないけど、白生塔で起こったことは絶対に口外しないに違いないよ。獅子谷さんからも口止めされただろうし、それを語るのは自分の恥をさらすに等しい。獅子谷さんが選ぶのは相当に腕のある探偵だから、比例して面目が大事な立場の人達だしね。
そんな謎解きゲームのためにこんな塔を建てちゃうんだから、獅子谷さんのミステリに対する情熱と遊び心には感動しちゃうなぁ。
でも今回、獅子谷さんは殺されてしまった。
この私、桜野美海子によってね」
嬉々として語り続ける桜野。その姿は僕の知る彼女ではなかった。自らに酔いしれた、狂った殺人犯にしか見えなかった。
悪夢だ。なんて悪夢なんだ。
「窓がない塔と聞いた段階から、獅子谷さんがやろうとしてることが、私には大体察せていたよ。実際に来てみて確信に変わったね。最初にサロンに這入った瞬間にデッドスペースの存在にも気付いてた。〈密室からの消失〉のときには既に十一階の存在も分かってた。
だから塚場くんが杭原さん達とビリヤードに興じてる間に、此処に来てみたんだ。獅子谷さんの驚いた顔が忘れられないよ。彼は悔しそうにしながらも、私の才能を賞賛して止まなかったね。本来ならゲームは終了だったんだけど、それじゃああまりに呆気ない。まだ第二のエレベーターすら活用してない状態だ。そこで獅子谷さんは、私を協力者に迎えた。私は彼と段取りを話しながら部屋を歩き回り、そこの棚からナイフをひとつ手に取って、獅子谷さんを殺害した。それから図書室に戻った。
あとはさっき獅子谷さんの犯行として話したとおりを、私がやっただけだね。
能登さんは、その時点では誰も殺されてすらなかったから当然警戒もせずに、夜遅くの私の呼び出しに応じたよ。使用人の貴女はこれを知ってるかい、なんて云いながら浴場に連れて行き、第二のエレベーターシャフト内に突き落とした。
藍条ちゃんも、私には霊堂くんを殺せなかったと考え、警戒には至ってなかったね。首切りジャックがまぎれ込んでいたのは私にとって僥倖だった。最初に霊堂くんが殺されたときは何事かと思ったけど、大体の事情はすぐに分かったね。利用しない手はなかったよ。
首切りジャックの隠れ場所は、まぁ図書室しかないだろうなぁ、って思って銃片手に行ってみればビンゴだった。初めての銃の使用に緊張したし、相手が連続殺人鬼ともなればさすがに怖かったよ。ちなみに銃声はただでさえサイレンサーで軽減されてるし、白生塔は各部屋の防音性も高いからね、サロンの樫月ちゃんが気付かなかったのも無理はない。
杭原さんに関しても、私には警戒を解いていた。樫月ちゃんが殺されちゃった、なんてインターホンで云ってみたら、すぐに出てきたよ。無理矢理に部屋に戻して、射殺した。素人の私だから銃は撃ちたい箇所に密着させてから引き金を引くんだ。これは相手にかなり接近しなきゃだから、冷や冷やしたね。貴重な体験だったよ。
杭原さんについては密室殺人だったね。〈密室からの消失〉は獅子谷さんがやったけど、ミステリの王道は何と云っても密室殺人。これがないと損した気分になるくらいだ。せっかくだから、私もやってみた。
それに、あの密室殺人は私にしかできないんだ。私が犯人であるという最大の伏線さ。
今朝の光景を思い出してみよう。私と塚場くんと樫月ちゃんの三人が、あの部屋の前にやって来た。塚場くんはまずインターホンを鳴らす。反応はない。
そこで私が扉を開けようとして、施錠されてると云う。
うん、嘘だよ。鍵は樫月ちゃんが持ってたんだから、外から施錠できるわけがないでしょ。
樫月ちゃんから鍵を受け取り、開錠する演技をして、扉を開ける。
ここまで成功した時点で、立派な密室殺人の完成さ。厳密には密室じゃないけど、密室を装うというのはオーソドックスなパターンで、別段アンフェアじゃないよ。
獅子谷さんが探偵達を殺し続けてるなんて馬鹿げた話があるはずがない。でも白生塔では今回、殺人事件が起きた。なら今回の客の中に殺人犯が生まれたとは分かる。それに加えてあの密室殺人。
ふふ。塚場くん、どうだい。
私が犯人であると、すべてが雄弁に語ってたでしょ?」




