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1「不可能、絶対に不可能」

    1


 寝ないでいようと決めたにも拘わらず、僕は事件の記録をノートしているうちに微睡み、しまいにはテーブルに伏せて眠ってしまっていた。ここ数日間でたくさんの死体を見せられ、自分も狙われているという環境に疲弊していたとはいえ、あまりにみっともない。

 時刻は午前五時。大寝坊でないだけ良かったか。

 それよりも琴乃ちゃんはどうなったのだ。窓がないせいで分かりにくいが、時間的には夜明けと云える。もう僕も部屋を出て、状況を確認していいはずだ。

 僕は急いで部屋――五〇二号室には出雲さんの首と胴体を置いたために、僕は五〇三号室に移っていた――から出た。フロアに人影はない。柱やエレベーターの陰に注意を払いつつ、壁伝いに五〇一号室の前までやって来て、扉を開ける。すぐに中のソファーにつっかかる。

「桜野、起きてるか!」

 バリケードが効いている以上、少なくとも桜野は殺されていない。何度か呼び掛けると、中から眠そうな声が返ってきた。桜野が徹夜していたわけがないから、単純に寝起きだろう。

「おはよう、塚場くん」

 目をしばたたきながら、桜野が出てきた。少し待たされたと思ったら、悠長にも着替えを済ませていた。

「琴乃ちゃんのところに行こう」

 桜野と僕は螺旋階段を下った。三階からはもうサロンが見えるようになるが、琴乃ちゃんはサロンの中央で飛んだり跳ねたりと不審な動きをしていた。眠気と戦っていると思われるが、それが何だか間抜けに見えて、緊張感は一瞬で霧消した。

「琴乃ちゃん、犯人は何も仕掛けて来なかったのか?」

「あ、同級生と美海子ちゃん! もう肩透かしだよねー、見損なったわ犯人! 本当見損なったわ! 腰抜け! 意気地なし!」

 徹夜でハイになっている琴乃ちゃんだった。

 琴乃ちゃんと合流した僕らは三人で、今度は杭原さんのいる十階に向かった。これにはエレベーターを使った。その床には血痕がある。枷部さんの首が置かれ、出雲さんの胴体が置かれた場所に立っているとは罰当たりな話だ。

「枷部さんと無花果ちゃんの胴体は、やっぱり探しても無駄なのかな」

「そうだねぇ」

 もっとも無花果ちゃんの胴体に関しては、もはや探す努力もしていない。人手不足だし、徒労に終わるかと思うと特にやる意義も見出せなくなってしまう。それじゃあ枷部さんと無花果ちゃんが浮かばれないので、いずれ探そうとは思うけれど。

 十階に到着し、獅子谷氏の部屋のインターホンを鳴らした。杭原さんは徹夜しているという話だったが、反応がない。彼女に限って、うっかり眠ってしまったとは考えにくい。

「錠はかかってるね」

 桜野が扉を押しても、開く様子はない。

「え、え、え、え」

 琴乃ちゃんが慌て始めた。僕も胃のあたりがキリキリと痛む。

「鍵は樫月ちゃんが預けられてたよね?」

 そうだ。もしものことがあったときのためと、杭原さんは云っていた。それが起きていると云うのだろうか。「師匠! 師匠!」と気が気でない様子の琴乃ちゃんから桜野は鍵を受け取り、鍵穴に差し込んだ。

 扉が開かれる。

 中央のテーブルの上には、破壊された機器の残骸。

 その前の床に、杭原さんはうつ伏せで倒れていた。

「嫌あああああああああっ!」

 琴乃ちゃんが駆け寄り、杭原さんの身体を起こす。驚愕を湛えた表情は、もう二度と動かない。

「銃殺……」

 杭原さんの胸と腹には穴が開いており、シャツに赤い染みができていた。

 僕は部屋中を見回す。トイレの中もクローゼットの中もベッドの下も箪笥の中まで、隈なく確認して回る。

「誰もいない……」

 愕然とし、僕は立ちすくんだ。

 部屋には琴乃ちゃんの啜り泣く声が寂しく響いている。

「桜野っ、桜野! これは〈密室からの消失〉どころじゃない、密室殺人だ!」

 はじめから誰もいなかっただとか、潜んでいた犯人が心理的死角をついて後からやって来たふうに装ったとか、そういった一切は通用しない。此処には〈秘密の抜け穴〉もない。扉は〈針と糸のトリック〉を拒絶する。遠距離からの殺害が可能な銃を使っても、この部屋には中の人間を狙い撃てるような隙間が存在しない。白生塔には窓すらないのだ。

「不可能だ……これは絶対に不可能だよ……。桜野、お前になら解けるのか? お前になら、この謎が……」

 桜野は目を瞑り、指の腹で唇を撫でるばかりだった。

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