8「桜野美海子の推理5」
8
桜野はエレベーターに乗った。塔の中心を貫いている方だ。
「塚場くん、上の開口部を開けて、登って」
指示されるまま、以前杭原さんがやった要領で、かごの上によじ登った。続いて桜野が「私達を引き上げて」と云うので、その通りにする。気を利かせた琴乃ちゃんが懐中電灯を点灯した。彼女の探偵九つ道具とやらは、今回の事件では結局二つしか拝めなかったな、なんて思った。
「樫月ちゃん、上を照らしてよ。そこにもうひとつの開口部があるから」
桜野の云うとおりだった。見つけようと思って見たために発見できたが、そうでなかったら気付かないだろう四角い溝が天井の隅にある。さらにそこまでの壁にはいくつかの窪みがあって、梯子のように見えなくもない。
「この上に、獅子谷氏が……。桜野、危険じゃないか? 相手は殺人犯だし、銃を持ってるし……」
「平気だよ塚場くん。でも此処はひとつ、先陣を切って欲しいなぁ。良いとこなしな塚場くんの見せ場だよ」
余計なお世話だ。が、男の僕が危険な役目を引き受けるのは当然だろう。そこに異論はない。
壁の窪みに手と足を掛けて登り、開口部を押すと、簡単に外れた。上から四角く切り取られた、蛍光灯の明かりが注いでくる。本当に十一階があるのだ。
僕はまず頭だけ出して、周囲を確認した。
天井までは三メートルもない。しかし広大だった。なにせ、十一階まるまるが一部屋だったからだ。その片面は、たしかに十階の獅子谷氏の部屋を模しているのだと分かった。しかし獅子谷氏の姿はない。
「誰もいないぞ」
僕は真下の桜野と琴乃ちゃんにそう云ってから、十一階に這い上がった。コンクリートが剥き出しで無機質な、円形の部屋……此処が白生塔の最上部。相変わらず窓がないために高さを実感はできないのだが、空気が張り詰めているようには感じる。
桜野と琴乃ちゃんも十一階に上がってきた。僕は警戒心を保ちつつ、中を歩き回る。
その時、視界の端に飛び込んできたものの意味を、僕は咄嗟には理解できなかった。
ソファーの陰に老人が仰向けで倒れている。部屋の中央からでは見えない位置だ。その老人を僕は知っている。実際に目にするのはこれが初めてだけれど、獅子谷敬蔵その人に相違ない。
獅子谷氏の胸にはナイフが深々と突き立てられていた。それが栓の役割を果たしているのか、隙間から少量の血が流れた痕があるだけ。酷い臭いが漂っていると、遅れて気が付く。すっかり蒼白くなった獅子谷氏の肌。生気を失った目玉が天井を向いており、開いた口からはだらしなく舌が垂れている。
死んでいた。それも、ずっと前からだ。
パシュッ――と、背後から奇妙な音がした。
僕が振り返るのと、琴乃ちゃんが床に倒れるのとが、重なる。
「あー、肩が外れそうになっちゃった。ひ弱な女の子が使うのは無理があるよねぇ」
「桜野……?」
桜野が両手で握っているのは、黒光りする無骨な拳銃。何かの映画で見たことがある、サイレンサーという、銃声を小さくする装置が取り付けられている。
床に倒れた琴乃ちゃんは痙攣すらしない。後頭部を撃ち抜かれ、即死していた。血が、ジワジワと広がっていく。
「桜野……お前が、撃ったのか……?」
「うん、そうだよぉ」
桜野は独特の間延びした口調で答えながら、琴乃ちゃんを蹴り、床に開いた開口部から落としてしまった。
僕と桜野の二人きり。
桜野はいつもと何ら変わらない微笑みを僕に向けた。
「さぁ塚場くん、解決編だ。名探偵の推理を聞きたまえ」