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4(1)「集う名探偵達」

    4


 桜野と僕はエレベーターに乗り込んだ。円柱状のエレベーターだ。出雲さんにいたところ僕と桜野には五階がまるまる割り当てられているとのことなので『5』のボタンを押す。すぐにエレベーター特有の浮遊感に包まれる。

「杭原とどめ、かぁ。えろいお姉さんだったね」

「あの人も探偵なんだよな。向こうはこっちを知っていたけど、僕は名前さえ聞き覚えがなかった。桜野は?」

寡聞かぶんにして知らなかったよぉ」

 僕らは他の招待客については知らされていない。五人だけ選ばれたと云うからには有名な人ばかりだろうと推測していたのだが、そういうわけでもないらしい。

 五階に到着した。エレベーターに巻き付く格好の螺旋階段は、扉の前でだけ平らになっていて、出入りの際にはアーチ状の鉄柵をくぐるかたちとなる。

 エレベーターを中心とした円形のフロアは、やはり此処もコンクリートが剥き出しの内装だ。一周してみて、周りの壁には等間隔に三つの扉がついていると分かった。それぞれに番号の書かれたプレートが貼られており、エレベーターの扉と向かい合っているのが五〇一、そこから時計回りに五〇二、五〇三。

「五階を自由に使っていいって云われたけど、どうする?」

「悩むことでもないでしょ。私が五〇一で、塚場くんが五〇二」

 桜野はそう云いながら、五〇一号室に這入って行った。僕も五〇二号室の鉄製の扉を開く。覚悟していたとはいえ、思わずこうべを垂れてしまった。部屋の中までコンクリートに囲まれた灰色だったのだ。これではさながら監獄である。来る前は漠然と一流ホテルのスイートルームみたいなものを想像していただけに落胆は大きい。

 トランクを引きずりながら中に這入ったところで、僕は他の問題にも気が付いた。

 部屋の扉には錠というものがついていなかった。そういえば出雲さんから鍵もカードも渡されなかったが、そもそもこの扉には施錠という概念がないのだ。こんな場所なので盗難の心配なんてないのかも知れないけれど、男子の僕ならともかく、女子にとっては問題だろう。桜野は毛ほども気に掛けないだろうが、彼女の感性は一般的な女性から遠く離れている。参考にしてはいけない。

 これから始まる白生塔での滞在生活、本当に大丈夫なんだろうか?

 不安を覚えつつ、僕は続いて部屋の様子を確認し始めた。玄関から短い廊下が伸びていて、右は靴箱とクローゼット、左は洗面所とトイレと浴室を兼ねたユニットバスである。どちらも必要以上に広々としている。通路を抜けると、二人いても持て余しそうな広い空間。サロンもそうだったが、立体駐車場さながらの内装とは不釣り合いに上等なベッドやソファー、テーブル等が置かれている。出鱈目でたらめに広い部屋に対して家具が少ないので、何だか寂しい。宿泊するにあたって最低限のものは揃っていると見えるが、テレビはなかった。

 僕はコートをクローゼットに収納し、トランクをソファーの脇に置いてから、ベッドに身体を投げ出してみた。頭上では換気扇が回っている。この部屋も天井が高い。白生塔は高さ四〇メートルと云うから、各階は四メートルもあるのか。

 上体を起こして、また部屋を見回す。簡単に広さの算出を試みた。サロンで目測したところ、白生塔の半径はおよそ一〇メートル。ならば外周は六〇メートル強か。床面積は三〇〇平方メートル強。ならばこの客室は、円を均等に三つに分けた扇形からフロアに相当する先端部を切り抜いた形であるから……エレベーターから部屋までが三メートルはあったか……客室の面積はおよそ九〇平方メートル……あくまで広さだけなら、高級ホテル並みと云っていい。

