11「師匠と弟子」
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とりあえず、サロンに場所を移した。
「塚場くんが殺されなかったのは幸運だったね」
桜野の言葉の意味が分かるなり、僕は震え上がってしまった。
犯人の狙いは僕だったのだ。だが部屋に這入ると、そこにいたのは出雲さんだった。出雲さんは僕の身代わりとなったのだ。僕のもとにいれば安全だと思ってやって来たのに……。自分の部屋にいれば殺されずに済んだのに……。出雲さんが不用心に犯人を招き入れてしまったのも、僕の部屋にやって来て気が緩んでいたためなら、益々僕が殺したようなものだ。僕は彼女を守れなかったのだ……。
「まぁ塚場くん、悔やんでも仕方がないよ」
「どうして犯人は僕も一緒に殺さなかったんだろう」
「うーん、塚場くんがシャワーを浴びてるって状況から、君が浴室を出たら出雲さんの生首とご対面ってシチュエーションを思い付いちゃったからなのかなぁ。犯人にしてみれば愉快な展開だしね。もっとも、はじめから出雲さんが君のもとにいると知っての行動だったのかも分からないけど、その場合、塚場くんがシャワーを浴びてるかどうかは分からないし、さすがに二人を一度に相手取ろうとは思わないはずだから、やっぱり計算外だったんだろうなぁ。君を生かしたのは、負け惜しみみたいなものなのかもね」
僕がタイミング悪くシャワーなんて浴びていたせいだ。僕も出雲さんと部屋にいれば、犯人が誰か知れたのだ。撃退はできずとも、僕の命と引き換えに出雲さんを逃すくらいは……今更考えても、後の祭りか。それに実際に居合わせたとして、そんな勇敢さを発揮できたかも疑問である。
「どのみち、相手は調子に乗ってふざけまくってるわ。この短時間にさらに二人なんて、大胆不敵とはこの犯人を指すためにある言葉ね」
杭原さんは苛立ちを隠せない様子だ。無花果ちゃんが犯人でなかった、という事実を突き付けられて参っているらしい。
「でも無花果ちゃんは確かに犯人で、能登ちゃんと同じく裏切られて殺された、とも考えられるわね。それならみすみす殺された理由も説明できる」
それも不思議な点だった。無花果ちゃんはどうして、犯人を部屋に招き入れるなんて失態を犯してしまったのか。彼女は食事も部屋で取っていたから、犯人に待ち伏せされていたとも思えない。新倉さんが殺されたいま、彼女が気を許す相手なんていないはずなのだ。
「塚場くんなら入れてもらえるよね」
「桜野、悪い冗談はやめてくれ」
「ふふ、そう怖い顔をしないでよ」
この塔にも四人しかいないとなると、内装も相まっていよいよ寂しい。いや、犯人を含めると五人か。
「でも犯人はどこに隠れているのでしょう」
「そうね。ああやって玄関扉には錠をかけてるし、朝に一斉捜索したときは見つからなかったし」
その犯人とは、獅子谷氏なのか首切りジャックなのか別の誰かなのか……。
「師匠、やっぱり地下室があるんじゃないですか?」
「え、琴乃ちゃん、どういうこと?」
「塔の構造上、隠し部屋があるとすれば地下だからさ。でもうちと師匠で探し回ったんだけど、どこにも怪しい点はなかったんだよね……」
「ええ。各階の間取りもシンプル過ぎて、隠し部屋を造る余地なんてないのよ」
白生塔は円形で、どの階も円周を三等分なり二等分なりされている。隠し部屋とはいかにも獅子谷氏好みだが――
「いや、獅子谷氏は隠し部屋なんかは嫌っていますよね。なら白生塔にもそんなスペースは設けていないんじゃ……」
埒が明かない。
そんな空気を打破するかのように、琴乃ちゃんは「まぁまぁ」と場を取りまとめるかのような挙動を見せた。
「あの作戦は実行します。うちが犯人を丸裸にして見せますよ」
あの作戦。琴乃ちゃんが自らを囮とし、犯人をおびき出す作戦。
「琴乃、くれぐれも用心してね」
「任せてくださいよ、師匠。いきなり優しくなっちゃって、らしくないですよ」
軽口を叩く余裕まで見せる琴乃ちゃんの頭を、杭原さんは撫でた。琴乃ちゃんは目を丸くした後で、借りてきた猫みたいに大人しくなった。
「琴乃、これを預かってて頂戴」
杭原さんは琴乃ちゃんに、銀色の鍵を手渡した。
「獅子谷氏の部屋の鍵。あたしも色々考えたんだけど、どうもあの部屋が気になって仕方ないの。調査も兼ねて、今晩はあそこにいるわ。ただ、もしものことがあった場合、外から開錠できないと困るでしょ」
「師匠……?」
杭原さんの口調はまったく普段どおりなのに、どこか不穏な気配があった。
「大丈夫よ。それより琴乃、寝るんじゃないわよ。あたしも美容を敵に回して徹夜するんだから」
じきに日付が変わる。
それがどんなかたちであれ、終わりは近いのかも知れない。




