4「桜野美海子の推理1」
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場所は再びサロンに戻った。僕と琴乃ちゃんは黙って、桜野の説明を待った。何かを訊ねれば、数珠繋ぎのように質問が次々と湧き上がり、止まらなくなると分かっていたからだ。
満を持して、名探偵・桜野美海子による推理の披露は始まった。
「首切りジャックがいるというのは間違いのない状況だった。枷部さんと甘施ちゃんの証言。枷部さんの首の登場の仕方。新倉さんが殺された状況。出雲さんの首を切断するのに十五分かからないスピード。そもそもあんなに大勢を確実に殺していける人間なんて、全国区の殺人鬼、首切りジャックくらいしかいないだろうね。
では首切りジャックはどうやって白生塔にまぎれ込んだんだろう。徒歩で登ってきたとは私には思えなかった。出雲さんと能登さんが運転する車も、客人以外を乗せたはずがないよね。白生塔の周りには別の車を隠しておく場所も見受けられない。塚場くんから聞いたけど、今回白生塔に獅子谷さんが来たのはつい最近なんでしょ? 玄関は普段施錠してあるし、侵入するのは限りなく難しい。
でも簡単な方法がある。彼ははじめから私達の前に姿をさらしてたんだよ、客人――枷部さんとしてね。此処にやって来た枷部さんは、はじめから偽物だったんだ。首切りジャックだよ」
「じゃあ、途中に無花果ちゃんが披露した推理が正しかったのか?」
僕は思わず口を挟んでしまった。
「でも桜野、あれは変装じゃなかったぞ」
「うん、首切りジャックは変装なんてしてないよ。
首切りジャック扮する枷部さんが云っていたよね。自分には兄がいる、兄は死んでしまった、って。あれは最大の失言だったねぇ。私は枷部・ボナパルト・誠一が本名だって確認を取ったけど、その目的が、これで塚場くんにも分かったでしょ。
誠一って長男の名前じゃない?
次男に誠一なんて付けるかなぁ」
「そんな……じゃあ、枷部・ボナパルト・誠一と首切りジャック、かの有名な名探偵と殺人鬼が兄弟だったって云うのか!」
「そうだよぉ。
枷部さんは過去に首切りジャックと顔を合わせたんでしょ? なのに取り逃がした。これってとても胡散臭いよねぇ。枷部さんはこのとき、首切りジャックの顔を見て、自分の弟だと知っちゃったんだよ。だからわざと見逃したんだ。
ふふ。首切りジャックの本名はやっぱり誠二なのかなぁ」
そんな話、いくら無花果ちゃんでも思い付かなかっただろう……。
「今回、首切りジャックは枷部さんを殺害したんだ。白生塔に来る直前だろうね。で、その首をトランクに入れて、枷部さんの振りをして、能登さんの運転する車に乗って此処にやって来た。トランクに隠せるのは首だけが限度だから、胴体は置いて来たんだよ。
だから枷部さんの胴体は見つからなかったんだ。最初から首しか持ち込んでないからね。
枷部さんはテレビに引っ張りだこだけど、テレビで見るのと実際に見るのは違うし、甘施ちゃんだって会うのが久し振りなら、やっぱり記憶と少し違っても分からない。兄弟……もしかしたら一卵性双生児なのかも知れないけど、とにかく見た目が似てるうえに、自分からさらに似せようとされちゃったら、私等には判別が付かないよ。そもそも枷部さんと首切りジャックが兄弟ってのが思い浮かびすらしにくい話だからねぇ。
でも首切りジャックは甘施ちゃんに正体を看破されそうになった。誤魔化し続けるのは無茶だったんだ。甘施ちゃんは、首切りジャックが過剰演技によって、顔を凝視されるのを避けてたって指摘してたでしょ。あれはね、目を見られたくなかったんだよ。さっき図書室で確認したけど、首切りジャックの目は黒かったんだ。だからカラーコンタクトを嵌めていた。それを見られたくなかったんだね。首切りジャックは甘施ちゃんの眼前で自分の顔を掻き毟ってみせたけど、あのときも彼は笑い続けていたから、目は閉じられてたんだよ。
それでも、これ以上は危険と判断した首切りジャックは当初の予定どおり、自分も殺されたと思わせるために、持ち込んだ枷部さんの首を使った。その顔中を引っ掻くことも忘れずにね。
彼がいつもと違って首と胴体を離して置いたのも、枷部さんの胴体がないのを誤魔化すためだったんだ。今回の首切りジャックは胴体を隠す、というのを示したんだね」
回収されていく。曖昧模糊としていたすべてに、説明が付けられていく。
「首切りジャックはその犯行の手口からも知られるとおり、目立ちたがりだよ。典型的な愉快犯、劇場型犯罪者だ。だから首切りジャックは自身の存在を誇示するために、枷部さんの首をサロンにいた皆にはできないやり方で公開したし、それによって予想外にも犯人候補とされてしまった甘施ちゃんを殺してしまった。本当なら怪しまれてる甘施ちゃんは最後まで残しておくよね……実際はもっと早く殺したかったんだけど、彼女に初めて隙ができたのが昨晩だったんだろうなぁ。
でも思い出して欲しいのはね、この事件における犯人の行動に一貫性が欠如していた点だよ。これのせいで、皆は混乱させられた。犯人は謎解き勝負がしたいのか、手段を選ばず皆を殺したいのか、存在を隠したいのか、存在をアピールしたいのか、内部犯なのか、外部犯なのか……。
ここで必要なのは、現象を素直に捉えることだよ。
一貫性がないなら、犯人が二人いるんだ。共犯ではなく、別々の目的を持った二人がね」
まさにこの瞬間、僕にとっては靄が一気に晴れた。
明確な意味は分からずとも、大枠はやっと露わになったのだと確信できた。
「それが、獅子谷敬蔵……」
僕の言葉に、琴乃ちゃんも息を呑んだ。
「素顔を知られたら負けだからその点は隠すけど、自分自身の存在はとことんアピールしたがる殺人鬼――首切りジャック。
真相を悟られないようにしながらもあくまでフェアに、探偵達を相手に謎解きゲームを仕掛けたい稀代の推理小説家――獅子谷敬蔵。
二人の犯人がそれぞれの一貫性を保ちおこなった連続殺人が、ひとつの場所で起きてしまった。それがカラクリだったんだよ」