 ぐにゃりと歪んだ部屋を見続けていたせいで、何とも不思議な気分に囚われた。おまけに窓はなく、不自然に殺風景。酔狂の一言で片付けるには、あまりに病的である。

「塚場くーん、聞こえてないの?」

 ガチャリと扉が開く音と共に、桜野の声が聞こえた。

「さっきから呼び掛けてたんだけど」

 桜野が部屋に顔を出した。着替えたらしく、丈の長いデニムシャツをワンピースみたいに着ている。お洒落には興味がないと云う彼女だが、その割に茶色く染めたショートボブの髪に緩いパーマをわざわざかけたりしていてよく分からない。

「ごめん、全然聞こえなかった」

「錠がかけられないうえに高い防音性。ふふ。いよいよ殺人に打ってつけの環境だ」

 桜野は愉快そうで、喋り方もハシャいでいるように聞こえる。

「まさか」

 小説にはよく巻き込まれ型の探偵というのが登場する。行く先々で事件が起きるというものだ。事件を誘発するようで傍迷惑はためいわくな探偵なのだけれど、幸い現実的ではない。桜野だって依頼を受けてから調査を開始する職業探偵だから、そういった心配は無用なはずだが……。

「それにしても矢鱈に広いね。サロンを広くしたせいで、塔の性質上、結果的に個室まで広くなってしまったって有様ありさまだ。ちぐはぐな感じでムズムズする。そう思うと、このコンクリート剥き出しもただの手抜きに見えてくるなぁ」

「案外そうかも知れないよ。ほら、費用節約とか」

「獅子谷さんは莫大な富を有してるし、道楽には投資を惜しまない性分って聞くよ。そんな妥協はきっと許さないよ」

 では、この内装も何らかの意味がある趣向なのか。しかし桜野を見ていても常々感じるが、天才の考えを僕のような凡人が推し量ろうとしても仕方がない。

「塚場くん、やっぱり白生塔は獅子谷さんが思い描いた推理小説的世界の具現じゃないかな。なおかつ、装飾は限りなく削ぎ落とされてる。だから絵画や彫刻のひとつもないんだよ。このあらわになったコンクリートはさ、贅肉を落とした結果なんだよ。そんな場所に探偵ばかりを集めて、獅子谷さんは一体何をするつもりなのかなぁ」

 桜野の問いかけは僕の返答を期待してのものではなく、状況を整理するための自問めいたものである。

「さて、そろそろサロンに戻ろうか」

 あっさり切り替えて、身をひるがえす桜野。それについていく僕。部屋を出る際に施錠しようとしてしまったが、錠はないのだった。

 エレベーターへ向かう途中で、僕はまたも、些細ながら奇妙な点に気が付く。

「桜野、あのエレベーター、外には階数表示がないんだな」

 普通は扉の上なんかに停まっている階を示すパネルがあるものだが、これには呼び出しボタンがひとつわきについているだけだ。

「云われなくとも見れば分かるよぉ。ところで塚場くん、せっかくだから螺旋階段を使ってみよう」

 桜野は既に螺旋階段を右手に這入って、下り始めていた。僕は素直に従う。

 螺旋階段は鉄柵と、さらに外側を四つの柱に囲まれているけれど、隙間から各階の様子が窺える。四階は円形のフロアこそ同じものの、周囲の壁に扉は二つしかなく、エレベーターの扉の方向に対して垂直に向かい合っていた。プレートに書かれた文字を読むに、図書室と遊戯室らしい。

「わぁ。獅子谷さんの持つ図書室ともなると俄然がぜん、興味が湧くね。塚場くん、後で行こうね」

 こちらに振り向いた桜野は、キラキラという音が聞こえてきそうな表情。転ばないか心配になる。

 三階以下では、片面が吹き抜けの空間だ。三階と二階のみ螺旋階段への出入り口が他と逆なので、段差によって調整が為されている。サロンを見下ろすと約十二メートル……結構な高さがあって、高所恐怖症の人ではこの階段を使えないのではないかと思わされた。

「あれ、這入ってきたときには気付かなかったな……」

 僕の呟きは、玄関扉の上に取り付けられた巨大モニターを指してのものだ。床から天井まで二対の太い柱が伸びているが、それらに挟まれた格好で、モニターそのものも壁に沿って緩く曲がっている。現在は何も映し出されておらず、黒い画面が蛍光灯の光を反射していた。

