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6「桜野美海子の推理3」

    6


「獅子谷さんが提示した謎は〈密室からの消失〉〈能登さんの転落死体〉〈玄関扉の閂〉〈杭原さんの密室殺人〉そして〈自分の隠れ場所〉だ。このうち〈密室からの消失〉と〈自分の隠れ場所〉は共通の解から導き出される。〈能登さんの転落死体〉と〈玄関扉の閂〉も実は繋がってる。

 まず〈能登さんの転落死体〉〈玄関扉の閂〉について説明しようか。能登さんの転落死体。あれは中央のエレベーターシャフトを転落させたんじゃないよ。扉をこじ開けて落とすなんてスマートじゃなくて気に入らないし、かごの上には血痕がなかったでしょ?

 塚場くん、樫月ちゃん、ついてきて」

 桜野はまた席を立ち、今度は玄関へ向かった。僕と琴乃ちゃんは桜野の邪魔をしないよう、発言は控えながらも急いで後を追う。すべてを明らかにしてくれるなら、玩具のように振り回されようとも一向に構わなかった。

 玄関扉のうち、サロンに面している方が開かれる。外に面した扉は施錠され、閉じたままだ。幅・長さ一メートル、高さ二メートルほどの空間は、サロンからの明かりが差し込んでいても薄暗い。壁や床には香奈美ちゃんの血が染みとなって残っている。

「藍条ちゃんの死体が発見されたのは此処だったね。

 そして、能登さんが転落したのも、此処だよ」

「は?」

 僕は何か聞き間違えたのかと思った。琴乃ちゃんも同じだったようで、

「美海子ちゃん、此処は天井も低いし、落ちたって云っても……」

「ふふ。ごめんごめん。正確には此処には落ちてないね。でも此処を通ったのは本当だよ。だから能登さんの死体は、玄関のすぐ傍に置かれてたんだ」

「じゃあ桜野、能登さんは外で殺されたのか? でもそれは間違いだって皆で結論したよな」

「ううん、中だよ」

 僕と琴乃ちゃんはまた黙り込むしかなかった。そうしないと、話が前に進みそうにない。

「この白生塔は各階が綺麗な円形だよね。でも、それっておかしくないかなぁ。

 だって、この二重扉のせいで、サロンの入口は外周から一メートルくらい引っ込んでるんだよ?

 それなのに、内部は綺麗な円形。すなわち、この白生塔はね、内側の円と外側の円の間に幅一メートルのデッドスペースを持ってるのさ」

「ああ!」

 まさに青天せいてん霹靂へきれき。脳髄から足の裏まで、一気に電流が駆け巡る体感。

 僕は完全に打ちのめされ、危うく倒れそうになってしまった。

「ふふ。分かった?

 この白生塔に窓がないのは、そのデッドスペースに気付かせないためなんだよぉ」

 琴乃ちゃんは貧血を起こしたみたいによろめくと、壁に手をついた。僕もサロンの中を走り回って、強烈に湧き出るカタルシスを発散したい気持ちだった。

「形としては、穴がすっごく大きなドーナツなんだ。私達は穴の中にいて、そこには隠し部屋なんてありはしない。でもその周りすべてが、まるまる隠し部屋なのさぁ。

 獅子谷さんは、玄関扉の他に外から出入りできる場所はない、と云っただけだからね。内部にはこんなにあからさまな抜け道があっても嘘じゃない。

 たしかに獅子谷さんは〈秘密の抜け穴〉の類を嫌うけど、読者全員が無視できないような巨大な伏線があるなら、それはアンフェアではないんだ。

 なぜ、この白生塔には窓がないのか。この塔自体が、はじめから、こんなにも真相を主張してたんだからね」

 茫然自失とは、いまの僕の心理状態を云うに違いない。

「そんなデッドスペースに、もうひとつのエレベーターがあるんだ。能登さんが転落したのは、そっちのシャフト内だよ。もちろん、入口は十階にある。だけどこの真上は獅子谷氏の部屋で、そこに隠し穴の類がないのは皆で確認済みでしょ。だから問題のシャフトは反対側のデッドスペースにある」