「ふふ。塚場くんには注意力が足りないね」

 笑われてしまった。何も云い返せない。

 最下まで下りてサロンに出ると、人が増えていると分かった。来たときには端のソファーに杭原さんと樫月さんが腰掛けているのみだったけれど、今は中央の長テーブルに二人の若い男女がついている。

「あ、桜野美海子じゃん」

 若い女子の方が桜野を指差した。橙色のニット帽をかぶって、セーラー服を着ている。どうやら高校生らしい。覚えたての化粧を施した顔はまだ幼い。

「誰それ」

 もうひとりは学ランを着た男子だ。学ランの前は開いていて、白いシャツが見えている。こちらは緑色のニット帽をかぶっていた。気怠さを露わにした表情で、目の下には薄い隈ができている。

「探偵だよ、探偵。小説が出てるの。香奈美も読んだことあるよ。有名だよ」

「知らね。俺は俗世に対しちゃ鎖国体制だからな」

「もーう、ダラダラしちゃって。まだ車酔いしてるの?」

「眠いだけ」

「さっきまでずーっとずーっと寝てたじゃん」

 こちらと交流する気はなさそうだ。しかし桜野は構わず「貴方達も招待客なの?」と話し掛けた。女の子の方が「あ、そうそう」と反応する。

「藍条香奈美って云います。あ、でも招待されたのは義治で、香奈美は付き添いなの」

「もしかして霊堂義治くん?」

「わっ、すごいよ義治、桜野美海子が義治のこと知ってるって」

 盛り上がっている香奈美ちゃんと対照的に少年は無反応で、こちらを見ようともしない。

 霊堂義治。その名前には僕も聞き覚えがある。たしか高校生探偵として、去年に黄泉ヶ丘学園三年一組蒸発事件を解決したことで話題になっていた。噂では、裏ノ沢高校七不思議事件を解決に導いたのも彼だという。

「藍条ちゃんは助手という感じじゃないけど、霊堂くんとはどういった縁なの?」

「恋人です」

 香奈美ちゃんは胸を張った。同伴者に関しては何の条件もないようだが、果たしてこれは獅子谷氏にとってどうなのだろう……。

「賑やかね。あたし達も混ぜて頂戴」

 杭原さんと樫月さんも長テーブルまでやって来て、周りに並べられた椅子に適当に腰掛けた。桜野と僕もそれにならう。

「これで招待客のうち、三組が揃ったわけね。で、貴女達は獅子谷敬蔵が探偵を集めて何をしようと云うのか、分かってるのかしら」

 義治くんは無反応、香奈美ちゃんは首を横に振り、桜野は続きを促すような視線を杭原さんに向けている。

「どうやら獅子谷敬蔵が白生塔に探偵を集めるのは、これが初めてではないらしいわ。と云うのも、この塔が建てられてから数年に一度、四、五人の探偵が一斉に行方をくらますという現象が起きているの。そのうち数人は、周囲の人間に白生塔に行くと告げていたそうよ」

「何それっ。怖ぁ」

 香奈美ちゃんは寒気を覚えたようで、自分の腕をさすった。

「白生塔で何があったのかは分からない。だけど単純なパーティーで終わらないのは確かね」

「そうと分かっててやって来るなんて、貴女の好奇心も大したものだね」

 マイペースな桜野に、動じている様子はまったくない。杭原さんが告げた情報は桜野も事前に掴んでいて、僕も聞き及んでいた。しかし探偵達の失踪と白生塔を関連付ける証拠はなく、これでは都市伝説だと桜野は一笑に付していたのだった。

「そりゃあ探偵だもの。こんな魅力的な謎、放っておけないでしょう。貴女もそうじゃない、美海子ちゃん」

 対する杭原さんも大人の余裕が揺るがない。ただひとり、香奈美ちゃんだけが混乱した表情で皆をきょろきょろと見回していた。義治くんはそんな香奈美ちゃんをボーッと眺めているのみで、特に何かを考えているふうには見えない。