 だが、能登さんが転落したのは此処だと、桜野は云っていた。そもそも此処には天井もある。

 そんな疑問を僕が抱くのも、しかし桜野にとっては想定内らしく、話は続いた。

「左右の壁をよーくご覧よ。外、この空間、サロン――それぞれの境界付近に、縦方向の隙間がはしってるでしょ。継ぎ目にも見えるけど実は違うんだ」

 すぐに確認する。サロンとこの空間の境目……本当に、よく見なければ気付かない隙間があった。それは上から下まで一直線かと思ったが、途中で外側に半円を描いて曲がっている箇所もある。

「ああ、それは取っ手にぶつからないようにだね。高さが一緒でしょ。それから、天井との境界、床との境界にも、それぞれ横方向の隙間がある」

「さ、桜野……もしかしてこの壁……」

「うん、動くんだよ」

「ええええええええっ」

 これまで割合大人しくしていたのについに臨界点を突破したのか、叫びながら仰天したのは琴乃ちゃんだ。驚きの連続で、彼女はもはや自我を保つのも難しそうに見える。

「そ、そんなの滅茶苦茶すぎるよっ」

「えー、そうかなぁ。だって、皆がずっと頭を悩ませてた〈閂〉の正体がこれなんだよ?」

「この壁が動いて、扉を塞いでたって云うのか……?」

「うん。取っ手にぶつからないように壁が一部引っ込んでるし、閂と云うより〈閂以外〉だね。ふふ。

 サロン側の扉が外開きになってるのも、壁が動いたときに扉がビクともしなくなるようにするための造りなのさ。

 デッドスペースをさっきはドーナツに例えたけど、この空間があるから、正しくは上から見て〈C〉の形になってるんだ、この空間分――地上から高さ約二メートルのところまではね。〈C〉がくるっと半回転すると、玄関は使用不能になるってわけだよ」

 僕は、出雲さんが夜に地響きが聞こえると話していたことを思い出した。それは一階の壁の中で、桜野の云う〈C〉が回転する音だったのではないだろうか。彼女の部屋は二階だから、いくら防音を徹底しても、音がかすかに届いてしまうのかも知れない。

「そして高さ二メートルから十階までは、〈C〉がちょうど反転した形となってる。つまり高さ二メートルから十階にかけて、塔の裏側に、第二のエレベーターシャフトがあるんだ。

〈能登さんの転落死体〉だけでは、中央のエレベーターシャフトを使ったと解釈可能だけど、そこに〈玄関扉の閂〉が加わると、別の意味が見えてくる。〈能登さんの転落死体〉と〈玄関扉の閂〉、それから窓がないことを筆頭とした〈白生塔の奇妙な造り〉……これらが互いに互いの伏線として機能してるんだ。ひとつずつではたくさんのミスリードを生み出すけど、合わさることでひとつの答えが見えてくる。

 実に獅子谷さんらしい、ギリギリの均衡を保ったロジックだね」

 先ほどから琴乃ちゃんが必死で壁を押しているが微動だにしないのを見て、桜野はおかしそうに笑った。

「押しても動かないよ。エレベーター同様、稼働は機械仕掛けなんだ。だけどもちろん、獅子谷さんだけがリモコンを持ってるとかじゃあないはずだよ。それはアンフェアだからね。

 謎さえ解ければ、私達にも扱えるようになってる。

 じゃあ二人共、今度は第二のエレベーターシャフトの入り口に行こうか」

 颯爽と歩き始める桜野に、僕と琴乃ちゃんはついて行く。僕らが彼女に注ぐのは羨望の眼差し。僕は桜野の活躍をずっと見てきたけれど、今回の件で改めて、彼女が本物の天才だと、本物の名探偵だと、思い知らされたのだった。

 もちろん、彼女の痛快な推理はまだ続く。

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