「探偵が失踪というのは興味深いねぇ。ミイラ取りがミイラになるみたい。それで貴女はその現象をどう捉えてるの? 推論くらいはしてるでしょ」

「いけないわね、美海子ちゃん。そういう質問をするなら、まず自分の意見を述べるのが礼儀よ。奥の手を隠しておく貴女のやり口は今や小説にされて日本中で売られているのだから、駆け引きなんてやめなさい」

「ふふ。これは良いハンデがついたなぁ」

 桜野は苦笑した。僕が恥をかかせてしまったようなものなので、申し訳ない気持ちになる。

「ちょっとお姉さん達、蚊帳の外に置かないでよね」

 香奈美ちゃんからの苦情に、杭原さんは笑いながら謝った。

「だって貴女の彼氏さんが一向に口を開かないものだから」

「義治は脳が眠っちゃってるだけなの。目覚めたらお姉さん達でもかないませんよー。義治は世界一頭が良いんだから」

 当の義治くんはわずらわしそうに「やめろ」と云うだけだ。

 その時、玄関扉が開け放たれる音がした。そちらに視線を遣ると、長身でスーツ姿の男性が這入ってくるところだった。

「おお、何ということだ!」

 男性は提げていたトランクを床に落とし、両手を広げると、サロンに響き渡るような大声を上げた。

「この塔は壮大な自己矛盾を抱えている。塔というものは本来愛国の象徴、あるいは国家アイデンティティの塊だ。フランスのエッフェル塔を見れば瞭然である。ちょっと能登さん、御覧なさい」

 男性は後から這入ってきた女性の腰に左手を回し、右手の人差し指をピンと立てた。女性は出雲さんと同じデザインのエプロンドレスを身に着けているので、白生塔の使用人だと分かる。来る途中で、彼女の運転する車とすれ違ったのを思い出した。

「この荒涼こうりょうとした内装は住空間のそれではないよ。ほら、あそこにエレベーターがある。機能性だけを突き詰めたようなストイックなデザインは、この塔が展望塔であることを示しているよ。山の上の展望塔とはまさに愛国的だ。故郷の大自然を俯瞰し、その愛を確かめられる。十九世紀後半から二十世紀初頭にかけて、ドイツ帝国では山の上に展望塔を建てるのが流行した。ほら、グリム童話というのがドイツの古い民話を収集したものだとは君もご存知だろう。あれには『ラプンツェル』という話があってだね、それに登場する塔と同じく十五メートルくらいの塔が多かった。標高の高い場所に建てるから塔自体に高さは求められなかったのだね。バベルの塔を持ち出すまでもなく、高さは強さを表す。それが求められるのはそれこそエッフェル塔なんかだ。さて、ところがだよ、ところがこの白生塔を見なさい。山頂付近に建てられたこの塔は全長四〇メートルと云うじゃないか。そのうえ、一切の窓がないですって! 僕の驚嘆きょうたんの理由が理解できただろう! この塔のようは塔という概念を滅茶苦茶に無視した狂気の産物だよ。小学生の図画工作を思い出してゾッとするじゃないか。この無軌道さが僕には恐ろしくてたまらない! 展望を捨てたこの山上の巨塔は、そして突き詰められた機能性は、一体全体何のためだと云うんだい!」

 舞台役者のような調子で演説を終えた男性は、反応に困っている能登さんの腰から手を離すと「失礼、つい興奮してしまった」と云った。能登さんの表情からは色濃い疲労が見て取れ、道中もずっとこうだったのだと推測される。

 男性は僕らに気付くと、嬉々とした表情を浮かべた。

「これはこれは皆さん御揃いで。待たせてしまった非礼を詫びるよ。僕は今日の昼には遠くの地で、ある殺人事件の解決編をしていたのだ。これがまた悲惨な事件でね、話すと長くなるから先に自己紹介をしておくとしよう」

 男性は長テーブルの前まで来ると、深々と頭を下げた。

「名探偵の枷部・ボナパルト・誠一です。以後お見知りおきを」

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